大聖都から戻ってきてまる一カ月。
周囲はだいぶ春めいてきた。
もうあと数日で水の月。
プラーミァ王国への出張旅行が始まる。
プラーミァにまず三週間滞在。その後、エルディランドに回る。
エルディランドでの滞在もニ週間。
多少の延長は在りだけれども、水の二月が終わるまでには必ず帰国すると約束した。
こちらの世界の水の月はむこうの世界で言うのなら5月から6月の感じ。
大陸全体から見れば北方にあたるアルケディウスにもこれから、満開の花盛りがやってくる。
ロッサ(ばら)にレヴェンダ(ラヴェンダー)ジャスミンにカモミール、ローズマリーと花々が夏の社交シーズンまで途切れることなく咲き乱れる様子はまるで6~7月の北海道のようで一番美しい季節だと思う。
そんな時期に国を外すのは残念だけれども、アルケディウスよりさらに南国の二国はきっと花盛りだろうから、この国では見つからない珍しい花なども探して来れればいいなあと思っている。
春、花の季節となればエッセンシャルオイル作りも始めないといけない。
皇子妃様達が待ちに待っているのだ。
でも、今年は私が不在なので管理はできない。
エッセンシャルオイルを抽出する為の蒸留器は現在魔王城に一台、アルケディウス用に二台作ってあるけれど、アルケディウス用を今年の春からお母様に献上した。
オランジュの皮でオイル作りをやって見せた時には随分と驚かれた。
水蒸気蒸留法は古典的だけれど、現在も廃れない技術だから。
「このような方法で香りの水と油を抽出するのですか?
なるほど、直接火に当てないというのが重要なのですね」
完全に仕組みを理解するのは難しくても、やり方と結果は理解して下さったお母様。
コイルガラスが私の能力でないと作れないので、その説明の関係から今まで外には出せなかったのだけれども、
「花の水、油を作れるのが期間限定であるのなら、機を逃すわけにはいかないでしょうね」
と言う訳で、お母様から皇王妃様に献上されて、皇王妃様の管轄事業として王宮でエッセンシャルオイル作りが行われることになったという。
機械は皇子が見つけ育てた異能を持つ子どもが作ると理由付け。
嘘はついてない。私とシュウが魔王城で作ってるのだし。
「今後も継続して作らせるが、見ての通り複雑な構造だ。
職人の安全の為にも居場所は知らせない。製法も秘密だ」
自分達も早く欲しいと言った第一皇子妃や第二皇子妃も、その説明に渋々ながらも頷いてくれた。
一般販売はまだしない、という条件でもう一台はシュライフェ商会へ。
「本当に特別な技術で作られたガラスを使っているので壊れたら替えが効きません。
大事に使用して下さい」
「解りました」
今年シュライフェ商会は可能な限りの花や植物でオイル作りを試すという。
作ったオイルはサンプルを除き全部王宮に納品。
一般販売は次年度以降になるけれど、水出し法で作るフラワーウォーターよりも高濃度の花の水が採れるからそれを活用する事ができるし損は無いと思う。
「旅に、蒸留器を持って行ってプラーミァやエルディランドでオイル作りを試してもいいですか?」
「また、貴女は面倒な話を…」
私の提案にお母様は、心底悩み始めた。
「確かにプラーミァには南国なだけあってアルケディウスには無い、香気の強い花、植物も多いですから為せれば有効なものも見つかる可能性があるでしょうが…」
どうやって作るのだと聞かれたら説明が面倒だ、と臍を噛んでおられる。
確かに…。
「…明日の出立の宴まで待ちなさい。
皇王妃様や皇王様と検討します」
「解りました」
今週末の空の日、出立の宴として王宮で食事会兼、打ち合わせがあり安息日を挟んだ木の曜日に国を出る事となる。
お店の事とか孤児院の事とか、二ケ月の不在に向けて私も手配しなくてはならない事は多いから、面倒はお母様にお任せしよう。
翌日、王宮、出立の宴にて。
「マリカ。此度の旅行では各国に恩を売り貸しを作る。
それを念頭に置いて行動せよ」
第一皇子家、第二皇子家に皇王陛下、皇王妃様も揃い踏みの宴で、お祖父様、皇王陛下はそう私に告げられた。
「貸し、でございますか?」
「左様。
料理のレシピは一つ金貨一枚、と決まっておるが故、軽々と教えてはならぬが、其方がもつ知識の中、各国に教えることで利が生じると思われることは知らせるを許す。
無論、一人で勝手に決めず、フェイや側近、判断が難しい事については通信鏡を使い我らに相談してからの事にして欲しいがな」
皇王陛下は私が提出した旅行の計画表、質問書、提案などをちゃんと目を通して下さっていたようだ。
「具体例で言うのなら、各国にある知られていなかった食材の価値と使い方を教えるのは良い。無料にするか、金貨一枚程度を取るかは其方に任せる。それを使った料理のレシピは必ず金銭を取る事。
この間のカカオとチョコレートの件を実例にするなら、カカオの実に使用方法があることと加工法までなら教えても良い。チョコレートの製法は金銭をとれ。
シャンプー、口紅の製法を伝える事は禁止、花の水は水出しのものであるなら無料で教えても構わない。ティラトリーツェから問い合わせのあった蒸留器を使った製法はプラーミァにのみ金銭を支払っても、と望まれたら機械込金貨十枚で。機械はもう一台用意できるのか?」
「はい。自分用ともう一台予備がありますので」
「ならば、それを譲る形でだな」
「チョコレートの製法は? 多分聞かれるかと思うのですが」
「金貨十枚でやって見せても良い。一度見れば、作るのにどれだけ手間がかかり美味に作るのが難しいか理解するだろう。その後の加工、美味に作る為の応用技術は秘とせよ」
「解りました」
「随分と大盤振る舞いではありませんか? 父上。各国にあるやも知れぬ有益な素材の使い方をわざわざ知らせてやるのは敵に利する事のように思うのですが…」
ケントニス皇子が眉を顰めるけれど、私は皇王陛下の言わんとすることが解る気がする。
「マリカの派遣には各国金貨十枚を支払っている。
それ以上の価値があった、と思わせられなければ今後に差しさわりが出る。
さらに言うなら諸国は敵ではない。
他国にいかに素晴らしい宝が有ろうとも、我らにそれを掘り起こす事は叶わぬのだから、掘り起こし、使えるように整えるまでは、他国にやって貰えば良い。結果利益が生まれ、互いに潤う事こそが、不老不死世界の永き世を生きる有効な『外交』というものだ。
チョコレートが良い例であろう?」
流石皇王陛下。
自国だけをただ益するのではなく他国を潤す事で、自国に味方を作り、益を集める。
第一皇子よりはるかに広い目線で、世界を見ながら国を護ることを考えているのだ。
「マリカ」
「はいお祖父様」
「儂は其方を信用している。
其方の知識と利発さがあれば、そうそう他国で手玉に取られることはあるまいが、まずは我が身の安全を第一に考えよ。身を守る為、必要なモノを手にする為なら、相手に利を多く与えても構わぬ。
今回は儲けたと思わせてやれ。
既に我が国は其方を送り出す事で、十二分な益を得ているのだからな」
お祖父様はにやりと笑う。
今まで滅多な事で国同士のやり取りも無かった五百年。
他国が別国の王族を招き入れるということそのものが画期的なのだと聞いた。
派遣料の金貨もそうだけれど、各国の内情、地理、特産などをその眼で見て来る事ができるし、何より、私の側近と言う形でフェイが他国に入る事で、アルケディウスは移動に大きなアドバンテージを得る事になるのだ。
いざという時、国境や王宮に忍び込むことだってできる。
軽々には勿論使えないけれど。
加えて、子どもと侮って貰えている間に、情報や有効な産品をしっかりGETしてくれば皇王陛下のおっしゃるとおり、アルケディウスと諸国両方が栄える事ができるだろう。
「世界を存分に見て参れ。そして必ず無事に戻ってくるのだ」
「ありがとうございます。お祖父様。
必ずやご期待に沿えるように頑張ります」
皇王陛下、お祖父様の深慮遠謀と、その奥にある優しさに私は、心からの感謝と敬意を込めて頭を下げたのだった。
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