【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

夜国 逢引(?)のお誘い

公開日時: 2022年10月27日(木) 07:16
文字数:4,202

 そして翌日。

 厨房にて。


「うわあ、牛肉。本当に用意して下さったんですね」

「丁度、屠殺したばかりのいい肉があったんだってさ。ラウクシェルドが早馬使って頑張ってくれた」


 歓声を上げる私にヴェートリッヒ皇子がどや顔で胸を貼る。

 机の上には、かなりまとまった量の牛肉。

 グロいと言えばグロいけれど、異世界でそんなことは言ってられない。

 命は大事に、ありがたく頂く。


 横で頭を下げていらっしゃるラウクシェルド様っていうのは、ヴェートリッヒ皇子の第一夫人ポルタルヴァ様のお父様でアルケディウス風に言うと大貴族第三位だそうだ。

 柔らかい色合いの金髪がポルタルヴァ様とよく似ている。

 王都に隣接する領地の領主で、アーヴェントルクの中では比較的肥沃な土地と、山間の草原を利用した牧畜を主産業とされているのだそうだ。


「三日前に皮革用に屠殺した子牛の肉です。

 本来なら廃棄したり、骨と一緒に粉砕して牧草地の肥料にしたりしているのですが姫君の来訪に合わせてもしや使用できるかもと冷却保存してありました」

「素晴らしいです。こんな見事な牛肉が手に入るなんて。うわー、タンもある」


 この世界では『牛肉』の入手は困難だったのだ。

 食用肉の飼育という概念が殆ど途絶していたから。

 宴席などで使用する豚や鳥も食用に飼育されている訳では無く野生の猪肉やクロトリがメイン。

 最近、『新しい食』の流通で卵、牛乳が高値で取引されるようになって、アルケディウスや諸国で牧場が作られるようになってきたというけれど牛は飼育に時間がかかるしコストも高いから食べることはあんまりしなかったようだ。 


「ああ、あと、うちの古老がこんなものはいらないか、と…」


 二重に包まれた布袋から出て来たのは大きな黄色い物体…。

 とっても懐かしい匂いがする。


「すごい! これチーズですね!!」


「やはりご存知でしたか? 古くはチューロスと呼ばれるものでして、食が無くなる前は牧場ごとで作られていました。

 今は殆ど作られくなりましたが、牧場を指揮しているのがポルタルヴァの乳母をしていた者で、牛の乳などが勿体ないと言って細々、作っているのです。

 不老不死の世界では完全なお遊びですが、ワインのつまみとして悪くないので、領地近辺だけで細々と消費しています」


 これはグリュイエールチーズかな?

 エレメンタールチーズとはちょっと違うっぽい。

 お酢でカッテージチーズっぽいのは作ったことがあったけれど、こんな本物のチーズがこの世界で見られるなんて思ってもみなかった。

 麦酒を守り続けて来たエクトール領みたいに各地でこっそり作られ、守られている味とかあるのかもしれない。


「素晴らしいです。ぜひ、料理に使う事をお許しいただけますか?」

「どうぞ。牧場の者達も喜びます」

「ラウクシェルド様のご領地は遠いのですか?」

「遠くはありません。馬車でも二日あれば余裕をもって往復できますね。

 姫君の御用命なので牛の乳もこちらに運ばせる様に指示してありますが、ご入用ならチューロスも運ばせましょう」

「ありがとうございます。とても嬉しいです。

 ご領地に戻られましたら、ぜひ、今後も作り続けて下さいとお伝え下さい」

「必ずや」 


 馬車で片道一日かあ。ちょっと見学に行く。というのは難しそうだ。

 でも…牛肉、チーズ…牧場、羨ましい…。


「では、今日はこの牛肉を使ってハンバーグを作りましょう。

 タンはシチューにするのと、塩焼きにして前菜に、チーズはサラダに使わせて頂きます」

「ラウクシェルド。今日の実習にはお前の料理人を入れるといい。僕の料理人は見学に回らせる。

 自領の食材を高める方法をしっかりと学ぶがいい」

「我らが皇子に心からの感謝と敬意を」


 食肉用ではないけれど、子牛肉はとってもいい味わいだった。

 今回はあえて、サーロインやヒレなど良い所は使わないで、タンと内臓肉とかの切り落としで作ったハンバーグにしてみた。

 お肉をミンチにするのが大変なのだけれど、頑張っただけの価値はある特上の味わいになったと自画自賛。

 チーズも上質だし、スイスと言えばチーズフォンデュとオイルフォンデュだから、今度の調理実習にはぜひチーズフォンデュをしてみようと思う。


「まあ! なんて素晴らしい味ですの。

 新年に神殿で頂いた料理のこれは上をいきませんか?」


 皇家の方達も褒めて下さった…って、え゛?


「アンヌティーレ…様?」


 調理実習後の挨拶で、私は唖然としてしまった。

 だって皇家の食卓に平然と、アンヌティーレ様が座ってるんだもの。


「はい。先日はお騒がせ致しました。マリカ様。

 こうして体調も戻りましたのでぜひ、また仲良くして下さいませ」


 にこやかに微笑むアンヌティーレ様。


「お前も大概厚顔だね。

 調理実習の試食に来るより、お詫びに出向くのが先だと思うけどな。僕は」

「ヴェートリッヒ!」

「あら、だって、私、何も悪い事はしていませんもの。あれは単なる事故ですわ。

 私はあの時、姫君に、儀式に使う呪文をお教えしようと思いましたの。

 それが『聖なる乙女』同士、互いの力を増幅し合ったのだろうと、神殿長は申しておりました。

 以後、注意すれば同じようなことは起きませんわ」

「…そうなのですか。アンヌティーレ様のお身体に問題がないのであれば、何よりです」


 しれっとして、皇子に嫌味を言われても悪びれた様子は欠片も見えない。

 自分の性癖とか能力とかを正直に話して、謝るつもりは本当に無いってことなんだろう。


「ねえ、マリカ様。私、今度の件で本当に反省いたしましたの。

『聖なる乙女』の職務は本当に難しく、責任の重いものです。

 先輩として、姉分として、私マリカ様に色々な事をお教えしたいと思いますの。

 ですからお茶会を致しましょう? マリカ様!」

「お茶会…でございますか?」

「ええ、私とマリカ様二人で。『聖なる乙女』同士。色々な話を、ね?」


 ね?

 と可愛く言われても、絶対に嫌だ。

 アンヌティーレ様と二人になんて絶対になりたくない。

 護衛や従者はいたとしても嫌だ。

 死ぬ。

 精神的にも、物理的にも殺される未来しか見えない。

 


「も、申しわけございません。

 私はアーヴェントルクから滞在費を頂き、仕事に来ている身ですので」

「あら、息抜きも大事ですわよ。休日などでしたらよろしいのではなくて?」

「うむ。夜の日も無く仕事をさせて申し訳ないと、思っていた。

 今度の安息日にでも姫君を宮に招待しては?」

「アンヌティーレより格上の『聖なる乙女』にお前が何を教えるって言うんだい?」

「相変わらず意地悪なお兄様。でも、舞の作法や手順とか注意点などは沢山ありますのよ」


 ヤバい。皇妃様と、皇帝陛下に外堀を埋められる!

 ヴェートリッヒ皇子が援護射撃してくれるけれどこの国最上位のお二人が命令を口に出したら断れない。


「お、怖れながら、お休みを頂けるのなら! 先約がありまして! そ、そのヴェートリッヒ皇子と!!!」

「お兄様と?」

「…は、はい。ラウクシェルド様の牧場を、見せて頂くように口を利いて頂いたのです!

 そうですよね。ヴェートリッヒ様!」


 私は縋る様な思いで、ヴェートリッヒ様を見た。


(利用しろ、って言いましたよね。

 助けて下さい。お願いします!!)


 必死のアイコンタクトが理解できたのか、クスッと、小さく笑うとヴァートリッヒ様は立ち上がって、後ろから私の背中に手をまわした。


「そういうこと。次に休みが取れたら牧場を見せに行く約束をしているんだ。

 逢引の邪魔をしないで欲しいなあ」


 リオンとカマラがピクリ、と肩を上げたけれど、私が手で制する。


「牧場?」

「そう。今日、皆が絶賛した肉も、チューロスもラウクシェルドの牧場から生まれたものだ。

 姫君が実際の様子を見て、アドバイス下さるという。

 断るのは、得策じゃないんじゃないかな?」

「お兄様はまた、マリカ様のご迷惑も考えずに!」

「逢引だと言っただろう。本人のおっしゃる通り同意の上だよ。

 まあ、本気で求婚まではまだしないけどね。頼りになる婚約者兼護衛がいる。

 彼を倒せない者は姫君と結婚する資格がないと、父皇子は仰せなんだそうだ」


 責めるようなアンヌティーレ様の呼びかけを気にも留めず、私の頬に唇を落し皇子はどこか勝ち誇った様子だ。

 因みに迷惑を考えてないのは貴女も一緒ですから。

 

「それに、アザーリアの領地では養蜂が盛んだ。

 お前のお気に入りの『シャンプー』には蜂蜜が重要らしいよ。

 さらにはこのふんわり香る甘くて気持ちいい香りは、花から香り成分を取るんだってさ。いらないのかい?」

「…」

「ふ、少しは皇子らしく交渉を進めている、ということか」


 機嫌よさげな皇帝陛下とは正反対に押し黙るアンヌティーレ様はあからさまに不機嫌そうだけれど反論はしてこない。

 シャンプーとか、香りの油は欲しいのだろう


「良かろう。姫君のエスコートをしっかり務めるように。

 それから、報告会用の食材の確保もだ」

「承知いたしました。父上」

「あなた…」

「アンヌティーレは中日の報告会後の舞踏会の準備を進めておくがいい。

 今度こそ、正しき『聖なる乙女』の先達として人々を導けるようにな。

 またご迷惑をおかけするようでは、先達として恥ずかしいぞ」

「解りました…」

「マリカ姫」

「はい」


 子息、息女に指示を与えると皇帝陛下は私を見やる。


「今週の空の日。

 滞在の中日、大貴族達を招いての報告会を予定している。

 必要な物はラウクシェルドの牧場のものも含め、用意するので『新しい味』のご指示、ご指導を。

 宴席の準備に目途が付いたのであれば、間に合う範囲での外出などは自由にして構わない」

「かしこまりました」

「愚息がお気に召したようなら何より。せいぜいこき使って頂ければ幸いだ」

「…ありがとうございます」

「本当にアルケディウスに婿として連れて行って頂いてもいいのだが…」

「そのようなお心にもない事はおっしゃらないで下さいませ。

 皇子とお妃様無くばアーヴェントルクの『新しい味』は成り立たないのでは?」

「その辺は、まあ、いくらでもやりようがある。

 おいおい…な」


 正確には多分、私の肩を抱く皇子を見つめてにやりと、楽しそうに。

 皇妃様は唇をかむアンヌティーレ様を慰めてて、こちらを見ようともしないし。

 本当に、アーヴェントルクの親子関係びみょー。


 とりあえず、休暇が貰えて、アンヌティーレ様のお茶会に行かずにすんだのは良かったけれど。

 どうして、こんなに変な仲なんだろう。

 同母の兄妹の筈なのに。


 私は皇子の腕の中、その疑問をどうしても頭から消し去ることができずにいた。

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