【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

宇宙 消えた旗艦

公開日時: 2024年10月23日(水) 08:26
更新日時: 2024年10月24日(木) 07:34
文字数:2,891

 ほんの今さっきまで、確かに何もなかった。


 いや、気が付かなかっただけかもしれないけれど。

 彼らの前には今、恐ろしいまでの重力で周囲のモノを巻き込み、吸い込む、暗闇があった。


「あれは、おそらくブラックホールだ!」

「神矢! 神矢!!」

「アーレリオス! ステラを連れて下がれ! 皆も近づくな。巻き込まれたら、簡単には逃れられない!」


 慌てて駆け寄りかけた船達は、リーダーの命令に従い、距離を空ける。

 実際にかなり距離を空けても、重力の渦の影響が感じられる。


 ブラックホール。


 SFなどでおなじみの、宇宙に発生していると演算される黒い穴。

 高密度&大質量の天体で、光さえも吸い込んでしまうと言われている。

 今、必死にレルギディオスの船は逆噴射などで堪えているようだけれど、少しでも気を抜けば、即座に底なし沼のような重力圏に吸い込まれて行くことが容易に演算できた。


「レルギディオス!」

「今、助ける!」

「バカ! 止めろ!」


 仲間達がナノマシンをロープのように精製して船に向けて発射する。

 けれど、届かない。

 それどころか


「切り離せ! お前らまで吞まれるぞ!」


 その背後、周囲。

 より重い重力に囚われ、牽引する筈のロープは逆に引っ張られてしまう。

 レルギディオスの言う通り、そのままだと呑み込まれてしまうと判断。

 切られたロープは抵抗なく暗闇の奥に消えていった。


「逃れる術はないのか! レルギディオス!」


 船団からは下手な手出しができない。

 うかつに近づけば、間違いなく二重遭難になってしまう。


「やれることは全部やってる! でも、落ちていかないようにするのが精一杯だ。

 それでも、だんだんに引き込まれて……」


 光さえも脱出不可能と言われているブラックホール。

 その重力圏に囚われて、まだ持ちこたえているだけでも奇跡的だが、それも時間の問題だろう。


「なんとか頑張りなよ!! 僕達のエネルギーも分けてあげるからさ!」

「……そんなことをしたら、お前達の船の子ども達が危険に……」

「そんなことを言ってる場合か! お前が引き込まれたら、船の子ども達が危険なんだぞ!」


 移民船の子ども達を守るのが最優先。

 彼らは、そう自分達の存在意義を定義している。

 何より今、目の前で危機に陥っている仲間と子ども達を見捨てる訳にはいかない。


「疑似クラウドを経由して、できる限りの力を渡す! なんとか脱出を試みろ!

 お前や子ども達を失う訳にはいかないんだ! ステラ!」

「は、はい!」

「余剰、備蓄のナノマシンウイルスはあるか?

 あるなら、可能な限り、レルギディオスに回せ!

 ぼんやりしたり、落ち込んでいる暇はないぞ!」

「はい!」


 アーレリオス様の指示で、移民船八機、全てが余剰のエネルギーをほぼ全てレルギディオスに送信する。

 それでも、脱出は光でさえも難しいとされる、超高密度の宇宙の落とし穴。

 吸い込まれない、現状維持が精一杯、むしろじりじりと引き寄せられているようだ。


「脱出する方法はないのか?」

「そもそも、ブラックホールの実物に遭遇するなんて人類初めてなんだから、解らないよ!」

「SFでは、ブラックホールに吸い込まれてもホワイトホールっていう出口から出られるという説もあるが、確かめるわけにもいかないからな」

「そういうオタク的会話はいいから!

 あー、NASAやロスコスモスのデータも悪い推察や予測しかない!」


 八方ふさがり、誰もがそう思った時。


「! そうだ。レルギディオス! これを!!」

「? なんだ? ジャハール。これは?」


 疑似クラウド経由でジャハール様から何かが送信された。

 開封するレルギディオス。

 それは、ナノマシン活用の計算式のようだった。


「俺の、空間移動の術式だ。宇宙空間では今一不安定で発動しにくいが、一種のワープ航法のような形で使えるかも!」


 空間移動の術式というのは風、空間や空気の利用を得意とする後の風の精霊神。ジャハール様の得意技だ。向こうで言う所の転移術。

 フェイに以前、使い方のイメージを聞いたら。


「転移先のイメージをしっかりもって、そこに向かって精霊の力を使って別空間と繋ぎ、特別な通路を通っていく感じでしょうか? だから、どこに出るか、出口のイメージが重要なんです」


 同じように転移術を使うリオンは


「座標の把握が必須だな。慣れないと異空間のジャンプに身体が適応しない。

 最初期、一緒に仲間を連れて跳べなかったのはそのせいもある」


 とのこと。別の次元、疑似クラウドのような通路にショートカットを作る感覚だろうか?

 ワープ航法や瞬間移動の方法論は、色々だろうけれど。


「一か八か。そのまま吸い込まれるよりはマシの筈だ」


 能力者達がナノマシンウイルスと同化し、バイオコンピューターと化したことで、人型であった時に無意識で行っていた彼らの能力の発動は、数式化されて一応、他の能力者でも使えるようになっていた。

 例えば真理香先生、ティエイラの防御術式は人格データが送られてきた時に、全員が共有して今は、それぞれが使えるようになっている。

 特に元が血液を媒体にしていたので、オーシェアーン様の水の術と相性がいいようだとのこと。


 ただ、適性が無い術式を使うと、気力やナノマシンのロスが激しく無理には使わない方がいいという結論で能力者の皆さんは、それぞれの専門性を尊重する形であまり、他の人の領域には手を出してはいない。

 それに、宇宙空間では自然物や空気が無い。

 ナノマシンウイルスがある所であれば、転移空間が繋ぎやすいけれど、ウイルスの無い場所には経路が繋ぎにくい。というかやったことがない。

 宇宙空間ではナノマシンウイルスそのものも活動が鈍る。航行にはあまり自然物に介入するナノマシンウイルスを使う必要もない。

 そんな理由から積極的に共有はされていなかった術式を、彼はこのピンチで提供したのだ。


「あと、これ!」


 光の精霊神 キュリッツオ様が投げたのは光、電波による、一種のビーコン、疑似命綱だった。

 

「万が一、離れてもそれで僕達の方向くらいは解る筈だ。気休めでしかないけれど」

「解った! 移民船団の旗艦機能、指揮権は一時的にアーレリオスに譲渡する。

 俺が戻らなかった場合、彼の指示に従って子ども達の保護にあたってくれ。

 特に星子、ステラを守って……!」

「承認! だが、そんな事より、早く脱出を試みろ! レルギディオス!」

「解っている。だが、想定より複雑な術式で、取り込み展開がかなり難しい。よくこんな難しい演算を鳥頭の分際で」

「! ケンカ売ってるのか! 神矢!」

「止めろ、こんな時に!」

「早く!」

「解っている。絶対に、諦めない。

 俺は、俺は、必ず、戻るから!!」


 絶望的な状況下で、少しでも空気を明るくする為に、神矢君がボケたのは、みんな多分、解っている。

 その間にも、演算を完了させ、彼は仲間達から受け取ったエネルギーと術式の全てを展開、移動式を発動させた。

 所謂ワープ航法。


 バシュン!


 何かが揺れる気配がして、ブラックホールの前から神矢君の船が消えた。


「レルギディオス!!!!」


 でも、いくら待っても周囲に神矢君の船が出現する様子はない。

「神矢!!!」


 音の届かない真空の宇宙。

 それでも、パートナーを思う少女の叫びだけは、仲間達の耳と心にはっきりと響いていた。


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