【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 聖なる乙女の雄叫び

公開日時: 2022年3月6日(日) 08:57
文字数:5,358

 黒くとろりとした液体。

 豊潤で濃厚な香りが鼻孔を刺激する。

 一体、どれくらい異世界に来て夢見ただろう。

 醤油。

 この人類の英知のような調味料に出会えることを。


「これが、其方が長らく欲しいと願っていたエルディランド特産の調味料?」

「はい、醤油、と言います。大豆を微生物の力で熟成加工したもので、料理の味を引き立てるのにこれ以上の調味料は他にないと言えるくらいの品です」


 私はザーフトラク様と一緒に朝一番で届いたエルディランド、ホワンディオ大王様からの贈り物を確かめていた。

 

「確かに濃密な味わいだな。このまま単体で使うだけでなく、薄めたり他の…酢などと混ぜると面白い味になりそうだ」

「流石、ザーフトラク様。

 この醤油の一番の力は火を入れても他のものと混ぜても味わいが変わらず、むしろ引き立つところです。

 醤油があれば今まで作ってきた料理も味わいがぐっと広がります」


 昨晩の舞踏会を終えた翌朝、私はドレスをコックコートに着替えて厨房に立っている。

 皇女が料理をするのか、と顔をしかめるお付きの人は多いけれどもここは、私の存在意義。レゾンテートル

 断固無視する。


「マリカ姫、どういうメニューで行く予定かな?」


 今回の旅のメイン料理人は勿論、皇王陛下の料理人、ザーフトラク様で、今まで作った料理はもう大抵お任せできるのだけれど、醤油を使った和食風メニューは本邦初公開だから私が作ってお見せする。

 あ、皇女になった私に敬語を使うと最初は言い張っていたザーフトラク様に、調理場では話し辛いので止めて欲しいと半ば命令で願ったのは私。

 妥協案で姫呼びに、後は普通どおりに接して貰う事になった。

 姫って柄では全然ないから、すごくむずがゆいんだけど。



「せっかくなのでこの醤油を使った料理をメインにします」

 

 

 昼餐の主賓、ホワンディオ大王様はご老人だしあまり濃い味の者はお気に召さないだろう。

 春というのは意外に野菜が少ない時期だ。

 精霊術でチルド保存していてもパータト(ジャガイモ)やシャロ(玉ねぎ)など保存の効くもの以外は難しい。

 特に緑の野菜が壊滅的だ。いくらか使えるのはキャベツもどきのサーシュラくらい。


 なので肉料理と保存の効く野菜をメインに頑張って和風会席もどきを作ってみようと思っている。


「メインはお魚、良い鯛を出発直前にトランスヴァール領から持ってきて貰っているのでそれを主にしたいと思います」


 前菜は生ハムとシャロ(玉ねぎ)とワカメの酢の物。

 蕪と鳥肉の煮物。

 スープは昆布でだしを取った鯛の潮汁。

 まだ鰹節は無理だけれど、トランスヴァール伯爵領の協力が得られるようになって、昆布とワカメ、そして寒天が食材として使えるようになったのは本当にありがたいことだ。

 メインは鯛の塩焼きと、イノシシの生姜焼きの二種。

 茶碗蒸しには鶏肉と魚のすり身で作ったかまぼこもどき。

 それから飾り切りのキャロ(ニンジン)と秋に見つけた銀杏を入れる。

 デザートは小さく切ったパウンドケーキと、琥珀糖。

 あとはサフィーレやオランジュの砂糖煮を入れた九龍球もどきで目を楽しませようかと思う。

 琥珀糖と九龍球は学童保育の調理体験でやって大人気だったのだ。

 比較的簡単だし。

 

 午餐に来るプラーミァもほぼ同じメニューで行く予定。

 ただ、プラーミァはお若くて元気がいい国王様だから、煮物をイノシシ肉の角煮に、鯛の塩焼きを天ぷらに変えてみる。菊花蕪は酢の物にして前菜に。

 メインは生姜焼き風味のチキンソテーに変更。色々な食材を味わって頂きたい。

 刺身はまだ冒険かなと思うので見送りだ。

 和食会席に生姜焼きや九龍球を入れるかって?

 だからもどきだってば。


「昆布は軽く拭いてから水に浸して、それから水に浸しておきます。

 茶碗蒸しや煮物、汁物にも使うので多めに、ですね」

「こちらのカンテン、ワカメも水戻しが必要だな」

「はいお願いします。あとプラーミァから果物が届いているので、九龍球にはそれも入れようかと思います。

 ナバナ、ヴェリココ。後はサフィーレとオランジュ、ピアンの甘煮を冷凍していたものを解凍して入れれば美味しいかな、と」

「了解だ」

 

 ザーフトラク様にお教えしながら二人でゆっくり調理していく。

 来賓用の料理は最大でも六人なので、二人+下ごしらえ兼火の番、後片付け担当の下働きさんで十分なのだ。

 余った材料で大人数分の賄いも作るけど。

 念願の醤油と米酒が手に入ったので料理するのが楽しい。

 生姜焼きや豚の角煮は向こうでの大好物だったのだ。

 みりんがないのは残念だけど、なんとかなるだろう。



 丁寧に、じっくりと作っていく。

 そんな作業の中。

 

「ところで、昨日の舞踏会は楽しかったかな? 姫君」


 ザーフトラク様が楽しそうに問いかけて来た。

 

「楽しいなんて思っている余裕ありませんでしたよ。

 ダンスに必死で、国賓の方々に失礼が無いか必死で…」


 私は野菜切りに集中。

 蕪に包丁を入れて菊花蕪にする。高校時代は家政科だったからこういう飾り切りも良く習ったっけ。

 あとは作って貰ったクッキーの型でキャロを花形にくり抜いて…。


「そうか? 皆が『姫君は勇者の転生をダンス一つで虜にした』と噂していたが?」

「ええっ?」


 いきなりの声かけに、手元が狂った。

 ニンジンの花びらが欠けちゃった。菊花蕪作ってる時で無くて良かったけど。


「なんでいきなりそんな話になるんですか?」

「求婚された、と聞いたが? 違うのか?」

「違います! 求婚じゃなくって、求愛です。っていうか、それもよく意味わかんないですけど…」 


 イングヴェリア(生姜)をすりおろしながら私を見るザーフトラク様は面白がっているわけではなく心配して下さっているのが解る。

 ただ、ザーフトラク様にまで伝わってるってことは、アルケディウスの使用人皆にも伝わってるんだろうなあ。

 下手したら他国にも。


「一回ダンスを踊っただけなのになんでそんな事になるのか…」

「神殿が最新の『乙女』を取り込みたかろうから、一番手っ取り早い方法に出たのかもしれんが、それ抜きでも姫が魅力的だったということだろう。

 勇者の転生が、醜聞も人目も構わず行動に出るくらいには」

「止めて下さい。ただお話しただけですってば…っていうか、昨日の舞踏会から気になってはいたんですけど」


 私はふと作業の手を止めた。

 昨日の舞踏会から時々来客の会話に出て来た『乙女』の呼称。

 そして最後の儀式の意味…。


「その『乙女』って何です? アーヴェントルクのアンヌティーレ様のことだっていうのは解りますけど…」


 アンヌティーレ様は『乙女』だ。

 それは間違いない。でも時に『乙女達』と言われたり、私の事も指していたようで。

 最後の神官長の儀式で私も正式に『乙女』になったぽい?


「知らぬのか? 其方の事だ。マリカ姫。

 最新、一番年若き、神官長の祝福を与えられた『聖なる乙女』よ」

「へっ?」


 意味が解らない。

 目を見開く私にザーフトラク様は、本当に知らなかったのか、と少し驚いたように眉を上げ説明して下さる。


「王家に生まれた未婚の姫君の事を『聖なる乙女』と呼称する。

 七精霊の子孫であることで、精霊との親和性が特に高く、存在するだけで精霊の恵み、祝福を国に与えると言われているな。

 昔は祈りによって、人の命を救い、キズを癒したとも伝えられている。

 神殿での祭事、式典も乙女がいれば乙女が行う。

『神』に祈りと力が届きやすいのだとか。

 だが不老不死以前から王家に産まれるのは男児が多く、姫君がいたのはプラーミァとアーヴェントルクだけだった。

 その後五百年、子どもそのものも王家には全く生まれなかったしな」


 プラーミァのティラトリーツェ様が結婚により『乙女』でなくなってからはアーヴェントルクのアンヌティーレ様が唯一の『乙女』となった。

 神殿からの要望もあり、アンヌティーレ様は神殿の『乙女』となり今、国だけではなく大神殿の儀式でも乞われて舞ったり、歌を捧げたりしておられるそうだ。


 我々一般人は大神殿や神殿での祭事など見る機会はないがな、とザーフトラク様は言うけれど…


「ってことは、今の『乙女』はアンヌティーレ様と…」

「其方、後はレヴィ―ナ皇女の三人だ。まあ、生後数か月のレヴィ―ナ皇女に式に出ろと言うのはできぬ話。

 故に今後『乙女』として、少なくともアルケディウスの式典を司るのは其方になるだろう」

「え? どうしてそんな話になるんですか?」

「昔からのしきたりだからな。仕方あるまい」


 そう言えば、ティラトリーツェ様も前にそんなことおっしゃってたっけ?

 うわー、どうしよう。

 私は本当は皇家の血なんて継いでないのに。

 でも、この世界にも聖女とか、回復魔法の使い手とかがいたんだ。

 不老不死世界では無用の長物だろうけど。


「其方が本当に、勇者の転生に何もしていない、というのであれば大神殿が、新しい『聖なる乙女』を取り込むために勇者の転生に命じて懐柔させようとした、という所かもしれぬな。

 儀式の度にアーヴェントルクの『乙女』を呼び出すのも面倒だから、新しい『乙女』を囲いたい、という思いもあるであろうし…」

「イヤです。アルケディウスを出て大神殿住まいなんて、絶対にイヤ!」




 そんな事になったら魔王城にも戻れなくなっちゃう。

 っていうか、魔王が神殿に入って巫女をするとか冗談じゃない。

 あの後、身体の変化は全くなく、フェイとアルに一応診察して貰ったけれど


「あの時のような異物の気配はありませんね。本当に何か入れられたのですか?」

「対して変わらないように見えるけど…ううん、わかんねえ!」


 異常がない、という事は身体の中に変なものが入っていたとしても解らないという事で、ある意味凄く怖いけれど。

 儀式の時の変な光、発信機とかじゃないといいなあ。

 ホントに心配だ。

 私、魔王城に戻っても大丈夫なのだろうか?


 リオンは


「…今のところは心配しても仕方ない。

 もう、相手の出方を待つしかないんだ」


 と渋い顔だったけれど。

 大神官長の登場後、リオンはなんだか考え込んでいる様子。

 偽勇者などもう眼中に入ってないっぽい。




「まあ、其方が厭うなら皇王陛下達も無理強いはすまいよ。

 あくまでも『乙女』の意志が最優先される。プラーミァはティラトリーツェ様の望みを聞いてアルケディウスへの嫁入りを許したわけだしな」


 アーヴェントルクのように大神殿のご機嫌を取ろうとして、私を神殿に入れるという可能性も国によってはあったかと思うとゾッとする。

 皇王陛下や皇王妃様、皇子達はそんなことはきっとしないでくれる。

 と確信できる程度には、私も皇家の方々を信じているけれど…。

 でも話の流れと『乙女』の役割的に私が偽勇者エリクスの求愛を受けても恋愛はできなさそうなのにいいのかな?



 そんな雑談をしているうちに料理も仕上がってきた。


「そろそろ料理ができる。盛り付けはどのように? 姫君?」

「マルコさん程では無いですけど、なるべく綺麗に、見栄え良く盛り付けられるといいですね。

 花形に切ったリューベ(蕪)は煮崩れしないようにそっと…」


 そろそろ昼間際、最後の盛り付けに取り掛かり始めた正に、ラストスパート追い込み中。


「姫様。お仕事中、失礼いたします」


 厨房の入り口から私を呼ぶ声がした。


「ミュールズさん? っと入ってこないで。今、私が行くから」


 厨房に、外からそのままの服の人を入れない。それは私が調理実習を始めるようになってから徹底している事だ。

 見学なら最低でも手を洗い、着替えをして靴を履き替えて貰う。


「何? 今、忙しいんだけど」

「申し訳ございません。先程、大神殿から使者が参りまして…」

「うわー、本当に姫君が料理をなさっているんですね?」


 ミュールズさんとは違う、ちょっと高い声?

 子どもの声だ。


「貴方は、どなた?」


 気が付けばミュールズさんの後ろから緑色のくりくりとした丸い目を輝かせた男の子が立っている。

 七~八歳くらいかな?

 エリセやアーサー達と同じくらいに思う。

 なんとなく見覚えがあるのは、昨日神官長の後ろにいた小姓の一人だからだ。

 多分。


「失礼。僕は大神殿に仕える小姓。エレシウスと言います。

 聖なる乙女に勇者からの文を預かって来ました」


 スッと、言葉と態度を切り替えたエレシウス少年が指し出した木札を私は手に取って見る。

 えっと、何々?


「『麗しの宵闇の乙女。

 貴女を思い、眠れぬまま、夜の訪れを今日も待っています。

 どうか、僕にどうか夢の続きを賜らんことを…?』

 ナニこれ? どういう意味?」


 できそこないの和歌みたい。

 …なんとなく解らなくもないけど、解りたくない。


「要するに恋文ですよ。もう一度お会いしたい、というお誘いですね。

 姫を思って夜も眠れないし、同じ大聖都にいられる時間は限られている。

 とにかく早急にということなので、お返事を賜りたくお忙しい中、無理を押して面会をお願いしました」


 やっぱり、デートのお誘い?

 昨日の、今日で?

 しかもあれだけ言ったのに、相手の都合も考えないで…。


「ふざけるなあーー。この忙しい時にーーー!」

「姫様!」


 私の絶叫は厨房のみならず、アルケディウス居室全体に響き渡った…らしい。


 その後、大聖都の使者を前に私ははしたないとミュールズさんに怒られた。

 こういう礼儀を知らない相手にも焦らず騒がず優雅に返すのが貴族の女性というものらしいけど、解せぬ。



 とにかく私は貴族語で忙しいので会えません。

 ごめんなさい、と書いてお返しした。

 やれやれだ。ホントに嫌いになっちゃうよ。


 エリクス君。

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