シュトルムスルフトの謁見の間には国王陛下とごく僅かの侍従や護衛騎士などしかいなかった。
彼らは皆、突然蹴破られた扉と、扉を蹴破って入ってきた人物に息を呑む。
「な、何を言っているのだ! マクハーン! 国王の前でのその無礼。
事と次第によってはただでは済まさぬぞ!」
どこか、上ずり震えた声で責める国王陛下に、マクハーン様の身体を借りた『精霊神』様はワザとらしく肩を竦め、それから腕を組んで見やる
『そこまで、貴様の目は節穴であったのか? イムライード。
俺が、本気でマクハーンに見えるとでも?』
確かに。
私は心の中で頷いた。
だって、マクハーン様にみえないもん。
マクハーン様と『精霊神』様の間に、どんな事情や契約があったかは解らないけれど、間違いなく身体は王太子のものだとは思う。
でもまったく別人にみえるよ。
銀髪が金髪に、紫の瞳が緑の瞳になっている、だけではない。
しなやかで細身、長身で優し気なマクハーン王太子の外見は何も変わっていないのに纏う雰囲気が異なる。
まるで獣を前にした獅子のような、あるいは歴戦の戦士、武術家のような隙のなさが伝ってくる。さっき、地下でシャッハラール王子を伸した時と同じ、刃のような鋭さをその瞳に宿し、国王陛下を見据えていた。
「俺はシュトルムスルフトにおいて『精霊神』と呼ばれるもの。
この国を開いた初代王にして、お前達の『父』だ」
ザザッと。空気が揺れ動いた。人々が一斉に。
お付きの人達は国王陛下よりも早く、そして素直にその言葉が真実だと理解したのだろう。
膝をつきマクハーン王子の容をした『精霊神』
この国の祖に膝をつく。
立っているのは『精霊神』の後ろにいる私達と国王陛下だけだ。
『俺は自分で言うのもなんだが、一度としてお前達にこうしろと、自分達の考えを押し付けたことは無かったつもりでいる』
呆然、唖然と立ち尽くす国王陛下に告げる『精霊神』様の声は優しい。
『自分達で考え、助け合って生きるように、そう伝えてきた筈なのに!
何故貴様らは理解せぬ! 弱きものを守り、人々と精霊を繋ぎ、共に生きる。
その仲介者が王族であるというのに、自らが選民のごとくふるまうのだ!』
優しいけれど、その中に確かに抑えきれない怒りを感じて、私達は身を震わせた。
空気に雷が宿ったようなピリピリとした、緊張が走る。
その中で、
「……何が、解る?」
『何?』
「『精霊神』に何が解るというのだ? ずっと、我々から『精霊の力』を奪い、呼びかけにも応じず、見捨ててきた貴方が!」
『精霊神』様の威圧にも怯むことなく言い放つ国王陛下。
一週回って凄いかも。
この威圧と迫力に屈せずに逆に意見を述べるあたり、やっぱり一国を率いる国王なのかな。
「我が国は、ずっと下に見られていた。精霊の加護無き国と。
不老不死世となり、多少は息を吹き返しはしたものの、大地の恵みを齎さない、砂の大地。
失った風の翼。
その惨めさを、貴方は理解しているのか!」
まるで親に悪さの言い訳をする子どものように、国王陛下は逆ギレ。
怒りを『精霊神』様に叩きつけている。
「そもそも、我らは何も悪くない。
『精霊神』の教えに従っただけだ。
貴方に褒めて欲しかった。先祖とて同じ。だから……だからこそ、我々は……この大地を守る為に……」
『女達を犠牲にしてきた、と?』
「女とは、男を支えるモノだろう?」
『違う。男が、女に支えられている。だから男は女を助け、守るのだ。
この世に見える全てのモノは女と、その胎から生まれたものでできているのだから』
「え?」
『やはり、俺は一番大切なものを伝えそこなった。
先生に笑われ、いや、怒られるな』
静かで吐き出すような思いが空を漂う。
けれど、それは一瞬で『精霊神』様は腕組みをしていた手をほどき、
『イムライード、其方が他国の皇女に対して行った非礼、並びに国王の名において行ってきた罪に対して『精霊神』が裁きを下す』
腰の両わきで構えた。
明らかな戦士の臨戦態勢だ。
『恨み言や、言い訳はあるが、それを今、告げるのは男らしくない。
故に、力と拳で語り、聞こう。それが、一番、単純明快だ』
「はあ?」
『私の言葉を守ってきた、というのであれば
『強くあれ。己の護るべきものを守る為に』
そう、残した言葉と武術は伝えられている筈だ。国王たるものそれを修めても来ている筈。現にこの王太子の身体には鍛錬の跡が残っている。
一切『精霊』の力は使わぬ。私を己が思いをもって倒してみよ。それができるのであれば、お前の言い分も認めよう』
パチン、と弾かれた指と共に王様の周りで風が吹いた。
被っていた布、豪奢なコート。王としての衣服が全て飛ばされて、白いチュニックとサンダルだけの姿になる。
これは、王としての力に頼らず、自分だけの力で戦え、ってことなのかな?
腰の内側に下げている装飾度の高い短剣は残されている。これは逆に武器を持っていても構わない、という実力? 余裕の表れに私には思えた。
国王陛下、周囲にどこか縋るような瞳を向けるけれど、みんな騎士達も顔を背けている。
そりゃあ、そうだ。
明らかに強い、勝てないと解る『精霊神』に挑んで怒りをかいたくはないだろう。
結果が解っている戦い。
それでも、やはり国王陛下にも思う所や、言い分はあったのだろうか?
ただ、非を認め、謝罪するのではなく、腰の短剣を引き抜き
「あ、ああああっ!」
一気に切りかかってきた。
うーん、50点。
何がって、国王陛下の強さ。
まったくの戦いのド素人ってわけではないな、とは思う。
けっこう鍛えられたいい体をしているし、足取りも悪くはない。
短剣を構える手も、相手への恐れ以外のものが見えずしっかりしている。
でも、うん。レベルが違いすぎるね。
若く、鍛え上げられた身体を持つ戦士の魂を前にしては。
勝負は一瞬でついた。
相手が真っすぐに向けたナイフを軽く手で払うようにいなし、そのまま手首を掴み、武器を奪い取る。そのまま右脇の下に抱えるように腕を掴みながら、左肘で国王陛下の鼻先を打つ。
「がっ!」
そのまま腕を取りながら、鳩尾に膝を入れ、右腕を捻り、顎を取る。
絵にかいた様なマーシャルアーツ。
柔道や空手とはまた違う、武器を持った敵を相手取り、制圧するための格闘術がそこにあった。
なんで『神』の名を冠する者がこんな技を修めているのか。
多分、聞いてはいけないんだろうなあ。
「!?」
『解ったか? お前がいかに物事の真実を見ていなかったか。自分勝手な思い込みや行動で周囲の者達に傷を負わせていたか、を』
後ろから国王陛下を羽交い絞めにするマクハーン王太子、の身体を借りる『精霊神』様がそんなことを国王陛下の耳元で囁いたような気がした。
『悪いが、勝負があった以上、俺はお前の返答や謝罪を聞く気は無いし、必要としていない。
しばらく、地下牢で頭を冷やしていろ……。いずれ、ちゃんと話を聞いてやる』
「……うっ!」
チョークをかけて、意識を落としたのだろうか?
『聞くがいい。シュトルムスフの者達よ』
バサリ、と音を立てて国王陛下が地面に倒れると、同時『精霊神』様の声が響く。
攻防に目と心を奪われていた私達はハッと我に返って膝をついた。
『この者、国王イムライードは、アルケディウス皇女とその部下に対して誘拐、監禁、暴行の教唆を行った。よって、ここに『風の精霊神』の名において裁きを与え、王権をはく奪、幽閉とする。第一王子シャッハラールも同罪。
国王代理は法に基づき王太子マクハーン。異論はあるか?』
頭を地面に擦り付けんばかりに下げ、震えるシュトルムスルフトの人達。
第一王子でさえ、震えながらも反論できない。
いきなりの『精霊神』降臨、からの国王征伐。その強さを間近で見れば怖いよね。
まして『精霊神』様が見せた力は物理だけだ。
『風の精霊』としてのそれは一切見せてもいないわけだし。
シュトルムスルフトの人達に全力の威嚇をかけた『精霊神』様。
でも、その足や肩に震えが見える。
そろそろ限界なのかも。
私の視線と心配に気付いたのか、少し柔らかい微笑みで
『皇女よ』
『精霊神』様は私達に声をかけてきた。
「あ、はい」
『すまぬが落ち着いたら、封印の解除を頼む。シュルーストラムの件も含め、詳しい話はその時改めて』
「解りました」
『感謝する。悪いが、少し暴れすぎた。これも、数日は使い物にならぬだろう。
面倒をかけるが……この借りは、必ず……』
「マクハーン様!」
ぐらりと、身体が揺れてマクハーン王子の身体が崩れた。
リオンが、駆け出しかけたのだけれど、その身体を一瞬早く支え留め支えたのはフェイだった。
大切な宝物を抱きしめるように。
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