私は行った事は無いけれどプラーミァの王都 ピエラポリスはギリシャとインドとハワイを足して独特なエッセンスを足したように見えた。
白にクリームの混ざったような石造りの街並みは、日本人の感覚を持つ私にはアルケディウスとは違う異国情緒を感じさせる。
貴族区画や王城に近付く程に綺麗な街並みで、城門に近付く程に貧民街っぽいのはアルケディウスと同じ。
ただ、こっちは寒さに震える必要が無い為か、全体的に人々の顔に笑顔と余裕があるように思う。
雑多で、ごちゃっとした印象もあるけれど、かなり活気がある。
そんな街並みを私達は歩いていた。
目立つ。ハッキリ言って目立つ。
十名以上の集団が群れになって歩いていれば、それだけで当然目立つと思うけれど、明らかに市民とは違う優美な服装をした夫婦を中央に異国の服を纏った少女が護衛を引き連れて歩いていれば目立たない筈は無い。
安息日を楽しみに街に繰り出した人々の多くが固まり、指さし噂するくらいには悪目立ちしている。
「目立っていた方がむしろ安全です。
気にしないで散策をお楽しみ下さい」
王子もそう言って下さったし気にしても仕方ない事ではあるので気にしないことにはしているけど。
目立ってはいても驚きはないってことは、アレかな。
本当に王子や王子妃。
もしかしたら王様もちょくちょく街に降りて来られるのかな?
「そういつも出歩いている訳ではありませんが、王城は退屈ですし、私達がこうして時々直接、街の様子を見ることで悪質な商売を行う者などもいなくなると思うのです」
私の疑問が顔に書かれていたようで、私の隣を歩く王子妃フィリアトゥリス様は照れくさそうに笑って答えて下さる。
なるほど。
王家の人達がいつ来るか解らないと思えば街も汚くはできないし、悪い商売はできないか。
まず、最初に中央広場に出ているという安息日の市場を見せて頂く。
その後、アルとハンスさん。ゲシュマック商会の代表と合流して、商業ギルドと打ち合わせだ。
あちらも街の視察をしているけれども私達が一緒だと迷惑するだろうし。
最後に時間が残ればフィリアトゥリス様のお抱え、服飾商会に寄る予定。
服飾商会は無理だったら城に呼ぶから、とは流石、王子妃様。
ピエラポリスの中央広場は熱気と埃で少し、けぶるような感じだった。
アルケディウスに比べると、乾燥しているし照り返しも強い。
街中にオアシスの様にココの木や、低木が植えられてあって、風情があるのだけれど。
「暑い時や埃が辛い時は口元をこうして、布で隠して下さいね」
外出する時に、実用兼贈り物だと言われて白くて大判のスカーフを王子妃様から頂いたので頭の上からふわりと被せて、首の前で交差させて被った。
埃から口元を隠したり、強い日光を避けたり。
なるほど、スカーフはおしゃれと言うより実用品なのだと解る。
中東とかと違って宗教上の必須、じゃないけれど女性の多くがスカーフをしているのはその為なのだろう。
スカーフの着こなしはそれぞれで、色合いも花が咲いたように鮮やかだ。
そして、女性達が花ならプラーミァの市場は花畑。
飾り物や、衣服、家具や装飾品が並ぶ店はどれも活気があって賑やかだった。
アルケディウスの大祭程ではないけれど、ゲームや軽い賭け事の出店もあるようだ。
女性は衣服や装飾品の店に目を輝かせているけれど、男性はそういう賭け事の店に集まっている。
今日は安息日、日頃の仕事の疲れを忘れさせる、そういう店に行く事を否定するつもりは無いし。
「うわー、綺麗な染め物ですね」
私はフィリアトゥリス様と一緒に市場を歩いているうちに、綺麗なスカーフの店に足を止めた。
「エルディランドの蝋を使い、シュトルムスルフトの染色技術を用いて作ったプラーミァの特産品ですよ。
艶やかな色合いが特徴です。…少し、見せて頂いていいですか?」
「…王子妃様。も・勿論どうぞ」
「マリカ様、この店のものは露天にしては丁寧な染をしていますね」
少し上ずったような緊張したような声で、店主が商品を見せてくれる。
向こうの世界で言うならろうけつ染めとか、バティックとか、そういう感じの染め物だ。
初夏だし、これから暑くなる為か、刺繍とか厚手の織物とかはあまり見ない。
薄手の染め物、布に直接描いたようなものが多いようだ。
アルケディウスで見たような靴下とか手袋は季節柄もあってか見られない。
代わりにサンダルとかの店が多い。
靴やサンダルは消耗品だからかな?
プラーミァの街で、一般の女性が着る服を見たけれど、どこかインドのサリーめいていた。
長くて大きな一枚布を身体に巻き付ける感じだ。
端などに丁寧な模様が染めこまれていたり、刺繍が施されていたりしている。
さらりと軽く、シルクっぽい。とても綺麗で涼やかだ。
「お城で王子妃様や、王妃様が着ていた服とか、舞踏会で大貴族の方達が着ている服とは雰囲気が異なりますね」
「王宮では基本、民族衣装、この国の服を着ませんから。
他国に合わせて…汎用、というかのドレスを着用します。民族衣装的な服を着るのは新年の参賀や、国内の行事などの時。
サーレン…民族衣装のドレスのことですけれどは舞踏会で踊るにも向いておりませんし」
なるほど、と思う。
思い返してみれば大聖都での舞踏会では、特に民族衣装、って感じの服は無かった。
男性の服はマントと詰襟に似た凛々しい感じ。
女性は逆に中世のお姫様、プリンセスライン風のふんわりとしたドレスのイメージ。
私の貧弱なファンタジー世界のイメージそのままだったから違和感はあんまり感じなかった。
兄王様も民族衣装的な服を着てたのはそう言えばアルケディウスの晩餐会と、大聖都のお茶会の時と、私を迎え入れる最初の時くらいで、あとは男性騎士らしい普通のファンタジー服だったっけ。
アルケディウスでもチェルケスカを着るのは王族だけの晩餐会とか、参賀とか会議とか、思い返せばあんまり多くない。
日本の着物みたいな位置づけなのかもしれない。
ただ、この国は暑いから普通の服よりも民族衣装の方が涼しいし着やすい。
だから民族衣装を普通の人が来ている。実に合理的だ。
「奉納舞は民族衣装で舞われるのですか?」
「ええ。踊りやすいように細かい所は調整されていますが」
一度見てみたいものだ。
サリー、サーレンは一枚布だからふわりとした風を孕むと美しく広がる。
フィリアトゥリス様の奉納舞はさぞ美しいだろう。
「正式なドレスや衣装は、宜しければ御用の店をお使い下さいませ。
日常使いのスカーフや手拭き布などは屋台で買われてもいいですよ。
ティラトリーツェ様などに故郷を思わせる買い物をしたいと仰せでしたでしょう?」
「ありがとうございます」
「何でしたら、お買い物の代金はプラーミァでもちますが」
「お土産や側近への褒美ですので、私に出させて下さい」
金銭も言葉も七国は共通、物価の差とかも目だって大きくは無いようだ。
気を遣って下さるフィリアトゥリス様にお礼を言って、財布や荷物を持ってくれるカマラに合図をするけれど…あれ? グランダルフィ王子はなんか悔しそうな表情でフィリアトゥリス様を見ている。
? なに?
よく解らないまま、私はいくつかの店で綺麗なスカーフを買った。
側近たちへのプレゼントとお母様、皇王妃様、念のために皇子妃様の分も。
皇子妃様達の分がいらないときには、魔王城のティーナ達の分を増やせばいいし。
「あ、これ凄くステキ」
ふと、一枚のスカーフが目に留まった。
まるでプラーミァの空を切り抜いたような綺麗な青。
模様は少ないけれど、それがシンプルでつい手に取ってしまった。
「マリカ様には青が似合いますものね」
「ええ、好きな色でもあります」
カレドナイトを混ぜ込んだ、というアルケディウスの豪奢な蒼とは違う、爽快感のある青だ。
プラーミァに来た記念に欲しい。
「これ、頂いても?」
「ありがとうございます。姫君に買って頂くなど何という光栄でしょう!」
露店の店主は涙を流さんばかりに喜んでいる。
今までスカーフなどを買ってきた店の人達もそうだったけれど国賓に買って貰った、というのはやっぱり嬉しいのかもしれない。
「カマラ財布を…」
出して、と言おうとしたところをスッと白い手が遮った。
「フィリアトゥリス様?」
「マリカ様が気に入られておられるのなら、これは私から贈らせて頂く事はできませんか?」
贈らせて…え? つまり、フィリアトゥリス様からのプレゼント?
「え? それは悪いです。申し訳ないです」
「マリカ様はこの国にたくさんのものを齎してくださっておりますもの。
この国からも何かを贈らせて頂きたいのです。
国王陛下や王太后様は色々、お考えでしょうけれど、私からせめて友情と親愛の印として細やかではありますが」
「フィリアトゥリス様…」
慌てて断ろうとしたけれど、にこやかに笑って、ね? と可愛らしく手を握るフィリアトゥリス様を見れば嫌だとは言えない。
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「…出しゃばり過ぎだ。フィリアトゥリス」
「ふふふ、私の目の届くところで、王子の良い所なんて見させませんわ」
頬を膨らませる王子と、してやったり顔の王子妃。
お二人のそんな会話が聞こえてきて、ああ、と理解した。
グランダルフィ王子は、私にプレゼントがしたかったのか。求婚者らしく。
で、それをフィリアトゥリス様が阻止してくれた、と。
なんだかんだで睦まじいなこのご夫婦。
「ありがとうございます。大事にいたしますね」
私は艶やかな青いスカーフに触れながら、お二人にお礼を言う。
暑いけれども、甘く優しい風がふわりと心とスカーフを躍らせていく。
振り返ればリオンとフェイが微笑んでいる。
そういえば昔、大祭で、リオンにスカーフを買って貰ったこともあったっけ。
皇女になってから、こんな買い物なんてアルケディウスもできなくなっていた。
無理を言ったけれど、街に出て来れてよかった。
こんな一時が私は欲しかったのだ。
スカーフと一緒にこの時間は、私の宝物にしよう。
買って貰ったスカーフを私は大事に胸に抱きしめた。
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