ゲシュマック商会との打ち合わせが終わった翌日はシュライフェ商会との面会になっていた。
場所は館で、お母様も一緒。
「大聖都での式典がありますからね。少しずつ進めさせてはいますが、貴女がいないと確認できない所もあるし」
本当は帰国後、一番最初にやれ、と言われていた。
無理を言ってゲシュマック商会を先にさせて貰ったのだけれど。
「緊張致します。
『神官長』たるマリカ様のご衣裳だけではなく。礼大祭における『聖なる乙女』の衣装の作成を任せて頂けるなんて。
シュライフェ商会始まって以来の大仕事でございますから」
私の仮縫いと採寸をしながら、プリーツェが目を輝かせている。
声もなんだか本当に緊張で上ずっている感じだ。
「これが『神殿長』の装束。
そしてこちらが礼大祭の衣装のデザイン画でございます。
白地に金糸、銀糸で刺繍を行って参ります。太陽の光を弾き、さぞや美しく輝く事でしょう」
最後のサイズ調整をして終わり、という『神殿長』の装束も礼大祭の衣装も、白を基調に金、銀、青に赤と豪奢な刺繍がみっちりと施された華やかなモノ。
今までの舞踏会用のドレスとかよりも、ずっとずっと手が込んでいた。
高い帽子も金糸銀糸で飾られている。
下手したら新年の参賀で見た皇王陛下の正装よりも派手だ。
皇女の衣装代よりも高いというのが納得できてしまいそう。
「そんなに派手にしなくてもいいですよ。
私はこれから成長しますし、サイズが変わって着れなくなるのが勿体ないです」
「これは貫頭衣ですので、裾や肩口にもたっぷりと布を使っておりますから、かなり調整は利きます」
「其方の質素倹約の精神は美徳であるとは思いますが、何度も言っている通り衣装というのはその人物の立場や格を顕すものです。
上に立つ者がみすぼらしい格好をすることは良くありません。
民に侮られます」
一応遠慮したのだけれど、お母様に怒られた。
まあ、向こうの世界でも教皇とか司祭の服装はデーハーなものが多かったからそういうものなのかもしれないけど私はシンプルイズベストが至高だと思う。
だってさらにパワーアップしたのが舞の衣装だ。
薄いチュールのような白と薄水色の上布を何枚も重ねてあって、淡雪か、真綿のようにふんわりとした印象。
舞の衣装だけあった、足元は裾を踏まない様に配慮はされているけれど長いリボンや、腰布が何枚も
腕につけられた白銀のブレスレットから羽衣のような布も翻っている。
ウエディングドレスを通り越して、天女かなにかのようだ。
これを私が着るのか。そして踊るのか。
思わずつばを飲み込んでしまう。
アーヴェントルクのアンヌティーレ皇女は毎年、この衣装誂えていたというけど、絶対にお金の無駄だと思う。
「私はどういう式典かもまったく解っていないのですが、そんなに特別なものなのですか?」
「それは、もう! 一年にただ一度だけ。
『聖なる乙女』の舞を一般人が見る事叶うのです。
世界各地からそれを目的に、巡礼の者達が多く集まる事でしょう」
「世界各地って……」
「冗談ではございませんよ。人として生まれたら一度は見てみたい、体験してみたいと言われておりますから」
大げさな、と言いかけたけれどなんとなく、アイドルのコンサートみたいなものかな、と思い返す。
娯楽が年に二度の大祭くらいしかない中世異世界。
ちょっとした精霊の魔術でさえ驚かれるくらいだから、確実に『奇跡』が見られる式典は一度は見てみたいものなのかもしれない。
「でも、体験…ってどういう式典なのか、知っていますか?」
「私も直接見た事があるわけではございませんが、体験した者の話によりますとルペア・カディナの中心部。
『神』が最初に降り立ったとされる聖地に築かれた祭壇の頂上で、白き衣の『聖なる乙女』が舞を舞う。
すると観客全てから、力が、光が『聖なる乙女』に集まるのだそうです」
「観客全てから、力が、集まる?」
「はい。神の加護を身体全体で感じる事が出来、体験した者は稀なる幸福感を得るそうです。
一度、経験した者の中には、その感覚が忘れられず二度三度と通う者も多いとか」
……。
アーヴェントルクでアンヌティーレ皇女は変な呪文を唱えて私の力を引っ張っていた。
ヴァン・ヴィレーナと呼ばれる元となったという、アレを私もやらなくてはならないのだろうか?
「そうして、集められた力が空に光の柱となって立ち上がり『神』の御許に贈られる。
『神』と人との一体感が感じられる素晴らしいものだ、そうです。
以前ギルド長が自慢しておりました」
「ギルド長? 式典を体験したのってギルド長だったんですか?」
久しぶりに出て来た名前に私が目を瞬かせると、ええ。とプリーツェ様は頷き笑う。
「大神殿は入国にも滞在にも、かなりのお金がかかります。
他国からの参加者は豪商だったり、敬虔な貴族が多いようですわ。
『礼大祭』に参加する事は『神』への高い忠誠心を顕すとされ周囲からの尊敬を集めますから」
聖地に行くと尊敬されるとか。
一般の人にとってはメッカ巡礼とかそんな感じなのかな?
私は何度も行きすぎて感覚がマヒしている感じだけど。
「各国の王族とかは参加されないんです?」
「『聖なる乙女』以外の『七精霊の子』は参加を禁じられています。
王族が『神』に祈りと力を捧げるのは新年最初の大祭事の時ですね」
「不老不死前から?」
「不老不死以前は『神』に仕える『聖なる乙女』はいませんでしたから。
礼大祭も不老不死後に始まったものです」
少し、考えてしまう。
『聖なる乙女の舞』
これは『神』や『精霊神』に『聖なる乙女』が力の源。
人の生きる力『気力』を送る為のものであることは解っている。
各神殿の『聖域』で舞う時にはその神殿の『精霊神』に直で力が行く。
外で舞うと、多分、アーヴェントルクのように『神』と『精霊神』の取り合いになるのだろう。
封印されている分『精霊神』の方が弱いかも。
『精霊神』様は人々から集めた力で、国を守る。
では『神』はその力で何をしているんだろう?
不老不死の維持?
それだけでは無い様な気がするんだけれど……。
「お母様。
礼大祭の話を聞くためにギルド長を呼んでもいいですか?」
「止めておきなさい。
毎年礼大祭に行くほど敬虔な信者であるギルド長は、今年シュライフェ商会に『聖なる乙女の衣装』製作を取られて苛立っているようなの。
今突くと、ゲシュマック商会やシュライフェ商会に迷惑がかかるわ。
礼大祭については神殿が一番詳しいのですから、神殿で聞きなさい」
「そうですね。解りました」
今まで、なんとなく避けていたけれど、後一カ月だ。
敵の本拠地での『舞の奉納』まで。
そろそろ覚悟を決めて向かいあわなくてはならないだろう。
私は仮縫いの為でもあるけれど、改めて背筋を伸ばしたのだった。
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