【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国の料理人達

公開日時: 2021年5月4日(火) 07:45
更新日時: 2021年5月4日(火) 11:26
文字数:6,168

「宜しくお願いします」


 私はちょっと顔なじみになった第三皇子付きの御者さんに頭を下げて馬車に乗る。

 小さくて乗り降りが大変だから、御者さんがエスコートするように助けてくれた。

 まだまだ慣れないけれど、いい加減慣れないと。

 これから、何度も通う事になるのだから。


「なんだか、良い匂いがするね?」

「そうですか? 香草とか持ってるからかもしれませんね」

 そうか、と笑いながら外から御者さんが扉を閉めて間もなく。

 緩やかに馬車は発車した。


 貴族エリアの門から迎えの馬車に乗って第三皇子妃の館へ。

 立派で綺麗な馬車に乗せて貰うのはこれで三度目だ。



 貴族の居住エリアを抜け、王宮横の第三皇子の私邸へ。


「いらっしゃい。もうみんな待ってるわ。

 今日から暫くよろしく…って、マリカ?」

 

 流石に今日は玄関まで出てはこなかったけれど、エントランス。

 扉の開いた気配に気付いたのだろう。笑顔で出迎えてくれたティラトリーツェ様は、ふと私の前に立つとこちらを見た、いや、睨んだ。


「な、なんでしょう。ティラトリーツェ様」


 笑顔は完璧に消えている。

 何かを探す様な、見定めるような獣の目。

 怖い。


「貴女、何を付けてるの?」

「何って…何も。あ、髪紐はいつものものですし、皇子妃様の元に上がるのでお風呂には入って、髪は洗って清潔にしてきましたが…」

「髪?」


 笑みの完全に消えた真顔で、ティラトリーツェ様は私の髪に触れた。

 ポニテの房を手に取り、口づけるように鼻を寄せる。


「わっ! 何ですか?」

「…これね。確か、櫛に花の水をつけた布をつけて、撫でつける、でしたか?

 この間のレヴェンダの水とは違う花の水で髪を梳かして来たの?」

「あ、はい。ロー、いえロッサの花で、ってティラトリーツェ様?」


 私の髪を握りしめたまま、眉間に指を一本立て、目元をぎゅっと絞るように閉じるティラトリーツェ様。

 それは、どう見ても呆れて…というか困ったという…顔?


「…何かやらかす前に、ガルフに相談なさいと言ったでしょう?」

「何で、ですか? やらかす、も何もただ、花で香油と水を作っただけですが。

 現物はどっちも島に在って持ち出していませんし、誰にも渡しても…」

「しっかり、持ち出しているではありませんか? いえ、もう時間はありませんし、仕方ないでしょうね…。

 後は彼女が気付かないことを願うのみ…」 

「ですから、何が?」

「こちらの話です。ただ、面倒な事になるかもしれないことは、覚悟なさい」

「???」


 何を言われているのか、怒られているのかさっぱりわけわかめ?

 とにかく、もうみんな、つまり今日、料理を教える料理人達は集まっている、というので私はスタスタと長い足で歩くティラトリーツェ様の後をコンパスが違う足で一生懸命追いかけた。

 

「やあ、今日はよろしく」

 笑顔で手を上げて迎えてくれたのは、第三皇子家の料理人カルネさん。

 そして第一皇子家の料理人ペルウェスさんも

「また世話になる」

 小さくだけれど微笑んでくれた。

 お二人の他に、あと二人の男性がいる。

 黒髪に明るいブルーアイの三十代くらいの男性と、四十代後半から五十代に見える銀髪に濃紺の目をした貫禄のある男性だ。

「紹介するよ。彼は第二皇子家の料理人でマルコ、そしてこちらが皇室、皇王様の料理人ザーフトラク様だ」


「始めまして、マリカと申します。

 ガルフの店より罷りこしました。本日はどうぞよろしくお願いします」

「よろしく」

 と静かな口調で言ってくれたマルコさんとは違い

「ふん」

 ザーフトラクと紹介された男性は、腕を組んだまま鼻を鳴らし嗤って見せた。

 見下されているとはっきり解る。

「ザーフトラク!」

 ティラトリーツェが叱るように声を上げるけれど、彼はどこふく風、という感じ。

 叱責は耳に入ってはいないだろう。


「第三皇子のお気に入りの店の調理人というから少しは期待してみれば、小娘ではありませんか?

 このような貴族でもない子どもが、仮にも皇族の方々の口に入れるものを預かる我らにものを教える? と。

 笑えない冗談ですな」

「ザーフトラク様、お言葉ですが、ガルフの店の味は第三皇子様だけではなく、第一皇子妃様、さらにはパウンドケーキ、ピアンのシャーベットという形で皇王様、皇王妃様にもお認め頂いているのですよ!」


 明らかな嫌味と軽蔑の眼差しからカルネさんが庇って下さるが、様、と呼ぶだけ多分、立場はザーフトラクという人が上なのだろう。

「口を慎め。若造!」 

 手こそ出さなかったものの、その眼は自分に口答えした部下を、そして私を明らかに蔑んでいる。


「500年、皇族の皆様方の料理をしてきたものとしてのプライドは無いのか?」

「プライドよりも、美味なる味を、でございます。ザーフトラク様」

「ペルウェス…貴様まで…」


 ペルウェスさんが前に進み出る。

 私を庇うようなカルネさんをさらに庇う様に。


「彼女に教えを請い、皇国に食という産業と取り戻すのは皇王様もお認めになった新規事業です。

 それに納得がいかぬ、というのであれば其方は覚えずでも構いませんが、私の前でマリカを侮辱する事は許しません」

「…ん…んん!」


 今度こそ、有無を言わせぬ、というティラトリーツェ様の様子に、怒りを抱いているであろうザーフトラクは

「失礼を。第三皇子妃。私はちょっと体調が不良故、休ませて頂きます」

 小さく舌打ち壁沿いの椅子に座す。

 ふんぞり返るような様子は、第三皇子妃にする臣下の態度ではないと思うけれど、ティラトリーツェ様は気にも止める様子も無くむしろ、丁度良かったと言わんばかりに手を叩く。


「ほら、のんびりしていては間に合いませんよ。早く始めなさい」


 何に間に合うのか、よく解らないけれどとりあえず早く始めた方が良いのは確か。



 私はティラトリーツェ様に軽く会釈すると改めて、


「解りました。皆さん、どうかよろしくお願いします」


 料理人達に向けて深く、深くお辞儀をしたのだった。




 今日、料理で作る予定なのはイノシシ肉のヒレ肉の薄切りソテー。パータトの炒め焼き、キャロのグラッセ。

 サーシュラとエナにアップルビネガーで作ったドレッシングをかけたサラダ。

 ミネストローネ。

 それからデザートのピアンのシャーベットの予定だ。


 最初なので簡単に、でも美味しくできる料理を選んだつもり。

 ハンバーグとか豚骨スープとかアイスクリームとか少し手が込んだものは「調理」に慣れて来てからの方がいいと思う。


 料理の前に、私はガルフの店、正確には魔王城から持ち込んだ特別な調味料を料理人さん達に差し出して見せる。


「これはサフィーレで作ったものビネガーといいます。食べ物に爽やかな酸味を与える調味料、です」


 小さな小皿に少しずつ注いで飲んでみて貰う。


「これは!」

「腐っている、ではないな。強烈で爽やかな酸味だ」

「凄い。まるで目が醒めるようだ」


 あんまり大量に飲むと胃を痛めるけど少しだけ体感してもらうだけだから。


「完全に0から作るには半年くらいかかりますが、既にできたモノを混ぜて増やす形なら半月程でできます。

 後で見本と作り方をお渡ししますから、サフィーレが採れる様になったらぜひ、量産なさって見て下さいませ。

 沢山あると料理の幅が本当に広がりますし、色々と応用が効きます」


 お酢があると料理の幅が本当に広がる。

 ケチャップもどき、ソースもどき、マヨネーズなど調味料作りには必須なのだ。 


「あとは、こちらは、ガルフの店の従業員が森で見つけた香草です。

 現在店で運用しております。

 昔も使用されていませんでしたか?」

「あった、ような気がするな。この白い塊は覚えがある」


 ニンニクもどきのチスノークをペルウェスさんが突いた。

 ローズマリーならぬローマリアにセージ。フレッシュミントもお茶代わりに出してみようと持って来てある。


「当面はガルフの店で扱いますが、各所領で探してみてはいかがでしょうか?

 原種が見つかれば、以降栽培も可能な筈です」

「解った。提案してみよう。これも見本を少し分けて貰えるか?

「どうぞ」


 魔王城の森にあるということは雑草扱いで、森とかに自生しているかもしれない。

 アルケディウスても探して貰えるように、胃袋に訴えようと思ったのだ。


 その他、いくつか当たり前の事。

 手を清潔に。

 お肉と野菜を切るカッティングボードは別に。

 などを話してから本格的な料理に移る。


「まず、最初にお肉の筋をよく切って、包丁の背で叩いて伸ばしてから叩いて細かく切ったハーブと漬け込んでください」

「時間はどのくらい?」  

「なるべく、長く漬け込んだ方が美味しいのですが、昼餐に合わせるとなると半刻、くらいでしょうか?」

「肉の筋、というのはどこのことを言うのです?」

「ここの、脂身と肉の間です。ここに切り目を入れてから火を通すと縮みが少なく肉が柔らかく仕上がります」

「肉を叩く、というのも柔らかくする手順かい?」

「はい」


 小さなひと手間、一工夫が味を変えるのが料理というものだ。

 私は夜ご飯の時に付け込んで、朝焼いて、お弁当のおかずに良くしていた。

 ローズマリーに塩コショウ、油とほんの少しだけお酢を混ぜたものを良く擦り込んだあと、叩いて広がった肉を元の厚さに近い形に戻す。

 この世界はラップもジップロックも無いので薄いお皿に、お肉を並べて上から押さえるようにもう一枚を重ねている。

 

 漬け込みも一苦労だね。


 それからシャーベットの準備。

 と言っても桃を砂糖と擦り交ぜて氷室に入れるだけだけれど。

 いつも料理に精霊術を使えるわけではないから今回はアナログ実験で。


「この氷室って精霊術を使ってるんですよね?」

「そうね。冬に雪や氷を集めて氷室の上の階に入れてあるの。それをここに括りつけた精霊の力で維持している感じね」


 括りつけ…という言葉に一抹の思いはあるが、口には出さない。

 私だって魔王城で精霊に色々と力を貸して貰っているし、それがこの世界の文化だとするなら文句を言う筋は無い。

 だまってシャーベット用のバッドを入れて出て来る。

(お願いします)


 心の中だけでそう言って。 



 仕込みに時間がかかるもの。

 寝かせ時間が必要なものの準備が終わったら付け合わせ用のパータト、つまりはジャガイモの炒め焼きとキャロ、ニンジンのグラッセを作る。

 本当なら油が使えればフライドポテトが作れるのだけれど料理に使うのが精いっぱいだ。

 ナーハの種、菜の花もどきからはガルフが言う通りいい油が取れたけれど、やはり揚げ物に使うには量が足りない。

 本格的にナーハの畑が欲しいくらい。


「キャロとパータトはシャトー剥き…。角をとって丸みを帯びた形にしてみて下さい」


 やってみせると疑問気に首を傾げながらもお三方、それぞれに素早く上手に向いてくれた。

 さすがプロ。

 

「これにも意味が?」

「角を落としておくと煮崩れ防止になるんです。鍋の中でぶつかって端が潰れて汚く、なんてことを防げます」


 キャロは砂糖で甘く煮たグラッセに。

 パータトは軽く、茹でてから炒め焼きにする。 


 サーシュラとエナの実のサラダは、向こうにいた時はキャベツとトマトのマリネとして良く作っていた。

 保存がきいて土日に作って冷蔵庫に入れておくと1週間くらいもつのだ。

 

「サーシュラを湯通しする時は火傷しないように気を付けて下さい。エナの実は湯剥きにすると皮がカンタンに剥けます」

「湯剥き?」

「こうして頭に切り込みを入れてお湯につける事です。その後冷水で冷やすと皮がカンタンに向けます。

「うわ、ホントだ。するっと剥けるね」


 この時代はお湯を沸かすのも簡単ではない。

 色々な手順を同時並行して無駄なくするのがいろいろ楽だと思う。


「後、切った野菜くずは捨てないでみじん切りにして下さい」

「な、捨てないのか?」「残り物を皇族に?」

「残り物ではありません。大事な食材です」


 パータト、エナ、サーシュラにキャロ。

 半端な野菜の切りかすは集めてミネストローネに使う。

 簡単に八百屋で野菜が買えます、という世界ではない。

 食材は出来る限り無駄なく使う。    

 MOTAINAIの精神は大事。


 ベーコンを小さく切って油を出し、クズ野菜のみじん切り野菜を良く炒める。

 ここで丁寧に炒める事で野菜の旨みがよく出る。

 その後は具材用の少し大きめのサイコロ切りにした野菜を投入。


「具材はなるべく大きさを揃えます。

 そうすると火の通りが均一になるんです」


 塩をひとつまみ入れるのがポイントだ。

 野菜の臭みが良くとれる。


 本当ならパスタや豆を入れるとぐっとボリュームが出て美味しいのだけれど、まだパスタに回せるほどの小麦粉は無い。

 今後の課題だね。

 豆はどこかで手に入らないものだろうか?

 エナの実は水分が多いし、フレッシュさを残したいので最後に入れて少し煮込めばミネストローネは完成…。

 って


「わあっ!」

「騒ぐな。そこをどけ」


 何時の間に後ろに来ていたのか、背後に気配を感じて振り向けばそこにはザーフトラク。

 私を押しのけるように鍋の前から追いやると、お玉からよそった天塩皿でミネストローネのスープを啜る。


「!」

 

 彼の眼が驚愕に揺れた。

 まるで有りえないものを見たかのように。


「娘!」

「はい!」

「この味はなんだ?」


 私の襟元を掴むザーフトラクの目は完全に据わっている。


「野菜とベーコンでだし…下味を作り、それをエナの実で強めました」

「野菜…さっきの野菜くずか?」

「はい。野菜は皮の近くに旨みが集まっている事が多いので油で炒める事でそれを引き出して…。あと、コクを出す為にベーコン。

 肉の燻製を店から持ってきて使いました」

「それで…このような味に?」


 ミネストローネをもう一度よそって口に運ぶと、彼は漬け込んだマリネサラダにも手を伸ばす。

 そして、また目を剥いた。


「この酸味は、さっき言っていたビネガーとかいうものか?」

「はい、そうです。それに塩と、砂糖と、胡椒を少し、後は滑らかさを出す為にナーハの食油を少し混ぜました」


 ぎろり、とまるで獲物を狙う狩人の様にザーフトラクは三人の料理人たちの手元を見る。

 彼等の元には漬け込んだお肉と付け合わせの人参のグラッセ。


「だ、ダメですよ! これは。これを取られたら昼餐に間に合わないでしょう!」

 カルネさんが首を横に振る。自分が下ごしらえした料理を取られてなるものか。

 とその顔が言っている。


「貴重な食材だ。自分達の勉強、味見用と昼餐の分しか用意されていない。

 興味があるとおっしゃるのならご自分でやられるがよろしかろう。ザーフトラク様」

 同じく、自分の分は絶対に渡さない、と全身で告げつつペルウェスさんは声を上げた。


「ざ、材料はまだございますから。お肉の味の漬け込みが少々甘くなるかもしれませんが、他の事はまだ間に合うと思います」

「よ…」


「よこせ」

 と多分、言いたかったのかな? とは思う。

 けれど、彼、ザーフトラクは目を閉じて、己の内で何かを噛みしめるように、言い聞かせるように大きく深呼吸をすると


「先ほどは失礼を。

 私にも、手順をお教え頂けますか? …マリカ殿」


 私に丁寧なお辞儀をしてくれたのだった。

 瞳に宿るのは思いの外、真剣で真摯な眼差し。

 思わず、口元が綻んだ。

 

 料理人に悪人なし、かな?



「何がおかしい?」

「いえ、失礼しました。では、こちらへ。肉の漬け込みと付け合わせの野菜の切り方を…。

 あと、私の事はマリカとお呼び下さいませ。ザーフトラク様」

「解った。其方がそう言うのなら、甘えさせてもらおう。

 よろしく頼む。マリカ」


 私は新しく増えた、年上の生徒の言葉に静かに笑って頷いた。



短くしよう週間どこに行った?

トータル9000字になってしまった皇室料理人相手の料理教室。


途中で切って短めに。

後編は少し調整して今日の夕方。

悪くしても明日の朝には更新します。


ちなみに料理人に悪人がいないのは割と理由あってのこと。

ザーフトラク様も、プライドは高いですけど、悪い人ではないです。


宜しくお願いします。


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