彼の話、というか魂の叫びを聞いて、これは、レルギディオス。基、神矢君ばかりを責められない案件かな、と正直思った。
何せ神矢君は、星子ちゃんもだけれど、地球滅亡当時ティーンエイジャーだったのだ。
子育て教育や保育についての勉強など、やってないか、学校の保険体育ですこしやった程度の筈。そんな男の子が、いきなりワンオペ育児、なんてことになったらテンパるのは当然だ。まして本人も言った通り、誰も助けてくれる人のいない閉鎖宇宙空間で。
しかも宇宙船のコンピューター状態で。
抱きしめてあげる手も、思いを受け止めてあげる身体も持ってはいない。
むしろ、眠る数万の子ども達を守る為に助け手が欲しかった。
そんな状況下であれば、我が子を自然な成長で育てることができず、成長培養という形で生み出したことも、教育を睡眠学習的に済ませたことも責められる話ではない。
『俺だって、お父さんみたいに、息子の話を聞いて意思を尊重して育ててやりたかったさ!
でも、情けない話だけど、俺にはそんな余裕は無かった! 特に宇宙空間で一人になってからの俺は気力も尽き欠け、精神維持さえままならなくて。サブコンピュータはどうしたってサブでしかないし。
やっとのことで生み出したマリクに色々な意味で、助けて貰えなかったらやっていけなかったんだから!』
夢の中では端折られたことだけれど宇宙空間での移動、というのは当然、容易い話では無い。隕石やデブリなどに遭遇することもある。
船団で移動していた時には、仲間で手分けで来た周囲の安全確認なども一人になってからはずっとワンオペ。地球の子ども達には負担が大きすぎる。
そうなれば、我が子に頼るしか、あまえるしかなくって。その結果無理をさせた、というのは納得できなくもない。向こうの世界のヤングケアラーを彷彿とさせる嫌な話だけど。
『そんな状況下で、自分はお前達の親だ、なんて偉そうな顔を出来るわけないだろ』
「だから、お前達はクローンだ。子ども達を守る為の『精霊』だ。なんて植え付けたの?」
『ちゃんとした愛を与えてやれないって解ってるなら、最初っから変な期待を持たせない方がまだいい。その方が、本人達も地球移民達の変な差を感じずに済むし』
「二人の人権や、意思を無視して?」
『だから、そんなことを考えている余裕なんて、なかったんだって言ってるだろ! それでも、俺は二人を本当に大切に思っていたし、頼りにもしてたんだ!』
「……ならば、何故、この地にたどり着いた時に素直に助けを求めなかった?
少なくとも我々は、皆、お前の来訪、いや、帰還を歓迎し、迎え入れるつもりだったのだぞ」
だから、油断し封印されてしまったのだ、と息を吐くのはアーレリオス様。
けれど、神矢君はふんと、顔を背けたままだ。
『それは、お前達が全てを捨て、この星に根を下ろしていたからだと前にも言った。
地球への帰還。その為の可能性を手にしていながら、考えもしないお前らに呆れたんだ』
「地球帰還の可能性?」
私はちょっと首を傾げてしまったけれど、ステラ様はその言葉は流したようでわざとらしく大きな息を一つ、吐き落とした。
「でも、それは結局、貴方の事情でしょう?
子ども達には何の意味も責任もない事よ。貴方は結局、自分の都合で我が子の未来と幸せを歪めて自分の都合の良い道具にしたの」
『お前に何が解る! 守護精霊に助けられ、先生の知識も言葉も俺よりもっていて、助けてくれる『精霊神』達もいた! そんなお前が、俺を責め立てるのか!
俺の苦労が解るとでも言うつもりか!』
「解っても言わないわよ! 私にそんな権利はないもの」
『え?』
ずっと、ずっと。
会話の最初から、怒り心頭の星子ちゃんに責め立てられていた神矢君が息を呑み込んだのが解った。
リオンとレオ君も、アーレリオス様も、星子ちゃんに視線を向ける。
まるで風船がしぼむように、彼女の声と言葉は力を失っていく。
「貴方が本当に苦労してきたことは解ってるし、それが仕方ないことだって解ってる。
……私だって貴方を責められるほど『精霊の貴人』達やマリカをちゃんと育てた。
保育や子育てをしっかりできたなんて、胸を張れないもの!」
自分は毒親の自覚がある。
私に、私達に辛い運命を押し付ける、と以前、ステラ様は私に謝って下さったことがあった。
『星』を、子ども達を守る大母神として仕方のなかった事だと解っているから、私は責めるつもりは無いけれど……。
『だったら!』
「私が怒ってるのは、貴方がこの地にたどり着いてまでその苦労を一人で抱え込んだことよ! 自分だけの思い込みで一人であれもこれもと抱え込んで、自分の領域に閉じこもって『精霊神』を封じ込めて、私の言葉さえ聞いてくれなかった。
その行為を怒っているの!」
『!!』
ステラ様、ううん。星子ちゃんの叫びに神矢君が言葉を失ったのが解った。
顔と姿は子猫だけれど、その瞬間、彼女の姿が私にも浮かんで見えた。
涙でくしゃくしゃにして、思いを叩きつける少女の泣き顔が。
ああ、そうか。
同じ苦しみを知っているからこそ、一人で抱え込み、助けを拒絶した神矢君、レルギディオスの行動が許せなかったのか。
「私は、貴方を助けたかったの! 一緒に子育ての苦労を分かち合って。
力を合わせて問題を解決していきたかったのよ!
それなのに、貴方は子ども達を自分のエゴに巻き込んで、助けの手を拒絶した。
話も聞いてくれなかった。それを、怒っているんだから!」
『……俺だって……自分が、本当に、完全に正しいなんて……思ってなかった。
地球に帰っても、俺達が本当に欲しいものが、取り戻せないことだって、解ってる……』
「だったら、なんで!」
『顔向けできるかよ! 一人も欠かすことなく子ども達を守って、新しい星を築き上げたお前達に、何人も守るべき子ども達を失った俺が!』
彼女の問いかけに帰った返事は、あまりにも意外で皆言葉を失う。
彼が仲間を封印し、妻を拒絶してきた真実の理由は、怒りでも憎しみでもなく、負い目と劣等感であったとは……。
「神矢……」
『それに、この星のキャパシティだって、いっぱいいっぱいだった筈だ。
七つの国で完成された大陸。豊かではあっても産業レベルは中世で、生産性は地球に到底及ばない。科学だってまだ黎明期以前。
そんな世界に俺達が入ったら、やっとの思いでお前達が築き上げてきた平和な世界を壊してしまう。
だったら、俺達はこの世界への傷を最小限にして、帰るべきだと思ったんだ……』
「そんな的外れの気遣いの結果が、全ての人間が不老不死の世界と我々の封印だったのか?」
二人の会話を黙って聞いていたアーレリオス様が口を挟む。
『だって……そうでもしなければ必要な気力も、ナノマシンウイルスも手に入らなかった。
地球に帰るから、力を寄越せなんて言っても、お前らは反対しただろう?』
……かつて、この世界は優しい世界だと、クラージュさんが告げたことがある。
不老不死で誰も傷つかず、国同士の争いもない。
汚れ役を背負うのは魔王だけ。
それでも向こうの世界で当たり前にあった殺人や、戦争、数々の悲劇は最小限に抑えられた。
『神』はきっと必死に考えて自分達が目的を果たしつつ、この星への悪影響を最小限にする方法を考えたのだろう。
勿論、人同士の犯罪や諍いはあるし、誰も死なない事で子ども達にしわ寄せが回り、結果、悲劇もたくさん生まれたけれど。
「そうだな。お前は間違っている、と決戦の時のように止めにかかったのは間違いない。
あの時お前達を受け入れるには大地全体の力も足りなかった。でも、見捨てることはできない。マリカもいない。だから、皆、多少無理をすることになったかもしれん。
そういう意味でお前の望みを叶え、我々に迷惑をかけない為にはあの手段しかなかった、というお前の言い分は認めよう。だが……」
獣の姿でありながら、厳しい声と眼差しで弟妹を睨むアーレリオス様。
声と態度には呆れた、と言わんばかりの静かで、でも重い怒気が孕む。
「この星にお前が敷いた不老不死のせいで、どれほどの子どもが苦難の果てに命を落としたか解っているのか? 気力を奪われ続けたが故に発展も止まり、永遠に代わらぬ世界に子ども達が閉じ込められたことも本当に正しかったと今も思っているのか?
似合わぬ気遣いが、逆に我らに、子どもらに、本当の迷惑をかけたのだ」
『……まさか、不老不死がここまで人の生きる力を奪うとは思っていなかった。必要な気力とナノマシンウイルスを確保した後は、マリクを取り戻して、俺達は星を離れるつもりだったのに。いつまで経っても、いつまで待っても……必要な気力はたまらないどころか減る一方。
マリクは何度転生を繰り返しても戻って来ないし、フェデリクスの負担は増えていく。
冷凍睡眠の子ども達の限界に怯えながら、かといって迷いや弱みを、子ども達の前で見せられない。
子ども達の幸せに生きられる世界を護る。その為には自分が間違っているなんて、思う事さえ許されなかった。
本当に……どうすれば良かったんだよ……』
そこには威厳と力に満ちた『神』はいない。
ただ、子育てに悩み、自問自答する『親』が、重すぎる責任を押し付けられ、それでも約束を果たそうと苦しむ子どもがいるだけだ。
私は何かを告げたいと、告げようと。微かに口を開く。
でも、それよりも早く。
「そう、言って下さればよかったのです」
「え?」
思いを紡いだ者がいた。
知っている声音の、聞きなれない声が響いて、私達は振り返る。
声をかけたのは『彼』だと解る。
タブレットの前に膝を付き、画面を見つめるレオ君の背後で、真っすぐに立ってやはり画面に映る神矢君の姿を見つめる姿は、リオンであってリオンでは無い。
「最初から、そう言って下されば良かったのだと、私は思います。
私達は、貴方を好きだったし、守りたいと助けたいと、思っていたのですから……」
静かな笑みで告げる子どもの言葉を、姿を、
「マリク……」
彼は。私達も黙って見つめていた。
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