アルケディウスの国務会議が終わったその後、ライオット皇子に抱き上げられたまま議場を去った私は、控えの別室で
「無事に終わったぞ。俺は別の後始末がある。こっちの準備は任せた」
「お疲れさまでした。ええ、後はお任せくださいませ」
待っていたティラトリーツェ様に投げ渡された。
勿論比喩だけど。
足の怪我に触らないように慎重に、降ろして下さったけれど。
「では、マリカ。着替えましょう?」
「え? この服のままで十分では?」
皇子から私を受け取り、引き寄せたティラトリーツェ様は周囲の侍女さん達に目配せする。
丁寧に畳まれて運ばれた服から覗く色は薄紅色と赤と白。
今着ているドレスより、艶やかで見るからに華やかだ。
会議に連れていかれた時に着せて貰ったサラファンは蒼いストンとしたもの。
でも精緻な花模様の刺繍がみっちりとされていて、うっとりするくらい豪華である。
私にとっては、十分すぎるくらい十分なのだけれど。
「皇王陛下と皇王妃様に皇子の子として謁見するのです。
大貴族達とも給仕をする小間使いの娘、ではなく彼らの上に立つ皇女として顔を合わせる以上、しっかりと立場を見せなくては」
「…そういうものなのですか?」
「そういうものです。ではお願い。足を怪我しているので触らないようにね」
「はい」「姫君、どうぞこちらへ」
姫君、なんて呼ばれて動揺している間に、私は控えていた侍女たちにあっという間に来ていた服を剥かれて、下着姿にされてしまった。
そこからの着替えはもう何度かやってもらっているので少し慣れた。
アルケディウスの民族衣装は、すとんとしたシャープなシルエットが特徴で、向こうの世界で私が持っていた貴族のドレスイメージとは少し違う。
基本的に寒いせいか、下に着るブラウス風の服にコートのような飾りドレスを羽織る。
ティラトリーツェ様のようなスラッとした女性にはもう最高にカッコよくお似合いなのだけれど、子どもが着るには少し硬い印象があった。だからサラファンのような別系統の服が合ったのだろうけれど、こっちもストン系スカート。
でも今日着せて貰った服は少しスカートがふんわり広がっていて、いかにも子供服。
バレエのチュチュのような感じだ。
「マリカ様に、どのような服が似合うか、古い文献や資料などをあたり研究しましたの」
「あ、プリーツィエ様」
「プリーツィエ、とお呼び下さいませ。皇女様」
ドレスの着付けを指揮していたのはシュライフェ商会のプリーツィエ様だ。既に私の専属っぽくなっているなあ。
着付けて頂いたドレスは白いふんわりパフスリーブ袖のブラウス。袖口にもたっぷりと飾り布が使われていて柔らかい印象がある。それに上から薄紅色の袖の広いコートのような上着を重ねる。
中にパニエというかインナースカートをはき、その上からまたスカートを着る。スカートは艶やかな赤。裾にも、スカートにもたっぷりの金糸の刺繍やリボンがあしらわれていてウエストにはリボンベルト。
前に垂らす飾り布にも胸元の編み上げにも、装飾がたっぷりで舞台衣装か何かのようだ。
靴は白い革靴。柔らかい上に傷口に布を巻いて貰っているので、触って痛い、ということもない。でも…
「少し派手、ではないですか?」
民族衣装が和服の日本生まれ。成人式の振袖くらいしか、こんな華やかな服は着たことがない。なんだか恥ずかしいくらいだけれど
「とても良くお似合いですよ」
「身体が小さくて目立ちにくいのですから、少し派手なくらいの方がいいのです」
髪の毛はダイヤの飾り紐で縛って纏めその後、綺麗な装飾と白いヴェール風の薄絹のついた飾り帽子を被る。
「ご覧になって下さいませ。ティラトリーツェ様。
とても、素晴らしいと思うのですが…」
満足、やりきった、という笑顔のプリーツィエ様は、私を姿見とティラトリーツェ様の前に押しやった。
本当に可愛らしさを前面に出した子供服は、私の為にデザインされたという感じ。
自分で言うのもなんだけれど、良く似合っている。
「とても可愛らしくていらっしゃいますわ」
「春を告げる、花の小精霊のようです」
「流石皇女様」
侍女さん達も口々に褒めてくれる。
なんだか、凄く面はゆい。
「ええ、とても良くできています。ありがとう。プリーツィエ」
「勿体ないお言葉でございます。どうか、今後もマリカ様のドレスは私共に御用命頂ければ幸いです」
ティラトリーツェ様は嬉しそうにニッコリ笑うと、私の手をしっかりと握って下さる。
少し、懐かしい気がした。
出会って間もない夏。
護衛の時を思い出して。
「何も、臆する事はありません。
己に恥じる事は無いと、真っ直ぐ顔を上げて、自分のやるべきことをなさい。
大丈夫です。私も皇子も、皆、貴女の側にいますから」
「はい、ティラトリーツェ様、いいえ、お母様」
励ましの言葉に、私は背中をピンと伸ばした。
教えて貰った事を、生かす時は今しかない。
ティラトリーツェ様と手を繋いで、私はゆっくりと部屋の外に出た。
部屋の外には護衛役のリオンとフェイが待っててくれていた。
「うわあっ~。二人ともステキ」
思わずお姫様らしからぬ声が出てしまった。
慌てて口を押えるけれど、ドキドキ、嬉しい気持ちが止まらない。
どちらも騎士と魔術師としての正装をしている。
リオンは皇子に作って貰った白のチェルケスカ。
もう一度見たかったから凄く嬉しい。
黒髪のリオンだから、白い服が凄く映えるのだ。
フェイも似た雰囲気のチェルケスカだけど黒いチュニックに黒のコート。銀色のフェイの髪色と同じ刺繍がちょっと唐草模様風に施されていて、本当にファンタジー世界の魔術師、という感じ。
私、王宮で魔術師しているフェイを見たの初めてかも。
カッコいい。
言葉が出ない位に良く似合ってる。
「…ありがとうございます。でも、マリカの方がステキですよ。
今までいろいろなドレスを着たマリカを見てきましたが、今日が一番美しいと思います」
「ほめ過ぎだよ。でも、ありがとう」
まだ、時間にちょっと余裕がある、と、ティラトリーツェ様が許してくれたので褒めてくれたフェイにお礼を言って、二人の方に向かおう、とした私は。
「いっ…つ!」
油断した。
踏み込んだ足の痛みが、ズキン! 音を立てて脳天まで突き抜けていく。
と、同時、足がもつれて…。
「マリカ!」
ガクン、と膝が折れて、倒れかけた腰にリオンの手がスッと伸びる。
地面への激突は免れて、私では無い
「ふう~」
安堵の声が聞こえてくる。周囲から。いくつも。
「焦るな。落ち着け。
せっかくの綺麗なドレスが台無しだぞ」
「あ、ありがと。リオン」
そういうとリオンは、ティラトリーツェ様に目を向ける。
「ティラトリーツェ様、マリカを抱き上げていってもいいでしょうか?」
「…許可します。このまま会場まで歩かせて、また、転んで服を汚されるくらいならともかく足を折られたりしたら目も当てられませんからね」
「ありがとうございます」
ひょい、とリオンは私を抱き上げる。
ライオット皇子と同じ持ち方。身長と体形が全然違うのに安定感はほとんど変わらない。
じゃなくって!
「リオン! 私、大丈夫だから!! 服が汚れちゃう」
「いいから大人しくしてろ。お前の方こそ、服が汚れる。
お前の仕事の本番はここからなんだから余計な体力を消耗させるな」
私の微かな身じろぎと動揺はがっちりとリオンの腕の中に固定されている。
思ったより強い力にドキドキする。
意識がある時にリオンに抱っこされるのは正直恥ずかしいのだけれど、ここは遠慮している場合ではないのかもしれない。
皇子と同じ。リオンは護衛騎士だから私の保護者と同じ。
落ちないように姿勢を直して、リオンの肩に手を乗せる。
「それじゃあ…お願い。リオン」
「ああ、任せておけ」
…どこか、きまりの悪いドキドキ、バクバクと心臓が高鳴る思いを感じているのは、きっと私だけだ。
意識しすぎ。自意識過剰。平常心、平常心。
仕事はこれから。落ちついて。落ちついて。
無意識に目を閉じて、手を祈りに組んでいたから、私は気が付かなかった。
リオンの平静を装いながらも朱色に染まった頬も。
それを見つめて優しく、どこか生暖かく笑うフェイとティラトリーツェ様の様子にも…。
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