この世界には基本的に子どもがいない。
だから、子供服というものが存在しない。
元々中世だから、日本のようにお店に行ってちょいちょいと服を買って来れる世界ではないけれど。
食生活が絶滅している為、その分服飾や、家具や道具、日用品の関係はけっこう発展していたようで店も多く職人さん達の腕もいい。
ガルフの店の躍進を影から支えるカトラリー、泡だて器や、お玉、編み杓子、ざる、食パン型などは、あまりの調理器具の少なさに困って、私が頼んで職人さんにオーダーしたものだ。
ガルフの店だけのことを考えるならギフトで私が作ってもいいのだけれど、今後のことを考えると普通に買えるようになって欲しかった。
「マリカ様、調理器具の一般販売に許可が欲しいと、工房が言ってきたのですが…」
「ガルフの店の注文分を無料で納めてくれるか、権利料を支払って下さるならいいですよ」
最初はガルフの店の為だけに作っていたそうだけれど、貴族階級に食が広がっていくにしたがって問い合わせが大きくなってきたらしい。
結局権利料を支払う形で、いくつかの工房が一般販売を始めた。
貴族階級に売れ、一般の人にも興味を持たれている。
木工、鉄工職人の新しい収入源できそうだという話だ。
あ、話がズレた。
えっと、服の話。
基本的に、子どもは大人の服を切ったりしたものを着ている。
貴族に使われているような、ちょっと恵まれた子は見栄えを気にしてお仕着せを作って貰えることもあるけどまれだ。
一方である程度以上の大人は服に凝る。
庶民用の既製服の店や、古着の店もいくつかあって、自分に似合うものを選べたりするし、そういう点では中世としてはかなりレベルが高いと思う。
勿論、貴族や豪商はお抱えのお店にオーダーメイドする。
で、ドルガスタ伯爵家の子ども達を迎えるべく、準備をする中で、子ども服が手に入りにくいことに私は悶絶する事になった。
貴族の側に仕える関係でお仕着せを用意して貰っていた年中の子はまだいいけれど、年少の子は裸にシャツを着て腰を紐で結んでいただけ。
下着すら持っていなかった。
「ティラトリーツェ様。
シュライフェ商会にガルフの店が注文をしてもいいでしょうか?
新しい子ども達の服などを作りたいのですけれど」
私は騒動がとりあえず落ちついて、平常の料理教室が始まったある日、ティラトリーツェ様にお願いした。
「別に、私の許可を得る必要はありませんよ。好きになさい」
あっさりと頷いて下さるティラトリーツェ様。
第三皇子家お抱えの商会だし、私はティラトリーツェ様経由でしかお会いしたことが無かったから許可が必要かと思ったけどいらなかったらしい。
「ガルフは店の従業員のお仕着せも頼んでいると聞きますし…、ちょっと待ちなさい。マリカ」
そう言えばガルフはシュライフェ商会の奥様とお知り合いらしかったなあ、などと考えていると急にティラトリーツェ様が目を剥いた。
私を睨む様子はマジ怖いんですけど。
「な、なんでしょう?」
「子供服など、とは何です? まさか、また変なものを作る気では?」
「え? 別に変なものではないですよ。エプロンとコックコートをお願いできないかなと思っていますが…」
「コックコート?」
「えっと…料理人が服を汚さない為の服です」
料理実習を何度もやっていて思ったのだけれど、中世異世界では不老不死社会、ということもあって衛生観念があんまり高くない。
王宮の料理人さん達も普通の服で調理していた。
一応エプロンのような前掛けはしていたけれど。
個人的には料理人というと、白い服、というイメージの強い私には違和感ありまくりだったのだ。
ガルフの店では給仕役と料理人に白いエプロンを採用しているけれど、今後、料理が広まっていくなら料理人さんには最初に衛生観念をしっかり持って欲しいし、気を配って欲しい。
だから、お世話になっている王宮の料理人さん達と、店の人達に試作品としてコックコートを作ってプレゼントしたいな。
と思ったのだ。
それから、孤児院で働いて貰う人達様にもエプロンを。
保育士にとってはエプロンは戦闘服だ。
可愛い動物模様とかはまだ早すぎると思うけれど、服を汚さず、動きやすいエプロンを身に付けて貰えたらと思っている。
「丁度いいわ、今日はシュライフェ商会のプリーツィエが来ています。
私の目の届くところで注文なさい。
エプロンはともかく、コックコートは今まで無かった服の形ですから、既製服として作らせた方がいいかもしれません」
「解りました」
暫くすると既に顔なじみになったプリーツィエ様がやってきた。
「あの人の用事で来た所を無理を言いますが、頼みたいことがあるの」
「またマリカ様のお洋服を作らせて頂けるのですか?」
なんだか、わくわく、と言った顔つきでプリーツィエ様。
視線がちょい怖い。
「私、最近、子供服を作るのが楽しくなっているのです。
この間もガルフ様からたくさんの子供服の発注を頂き、今日も素晴らしいご注文を頂いて来た所です。
子どもの魅力をステキな服を着せる事で、多くの人に知らせることが、私の使命ではないかと!」
夢見るようにうっとり視線で言うプリーツィエ様。
ホント、頼りになりますけどちょっと怖いですって。
あ、でもガルフから子供服の発注、ってことはもう新しい子達の服は手配済みってことか。
流石ガルフ。
「今回は、私のではないのですが、ちょっと新しいデザインの服なので…」
ちょっとがっかり、しょんぼり顔をしたプリーツィエ様だったけれども、保育用エプロンとコックコートのデザインを見て、流石お針子兼デザイナー。
目の色が真剣な光を帯びる。
「なるほど。どちらもとても機能性に優れた服、ですね。
子どもの面倒を見る女性だけではなく、働く女性にはどの職場でも求められそう。
コックコートと呼ばれる服も、台所で働く人間の仕事に役立つ様に工夫が凝らされているのが解ります」
白い布地、ダブルのボタン、折り返しのカフスなど覚えている限りのコックコートの工夫を木板に書いて手渡す。
保育用エプロンは、所謂『エプロン』ではなく、チュニックのような形で横をボタンで留める。
着脱がしやすく、着替えやすい。ポケットも大きめのものを付けて貰う。
色々と持ち歩く事も多い保育士だ。ポケットの数は重要。
「…店主と相談して、の話になりますが、この服をシュライフェ商会で作らせて頂き、既製品として売ることはお許し頂けますか?」
「カトラリーや調理具の店に同じように必要なものを発注し、似たような話を頂いた時には、権利の代金を払って頂き許可を出しました。
詳しくは店主同士の話ですね」
「解りました」
どうやらエプロンやコックコートもこの世界から見ればけっこういい商品になるようだと今更ながらに気付く。
確かに今後、料理人が世界に増える事を考えると潜在顧客の数はかなりになる。
保育士も増えて欲しいものだけれど。
「相変わらず、貴女は何が出て来るか解りませんね…監視出来て良かった。
今日はもうお帰りなさい。
リオンが来ている筈だから、一緒の馬車で帰るといいわ
ため息をついたティラトリーツェ様が手を閃かせるけど。
私はビックリ。
何故にリオン?
帰り支度を整えた私を、玄関で本当に馬車とリオンが待っていた。
「…マリカ達には内緒にしとけ、って言っといたのにライオの奴が馬車を二度出すのは手間だから一緒に帰れって」
どこか照れたように、困ったように頭を掻いたリオンは、私に手を真っ直ぐ差し出して、それでもエスコートして馬車に乗せてくれた。
「あ、皇子の用事で呼び出し?」
「まあ…そんなところだ。何の用事かは聞くな」
聞くなと言われたら聞けないけれど、とりあえず推理してみる。
リオンは皇子の所にいた。
皇子の用事で、シュライフェ商会のプリーツィエ様が来ていた。
シュライフェ商会は服飾のお店。プリーツィエ様はトップクラスのお針子兼デザイナー。
そして、素晴らしい注文を貰ったと浮かれ顔…。
あ!
「もしかして、リオンに皇子が服を作った?
ティラトリーツェ様が私に作ったみたいに?」
途端にリオンが吹いた。
「! なんで解る!? マリカにも予知眼があるのか!」
適当なことを言って誤魔化す事も出来ない程に焦っている。
顔はエナの実よりも真っ赤だ。
推理的中。。
うわー、楽しみだ。
皇子がわざわざデザイナーを呼び出して作る服だもん。きっと礼装クラスのステキな服に違いない。
「いいか! 皆には言うなよ! アルにも、城のチビ共にも、エルフィリーネにも、だ!」
フェイはどうやら知っているのだな、と思いつつ私は頷いた。
楽しみは後に取っておいた方がいい。
「…騎士試験に受かったら、必要になる。
一枚くらい持っておけ、っていわれて断り切れなかったんだ」
言い訳するように言うリオンの言葉には、でも微妙な喜びも見える。
どんな服か、それは私も聞かない。
「騎士試験っていつ?」
「風の一月の終わりだって言ってた。
秋の戦が空の一月の終わりで、大祭が二月の始め。
空の二月が終わればすぐ、冬、だからな」
時が流れるのは早いものだ。
春が過ぎ、もう夏が終わる。
目まぐるしく色々な事がおきていくけれど。
その多くは良い結果を、私達にもたらしている。
リオンの騎士試験も、きっとその一つになるだろう。
「頑張ってね。リオン」
「ああ。必ず受かって見せるさ。精霊の獣の名に懸けて」
私は今からリオンの騎士姿を見るのがとても、楽しみだった。
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