【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城 精霊達の内緒話 18

公開日時: 2025年3月1日(土) 08:10
文字数:3,698

 精霊神々の一員となった少女が、母なる超常存在と愉し気な会話をしていた時。

 疑似クラウド空間の中で向かい合う神二人。


「レルギディオス。お前は何を我々に隠している?」


 そう問うたのは火の神と呼ばれる者。

 彼は兄弟とも言える夜の神から問いを託されていた。


「どういう意味だ?」

「ナハトが言っていた。お前は、何か、我々の知らぬことに気付いてるのではないか?

 そして何かをしようとしているのではないか? とな」

「ナハトが……」

「奴は人の心に聡い。そしてそれ以上に、お前が死んだ星の子らの魂を輪廻の輪に返していないことを心配していた。

 夜の杖を元『聖なる乙女』を通して奪った事よりも。

 子らの力を借りて何かをしようとしているのでは? とな」


 引きこもりと自称する彼は、その実、誰よりも繊細で、周囲を慮る男だ。

 彼の観察眼と洞察力に火の神は一目を置いていた。


「お前は、何を知っている? 我々の気付かぬ何に気付き、我々を封印して何をしようとしているのだ?」

「逆に聞きたい。お前達は本当に気付いていなかったのか?」

「だから何が?」

「気付いていないのなら言えない。それは我々に課せられた原初の枷だ」


 神の名を持つ男は、小さく息を吐くと首を横に振る。

 誰も知らず、聞くことのできない空間の中で語られた精霊達の内緒話。



「言えない、とはどういう意味だ?

 お前は自らの過ちを認め『星』の協力者になったのではなかったのか?」

「ああ、それは確かだ。お前達にもこの星にも、もう害を加えるつもりは無い。

 俺はな」


 精霊神を束ねる神と、火神。

 無重力の空間でありながら、二人は立ち尽くし微動だにしない。

 真っすぐに、互いを見据え睨みあっている。


「俺は? お前以外に誰かがこの星に害をなすというのだ?」


 どちらかというと、焦りを浮かべているのは火神であろうか。

 神の表情は静かだ。さっき、妻に責め立てられていた時とはまるで違う。 遠い 何かを見据える眼差し。

 彼らは重い定めを背負う事を余儀なくされた、元人間。

 であっても数百年、いや千年にも達する年月は彼らに、人であった頃を超えた精神と思考を与えていた。


「普通に考えれば、いないな。だが……油断するな。アーレリオス。

 おそらく、遠くない将来、この星は試練の時を迎える」

「なんだと?」

「不老不死の解除などまだ生ぬるい。

 その時には真実の地獄がこの星を襲うかもしれん。

 逆に、何も起きない可能性もある。そうでないことを願うが、多分ことは起きる。

 そう仕組まれている」

「どういうことだ! 誰が仕組むというのだ?」

「だから言えないと、何度も言っている。解っているだろう?

 俺達は基本『親』に逆らうことができない。それは、この身に深く刻み込まれた絶対命令だ」

「無論、解っている。だからこそ、我々はコスモプランダーに逆らうことができなかった」


 未だに悔しさで身体が震える。

 自分達の能力の『親』

 コスモプランダーに蹂躙された故郷を思うだけでも。

 奴らは敵だ。全てを奪った怨敵。殺しても殺したりない。

 だが……それでも自分達は奴らに戦いを挑むことはおろか、逆らう事さえ困難を要した。

 脳を締め付けるような苦痛。精神まで踏み潰されると錯覚さえする重圧。

 肉体を捨て去るまで彼らは抗う事ができなかった。


「俺達にとってもコスモプランダーは広義の『親』だ。

 多分、真理香先生という真実の『親』がいたことと、進化したナノマシンウイルスのおかげで奴らに多少抵抗もできたのだろうが……。結局は尻尾をまいて逃げるのが関の山だった」


 原因も解らず、解除のしようもない。おそらくナノマシンウイルスの内部に組み込まれた機構。上位者への従属と沈黙命令。

 対等の存在以外には秘密を語ることが許されないという……。

 地球人類がわずかでもナノマシンウイルスの機構を知ることができたのは、エルフィリーネという存在があったからだ。おそらく彼女にも相当無理はさせたが。


「だが、ここにはコスモプランダーはいない。

 我らに枷をかける者も。なのに何故、そのような事を言う。

 そもそも、誰がお前に命令できる。真理香も、連中もいないこの星で」

「いる、と言ったらどうする?」

「今、何と言った?」


 彼は冷ややかに笑う。光の髪と新緑の瞳を闇に染めて。

 元は、地球人であった頃の『神』神矢は日本人。

 黒髪、黒い瞳だった。

 日々ナノマシンウイルスを使っているうちに浸食されたのか、後期は完全に金髪碧眼になっていたから、忘れていたけれど。

 いや、そうではないと火神は目を見開く。

 今はそんな感慨に浸っている暇はなく、奴が姿を変えたのだとしたら理由と意味がある。


「俺に命令できるものがいる、と言ったらどうする?」

「お前に命令するもの……だと?」

「俺は、そいつに逆らえないと知った。

 失敗だった。まだ子どもであった時に取り込んでいればなんとかなったかもしれないのに。お前が邪魔したせいだぞ。アーレリオス」

「! マリカか? マリカがお前に枷を与えている、と?」

「本当に気が付かなかったのか? ステラも、お前達も。近くにいて、愛しすぎると盲目になってしまうものなのかもしてないな」


 火神の問いに神は答えない。けれど、彼が返した問いは何よりの返答に思えた。


「お前達にも心当たりがあるだろう?」

「何?」

「『マリカには叶わない』。

 精霊神は、マリカに何故か逆らえない。

 あの娘の側、必ず騒動が巻き起こり、気が付けば全てが、あの娘の願うままになる」

「アレは、間違いなく私と真理香の娘だ。

 精霊であっても人の子。奴らが介入する余地は無かった!」

「奴らは介入できなかったかもしれない。

 だが、介入できたモノはいたかもしれない」

「どういうことだ!」

「だから、俺は言えないし、正直この推察が正しいかどうかも解らない。

 ただ、考えることがある。

『神』だ。『精霊神』だといい気になっても、結局の所我々は牧羊犬に過ぎないのではないか、ということだ。昔も、そして今も……」

「それは……」


 本人が言う通り、彼もまだ完全に理解しているわけでは無いのだろうと、火神は思う。

 言葉にできない感覚と、この星に溶けた我々が捨てた俯瞰の眼。

 それがあり得ない脅威を感じているだけなのだ。


「アーレリオス」

「なんだ?」

「ナハトに伝えてくれ。悪いが杖は返せない。既に精霊は城の機構に組み込んでしまった。石そのものも使っている。

 お前の夜の力が俺達にはまだ必要だからな。と。

 だが、サークレットは残してある。それを使って宙を良く見ろ。と」

「宙?」

「そして答えが出たら教えてくれ。

 準備はしておく、と」

「その時、だと?」

「ああ、だがその時に戦い、問題を解決するのは俺には無理だろう。

 まったく、マリカはああ言ってくれたが、俺はつくづく毒親にしかなれないのだな」

「レルギディオス……」


 だが。


「ステラも知っているのか?」

「いや、知らない。教えてもいない。

 ただ、感じ、察してはいるかもしれない。

 だから、俺達が内緒話をする時間を作った。

 愛する娘の事だし、俺のヒントを気付かず流すような、あれは愚かな女では無いから」


 顔を上げる。考え悩んでいる暇はない。

 他の誰でもない、娘と、この星の問題なのだから。


「鍵はマリカなのだな」

「マリカとリオンだ。

 あれらは、離してはならない。離したら最後、おそらく手が付けられないことになる。

 二人が一緒の方がまだマシだ」

「……解った。皆と相談してみる。大神殿の結界は解くつもりはないのか?」

「無い。最初の用途とは違うが、今となってはあれは消さない方がいいと思っている。お前らなら抜け道を探し出せるだろう?」


 そうして彼は目を閉じた。

 スッと色が戻っていく。金髪、碧眼。精霊の色に。


「俺もあの娘の事は気に入っている。先生の忘れ形見だし、息子の嫁でもあるしな。

 ……できるなら、失いたくはない」

「失わせたりするものか!」

「なら、せいぜい頑張ってくれ。俺は少し距離を取る。暫くは外にも出ない。

 俺まであいつに誑かされる訳にはいかない、好きになってはいけない、からな」


 軽く言い残すと、ふわり、空間に溶ける様にレルギディオスは消えた。

 ここは、外への継続経路のない疑似クラウド。

 探せば追う事はできるだろうが火神はそれをすることはしなかった。

 外に出ればおそらく、タブレットの中の奴と会話できるだろうし、マリカの前で奴は今の秘密を零すことはしないだろうし今、やるべきことはそれではない。


「まずはナハトに連絡。それからラスに監視を頼みつつ皆と情報共有、だな。

 エルフィリーネは何か知っているのか?

 マリカを守るならリオンやフェイ達とも話をしておきたいが……」


 まだ、何も解ってはいない。これから何が起きるのかもレルギディオスのように察する事さえできない。

 情報という名のカードが足りなさすぎる。

 でも……

 彼は己の中にみなぎる力を感じていた。

 元々、自分は守りの戦いは性に合わない。


「マリカはこの星の宝。

 俺の娘、なのだからな」


 欲しいモノは奪い取る。自分のものは絶対に守る。

 奪い取らせることなど、許さない。決して。



 そんな父の思いも自分の運命も知る由もなく少女は


「それで、ですね。姫君はとっても可愛くて、舞の後私にお辞儀をしてくれて、ですね!」


 幸せな今を楽しんでいるように見えた。


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