アドラクィーレ様との会見の後、私は皇王陛下と皇王妃様に謁見した。
お父様とお母様、トレランス皇子とケントニス皇子も一緒だ。
私の側近、カマラとミュールズさんもいる。
「アドラクィーレ様は、おそらく現在妊娠三カ月前期から後期と考えられます。
御子の誕生は夜の一月から二月の初めになるのではないでしょうか?」
私は問診した結果を報告する。
月のもののこととか、身体の関係の話とか。
眉を潜められながらもなるべく確認したのでそんなにずれはないと思う。
この世界には十月十日なんで概念は無いみたいだけれど、一月がきっちり28日なのでこういうのは計算しやすい。
「そうね。私も大体そのくらいだと思います」
皇妃様も納得したように頷いて下さった。
「予定では夜の月になって直ぐに秋国への視察となっておりましたが、今ならまだ変更も可能かと存じます。
できれば私も出産に立ち会い、お手伝いをしたいのですが……」
「それは、こちらからも頼みたかったことです。
ティラトリーツェの出産の時もそうでしたが、現時点である程度の信頼できる出産の立ち合い経験をもつ貴族はいません。
アドラクィーレの時にはプラーミァの産婆を頼むわけにはいかないでしょうから、『精霊の書物』の知識を持つ貴女が一番の頼りです」
「全力で努めます」
「うむ。我が国の世継ぎの皇子。もしくは『聖なる乙女』の誕生。
ぜひ、無事に出産させてやりたいからな」
私自身は出産経験は無いけれど、知識はそこそこあるし、こちらに来てから二回出産に立ちあった。
今の時点で言うのなら、確かに私が妊娠出産に一番詳しいかもしれない。
私は異能でこの世ならざる知識を持っている。
ということは国の上層部には伝わっている事なので、皇王陛下と皇王妃様は私を子どもと侮らずに意見を聞き入れて下さるのがありがたい。
でも…あれ?
「あ、でも世継ぎの皇子? ですか?」
男の子であれば、皇位継承権第二位になることは理解していたけれど、皇王陛下のお言葉はそれにも増して具体的だ。
「ああ。良い機会であるからお前にも告げておこう。
これは三人の皇子達には告げて、合意済みのこと。
私は三年の猶予期間の後、皇王を引退する」
「!」
驚きに目を見開いたのは私と臣下達だけだから、本当に『皇王家』の間では話し合いが済んでいたのだろう。
「エルディランドも今年大王が交代となる。
アーヴェントルクも世代交代の準備が始まっていると聞く。
私も歳だ。前々から考えていた。引退して研究や趣味を楽しみたい、とな」
静かな決意の眼差しには悔いや未練は見えない。
むしろ楽し気にさえ見える。
「次代の皇王はケントニスを予定している。
トレランス、ライオット共にケントニスを助け、国を支える事に異は無いとの言質は得た」
「お父様、お母様」
「俺は、元より皇王になりたいと思った事は無い。
この国と、『星』の剣。それでいい」
「……私は皇子の意見に従うだけです」
私の視線にお二人は静かな笑みを返す。
お父様に比べるとお母様は、少し複雑な表情を浮かべておられるけれども、嫌悪とか憎悪とかそういう感情は見えない。
理解し、呑み込んでいる。という感じだ。
「但し、今の時点でケントニスには力や人望、支持基盤が足りぬのは事実。
私も無理強いし国を割るつもりは無いし、国を支える大貴族達に恭順を強いるつもりも無い。
故に『猶予期間』を作ったのだ。
ケントニスが三年の間。
国の王として、父としてその才覚を示し、ライオットの派閥の大貴族達に自らの力を示す事。
彼らの支持を得るに値する何かをやり遂げる事。
それが叶った場合、ケントニスに皇王位を譲るものとする」
「……失礼とは存じておりますが、もしそれが叶わなかった場合は?」
「楽隠居はお預けとなるかな?
ライオット、トレランスにも皇王位に付きたいのなら挑んで構わぬと告げてある。
仮にライオットが皇王になるを望み、ケントニスの派閥を全て取り込んだならライオットが皇王だ」
「お祖父様……」
火種を燃え草の前にポロッと落して見せるお祖父様。
完全な本気ではないのだろうけれど、多分、完全な嘘でも無い。
ケントニス皇子が才覚を示さなければ、このチャンスを生かせなければ、永遠の皇位継承者が皇王になる最大の機会を容赦なく奪い取るおつもりだ。
……そして
「皇王陛下、いえ、父上が与えて下さったこの機会を無駄にするつもりはございません。
必ずや国を纏め上げ、実力を示し、正しい手段で皇王に相応しいと皆に認めさせて見せましょう」
多分ケントニス皇子にも覚悟はできているのだと思う。
顔を上げ、誓う姿に迷いは見えない。
絶対にやり遂げてみせる、という強い意思がそこに在る。
……守るべきものを得た『父親』ってこんなに強いのかな?
「大貴族達にはこの件に関して口外を禁止する。
三年後、確実にケントニスが皇王になるのなら、とライオットの派閥が見定め無しにケントニスの派閥に移動する事を防ぐためだ。
無論、本人の意を介さぬマリカの取り込みも禁止だ」
「はい」
皇王陛下の宣言に膝をつくケントニス皇子。
「『聖なる乙女』マリカを擁し、資産は租税免除で潤沢。
加えて『新しい食』の最前線。アルケディウスをより良く治める準備は整っている。
これで国を発展させられ無かった、無能と断ぜられても仕方がないぞ。
ケントニス」
「肝に銘じます」
思わず、唾を飲み込んだ。
アドラクィーレ様の症状報告会のつもりが、とんでもない話を聞く事になったものだ。
でもケントニス様、頑張ってほしいな。
いいお父さん、そしていい皇王になって欲しい。
今なら応援できるし、応援してあげたい。
と気を抜いていたら
「他人事のような顔をするでないぞ。マリカ?」
「は、はい??」
いきなり話の矛先が私に向いて、ビックリ。
皇王陛下の私を見る顔は真剣そのものだ。
「私が、ケントニスに国務の中心を任せるを決めたのは、其方のせいだ」
「何故?」
理不尽なまでの叱責に私は理解が及ばないけれど、周囲はみんな納得の眼差しで頷いている。
「各国に行けば行った先で、必ず騒動を巻き起こし、国をひっかきまわす。
各国王のみならず『精霊神』や『神殿』。
挙句の果てに『神』までが確保の手を伸ばす其方を守る為には。片手間ではできぬと理解したのだ」
お父様には国防の仕事がある。お母様や皇王妃様にはいざという時の発言権や決定権がない。
故に、皇王陛下が私の後見に付くというのか。
ありがたいけど恐れ多い。
「マリカ」
「はい」
皇王陛下が静かに私に語りかける。
「其方は『精霊の書物』の知識を持ち、また特殊な事情から普通の子どもでいられぬのは解っておる。
生真面目で手の抜けぬ性格に助けられていることも多い。
だがな、私には其方が、自分一人であれもこれもと抱え込み過ぎているように見えてならぬのだ」
「私には助けて下さる方が多いので、そこまでではありませんが……」
「だとしても、子どもが一人で抱えられる量は遙かに超えている。
代わってやることができぬモノも多いが、そうでないものについては知識を共有し、他者を頼り、任せる事を学べ。
さもなくば、いずれ限界を超え倒れるぞ。
周囲全てを巻き込んで」
「はい」
その言葉は厳しくも優しく、本当に私を案じて下さっているのが解る。
今の私は、自分で言うのもなんだけど、雁字搦めだ。
アルケディウス皇女に、食の責任者、孤児院のトップに、聖なる乙女に神殿長。
今後増えて来る子ども出産や、育成について考えれば保健婦や、出産医療の専門家は必須だし、今の所それができるのは私しかいない。
保育士になりたいとか、誰かに嫁ぎたいとか言ってもとても不可能なくらいに。
「三年、は其方への期限でもある。
三年間、周囲を、後継者を育成する事を意識して、知識の共有に努めよ。
其方が成人の暁に望むなら、誰になんの気兼ねも無く自由に己の道を進めるように……」
「アドラクィーレの件も、其方が頼りではありますが、其方一人に抱えさせるつもりはありません。
其方の知識を、私や、他の者達に教え、伝えて頂戴。
皆で、力を合わせていきましょう」
その柵を少しでも外そうと、皇王陛下。
ううん、皇王家の皆さんが気遣ってくれるのが解って頭が自然に下がる。
「ありがとうございます」
今まで望む未来を、子ども達がみんなで笑顔で暮らせる世界を作る為には、私が頑張らなきゃ、と思っていた。
助けて貰っていることに、どこか罪悪感もあった。
生まれる前からの社畜精神かもしれないけれど。
少しずつ直せるようにしよう。
私は、一人ではないのだから。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!