翌日、私達は指定の時間皇妃様の迎えと一緒に城に向かった。
念の為、ヴェートリッヒ皇子にもお知らせしようとしたのだけれど
「皇子は昨日からアザーリエを連れて外出しております。
領地で蜂蜜の正式契約をしてくるように、と皇妃様からのご命令があったので……」
留守居役のポルタルヴァ様がそう教えてくれた。
と使者のウルクスは報告する。
明後日の大貴族全てが集まる宴で正式にアーヴェントルク産のシャンプーをお披露目する。
アザーリエ様の領地が蜂蜜の値を吊り上げたりしないように自身が行って目を光らせて来るようにとのご命令だったとか。
皇子も大変だ。
「今日の夜にはお戻りになるだろう、とのことですが……」
「いえ、一応お知らせしておこうかと思っただけです。
では行ってきます。後をよろしくお願いいたしますね」
皇妃様のお誘いだ。断るわけにもいかない。
遅刻する訳にもいかない。
留守番役の随員たちに声をかけて、私達は宿舎を後にした。
今回の同行者は護衛のカマラとミーティラ様、お目付け役のミュールズさん。
リオンがプライベートエリアの外まではついてきてくれる。
「皇妃様ってどんな方でしょうか?」
今まで、本当に直接話をする機会とか無かったから、少しドキドキする。
皇帝家……昔は王家だったそうだけれど……の傍流王女。
足が少しお悪くて、聖なる乙女にはなれず自分の夢を託すようにアンヌティーレ様を可愛がっておられる……。
「あれ? もしかして私嫌われてるんじゃ……」
ふと、本当に今更だけどそんなことに気付いた。
今まで殆ど接点がなくて、会話もなくて。
人となりが全く解らなかったから油断しちゃったけど、もしかしたら、もしかしたら。
娘の立場を奪う私のことを憎んでたり?
マズイ。どうしてそんなことに気付けなかったんだろう?
「……ねえ、リオン」
急に震えがきた。
リオンに相談しようと思って腕を引っ張ったまさに丁度その時だ。
「待て!」
私達を呼び止める声に後ろを向く。
そこに立っているのは体格のいい鎧騎士だった。
「グレイオス……」
グレイオスと言えばアーヴェントルクの騎士将軍だった筈だ。
夏のアーヴェントルクとの戦でリオンと一騎打ちして負けた、という話を覚えている。
その人が、城にいるのは不思議ではないにしても何故、リオンに呼びかけるのだろう?
と思った途端。
リオンの手元に手袋が飛んできた。
「騎士貴族リオン! そなたに決闘を申し込む!」
「え?」
正直、またか。と思った。
儀式後、私に結婚、リオンに決闘を申し込んでくる人の数はもう二桁を超えてるから。
「姫君。突然のご無礼をお許し下さい。
ですが、あの舞の日より私は姫君の美しさ、気高さに恋をしてしまいました。
夏の戦、奇手奇策でアーヴェントルクを罠に嵌め勝利を奪った彼は、清純なる姫君には相応しくない。どうか……わが愛を」
膝を付き手を取ろうとする彼を私は振り払う。
「お断りします! アーヴェントルクの戦で精霊石を預かる騎士将軍ともあろう方が、負けを認めることもできず、他国の騎士を、私の婚約者を侮辱し辱しめるのですか?!」
騎士将軍と言ってもやることは同じか。
陳腐にすぎる!
「リオン。彼を……」
と言いかけて気付く。
ダメだ。これからすぐに皇妃様のお茶会。
今から決闘に応じてたら遅刻してしまう。
でも、グレイオスは引いてくれそうにない。
「姫君、一時お側を離れることをお許し下さい。
すぐに戻ります」
リオンがスッと膝をついた。
本当にここらへんが妥協点ギリギリだろう。
「……解りました。先に向かっているので片付き次第戻って来て下さい。
武運を祈ります」
グレイオスと一緒に去っていくリオンを見ながら私は相談できなかった不安がぐるぐると渦を巻き広がっていくのを止めることができないでいた。
お城のプライベートエリア。
男子禁制、女性のみが入ることができる私室に、私達は招き入れられた。
「今日は、よく来てくださいました。マリカ様。
どうか、くつろいで行って下さいね」
流石、アーヴェントルク皇妃様のお部屋。
豪奢で美しい。丁度も白や紫を基調にして優雅な雰囲気を醸し出している。
ビロードのソファに進められて私は席に着く。
その周囲に三人の随員がついてくれた。
「まずはテアをどうぞ。それから、お約束しましたアーヴェントルクの菓子をお切りしますね」
テーブルの上には言葉のとおり、お茶の用意と一緒に、茶褐色をした正方形の塊が乗っていた。
「これが、アーヴェントルクのお菓子、ですか?」
「ええ、ミクヌトルテといいますの。簡単に言うとミクルを砂糖と蜂蜜で絡めて固めたものですわ」
言ってみればクルミのヌガー。エンガティーナというお菓子があるけれど、そのタルト生地のないものと言えるかも。
「さあ、どうぞ。『新しい味』を指揮する姫君には物足りない味でしょうが、テアと一緒に口に含むのは悪くないのですよ」
皇妃様は、同じポットから注いだ二杯のテアを私の前に、どうぞと差し出す。
私が選べというのは毒など入っていない、という意味だろう。
同じように四角いヌガーを包丁で半分に切り、そのうちの一つを、さらに半分にして。
私と自分の皿に取り分け自分の分を口に運ぶと食べて見せた。
「お付きの方たちも毒見代わりにいかが?」
残った半分をさらに一口大に切って、皿に乗せ随員達に勧める皇妃様。
毒見と言われては断り切れなかったのか、三人とも爪楊枝のようなピックの刺されたヌガーを手に取り口に運ぶ。
「歯ごたえがいいですわね」
「少し味が濃いと感じますが、砂糖以外の濃厚な味が口に広がって美味しいです」
「疲れが取れますね。プラーミァでも戦士が砂糖菓子を食べますがそれと同系統かもしれません」
「お気に召したのでしたら光栄ですわ。マリカ様もどうぞ……」
みんなが食べたのに私が食べない訳にはいかない。
切られたお菓子は一口サイズ。そっと頬張る。
「……美味しいですね。これをタルト生地で包み込んだりすると少ししつこい味わいが小麦の香ばしさと適度に合わさってより美味しくなるかもしれません」
いわゆるエンガティーナだね。ヌガーとして食べるより絶対美味しいと思う。
「それは素敵なお話ですわね。後でゆっくりとお聞かせ下さいませ」
「はい」
私が、私の意識をもって、はっきりと答えられたのはそこまでだった。
……意識がもうろうとする。体が痺れて手足が……動かない。
体が支える力を失い、ソファに崩れこむ。
バサッ、ドサッっと背後でも音がする。
「箱を持ってきなさい。
他の随員達はアンヌティーレの所に連れて行くのです。しっかり縛ってアンヌティーレの処置が終わるまで逃がしてはなりませんよ」
後ろを振り返ることもできないけれど、もしかしたら、みんなも?
まさか、毒を盛られた?
どうやって?
唇も動かないから言葉にできない問いに勿論答えは返らない。
「ええ、『聖なる乙女』 後で……ゆっくりとお話ししましょうね……フフフフフ」
ぼやける視界に最後に映ったのは私を抱き上げ、楽しそうに私を見下ろす皇妃様の微笑。
口角を上げ怪しく微笑むそれは昏く、恐ろしく……魔女めいて見え……た。
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