その日、私達は久しぶりに魔王城に戻ってきた。
秋が深まった空の二月。
既に落葉も始まり、周囲の森も、花もかなり色を失い殺風景になっているけれど
「お帰りなさい。マリカ姉」「おかえりー」
「ただいま、みんな。元気にしてた?」
「うん! オルドクスも、リリーもみんな元気だよ」
鮮やかな笑顔で出迎えてくれる、子ども達の優しさが嬉しい。
ああ、やっぱり、ここに帰って来るとホッとするなあ。
「あ! フォル! レヴィーナ!」
「りぐー!」
「おしろにはいってきていいの?」
「きょうはね、きょうはね。まおうじょうでおとまりしていい、ってマリカねえさまが」
「ホント? マリカねえ」
私に声をかけるよりも先に、大事な友達であるフォル君とレヴィーナちゃんに駆け寄ったリグは目をキラキラ輝かせながら問いかけて来た。
「うん。今日は、みんな、お泊りしていくよ。
お城は広いから、二人が迷子にならないように、リグ、しっかり教えてあげてね」
「やった! じゃあ、いっぱい、いっぱいあそぼうね!
ヨハン兄。あとで、ヤギとクロトリのおうち、みせてあげていい?」
「いいよ。乳しぼり、やってみる?」
「そして、それでアイスつくる?」
「ありがと。ヨハン兄! ジョイ兄!」
「わーい」「わーい!!」
大はしゃぎの二人に目を細めるお父様と、お母様。
今日の魔王城は始めて、大勢の来客を迎えた。
お父様とお母様。フォル君とレヴィーナちゃんに、ミーティラ様とヴィクスさん。
後はゲシュマック商会のガルフとリードさんと、ラールさん。
カマラも中に入るのは始めてだからちょっと緊張している様子。
「お帰りなさいませマリカ様。外の方は落ち着かれましたか?」
「エルフィリーネ」
子ども達とのスキンシップがひと段落ついたところを見計らってエルフィリーネが声をかけてくれた。にゃあ、と腕の名から子猫も声をあげる。
彼女が抱いている真っ白な子猫。子ども達がリリーと名付けたこの子は勿論、ただの子猫では無くて精霊女王、というかこの大陸の母神『星』ステラ様の精霊獣だ。
『マリカ』
ぴょん、と私の肩に移動して来ると、私の顔に自分の顔を寄せる。
一応、子ども達の前では文字通り猫を被っていらっしゃるけれど
『ちゃんと休んでいる? 仕事を詰め込み過ぎて寝不足、なんてことにならないようにしなさいね。寝不足はお肌の大敵よ』
少し視線が離れた私の側では、他の精霊神様と同じように気軽に話しかけて下さるのは嬉しい反面気恥ずかしい。
だって、私の生みの親、というか主みたいな方だから。
「ステラ様。この子にもっと注意してやって頂けませんか?」
ティラトリーツェ様と顔を合わせると、お母様が二人になるんだよね。
『貴女はまた、ティラトリーツェを困らせているの?』
「この子は何度注意しても、無理や無茶をするのです。
各国からの要請などがあると休養の時間もそこそこに飛び出していくのですから。
この間などは、衣装の仮縫いの途中で部屋を飛び出していった、とシュライフェ商会が困っていましたわ」
「だって、あれは、母子院での出産が大量出血で大変な事になっていたからで……」
『やっぱり。無理はいけないといつも言っているでしょう?
貴女が倒れたら取り返しはつかないのよ』
私の事を心配して下さっているのは解るのだけれど。ちょっと恥ずかしい。
「そ、それよりも、お母様達も魔王城、初めてでしょう? 案内しますからどうぞこちらへ。
一通り、案内したら客間でゆっくりなさってください。ジョイ達と美味しい食事作りますから」
「僕も手伝おうか?」
「ラールさんは、お客様だからお休み頂きたいですけど、魔王城の厨房、興味ありますか?」
「うん」
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
だから、私は話題を変えるように歩き出した。
私の浅知恵なんて、保護者の皆さんは解り切っているようで、くすくす後ろで笑ってる。
リオンやクラージュさんも。
顔が恥ずかしさに真っ赤になるけれど、これも生きている証拠だから。
世界の人々から、不老不死が失われて約一ケ月が過ぎた。
正直、まだ混乱は完全に収まったわけでは無い。
今まで、五百年自分達を守って来てくれた不老不死。
『神』の祝福が失われたのだ。
自暴自棄になって暴れまわる人、多数。
絶望して自死を選びかけた人も、かなり多くいたようだった。
ただ、思ったほど酷いことにならなかったのは各国が、こういう事態に備えて兵士の配備などを行っていたことと今まで、私達を見守るスタンスを崩さず生活などには殆ど介在しなかった『精霊神』様達が、積極的に治安維持に協力して下さった。というのが大きい。
体内に精霊の力、ナノマシンウイルスを入れている人間は『精霊神』様や『星』からすればマイクロチップを産めているような感じで、その気になれば人数の把握とか、干渉ができるんだって。
「めんどくさいから普通はやらないけど。こういうのは最初が肝心だからね」
そう言って『精霊神』様は、各国王家に端末を下さった。
この日を予測して二年前、全員復活の後からコツコツ、準備して下さっていたんだって。
私達はほぼ大神殿に籠りきりだったので解らなかったけれど。
ほぼタブレットなそれは、国内に登録された人間の状態を把握できる、恐ろしくも優れもの。生存、死亡、傷病が検索すれば出て来る。
人を殺めたりすればそれも記載される。
「……ステラ様。もしかして、『精霊神』様やステラ様って、この星の人間の全ての動向を把握できるんですか?」
「できるわよ。その気になれば、どこで、誰が何をしているか把握できるし、全員を金縛りみたいに動けなくすることとかもできるわ。命を奪う事もできなくもない。
逆に守りを与えて外的脅威から守ることもできる。
『私達』に、子ども達が抵抗すること、反抗することは、はほぼほぼできない筈だし。
勿論、子ども達を傷つける事なんて、絶対にやるつもりはないけれど『神々が見ている』と思うと抑止力になるものでしょ」
怖っ。
本当にこの『星』の人間は『精霊』に助けられているけれど、生殺与奪も握られているんだと、背筋が少し凍った。
でも、『精霊神』様の監視と『星』が人々に与えた自死を禁じる『命令』のおかげで、人々は、不老不死が失われたことに、嘆き悲しみながらも少しずつ定命の生活を受け入れ始めたのだ。
後は、食の力も大きかった。
各国、各地の神殿に命令して、絶望する人たちに炊き出しを実施した。
パンとスープと焼き肉程度のものだけれど、暖かい食事は人々に生きる気力を与えたようだ。と報告されている。
不老不死を与えた『神』の権威によって支えられてきた『神殿』は不老不死を失った反動も一番大きくはあった。怒りに任せた人々が襲撃してきた所もあったようだけれど、 元々、この二年間の神殿改革で、食堂機能や学校機能も与えてきたし、フェイの提案で結界魔術も用意してあったから、被害は比較的軽微だったという。
報告を受けて、私が向かった時にはもう騒乱は鎮圧されていて、怪我人の手当くらいしかすることは無かったのだけれど。
「呆けている暇などありませんよ。
不老不死が失われた今だからこそ、我々は『神々』に自らの価値を証明しなければならないのです」
というフェイの檄とさらには『星』が教えて下さった新しい精霊術。
「実の所はね、彼の不変を司るナノマシンは完全に取った訳じゃないの。彼の力の供給経路を断って使用不能にしただけ。だから、それをちょっと弄ればケガを塞ぐくらいのことはできるから当面はそれで凌いで」
呪文という名で、精霊神に承認を乞い、気力を使いナノマシンを活性化させることで傷を塞ぐ。餓死や渇死、病気も当面は心配しなくていいという。
精霊術というのは、実は本当に未来科学だったのだな、と感心した。
おかげで神殿の司祭達に呪文と使い方を知らせ、怪我人の治療を行うように命じたので役割を失わずに済みそうだった。
「何より、マリカ様が先頭に立ち、人々を励まして下さったのが大きいですわ。『星』が人々に与えた希望ですから」
そう。それ。
なんだか、生き神みたいな扱われ方になっちゃったのは困る所ではあるのだけれど、私が各地に行くと、人々はどうやら元気を取り戻す様だ。
生贄に捧げようとした負い目もあるっぽい。
プラーミァの兄王様は
『我々の命令より、お前の登場の方が効くな』
って笑ってらしたけど。私が行くと皆さん、膝を付いて素直に協力してくれる。
炊き出しを手伝い、人々に声をかけ、舞を舞うと絶望の色を瞳に宿らせていた人々も、前向きになれることが多いと知ったので、この一月七国の主要都市などに出向いては活動してきた。まあ、たまに、私を手に入れようと盗賊とかも出たけれど、それはリオン達が蹴散らしてくれたし。
私がどの程度役に立っているかは解らないけれど少しずつ、人々に前向きに歩もうとする意志が見られるようになってきたのは良い事だ。
今まで不老不死に守られていた人々は、よろめきながらも自分の足で、ようやく歩き出そうとしている。
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