数日後のお茶会の席。
「どうだ! 見て驚け!」
ドヤ顔で胸を張る第一王子スーダイ様に、うん、素直に驚いた。
「凄いですね。スーダイ様。
まさか、数日でこんなに調べて下さるなんて…」
心の底から称える。拍手を贈る。
スーダイ様が、部下に持って来させた箱には緻密に描かれた植物の絵と、その実物標本がいっぱいに入っていたのだから。
ピュールはスーダイ様を気に入っているのか、来訪を感じ取ってひょっこりとやってきた。
今は彼の膝の上でどっかりと腰を下ろしている。
まるで、撫でろと言わんばかりに。
それを撫でてあげるあたり、スーダイ様も優しいなと思うのだけど。
「とりあえず、直轄領近辺の森と山を調べた。
まだ時期的に結実しているものなどは少なかったから花の様子などを描かせている。
葉っぱと花、根っこなども採取してあるが、どうだ? 使えそうなものはあるか?」
お茶菓子にお出しした米粉のシフォンケーキを嬉しそうに召し上がりながら、スーダイ様がこっちを眇める。
結果がやはり気になるようだ。
「あります。いろいろと…、これ…葱だと思うんですよね」
「ネギ?」
この世界ではどういう名前か解らないけれど、白と緑のコントラストが美しいこの野菜は日本で言う所の葱によく似ている。
玉ねぎ…シャロとは違う香味野菜としてかなり役に立つ筈だ。
「それからこっちは大根。私、冬が旬だとばかり思っていたんですけれど…」
良く太った髭根の短い大根は丈こそ短いけれど、水分たっぷりで美味しそうだ。
「あと…これは木の実ですか?」
「ああ、そうだ。花は見つからなかったが緑の実がたくさんついていたので採取してみた」
「多分、梅だと思います。塩漬けにすると独特な風味が出て来るんです。未成熟果生で食べるのは危険ですが…」
梅干しは実家の祖母が漬けていたのを見たことがある。
教えて貰ったのを覚えているからできるかもしれない。
ただ、好みは別れそうだけど。
シャロとキャロ、玉ねぎと人参はエルディランドにもあるようだ。
サーシュラがあるのは解っている。
「あと、これはさやいんげん、でしょうか?」
「サヤインゲン? ソーハとは違うが豆のようだから食えるかと思ったんだが…」
「確かに同じ豆ですけど、これは莢ごと茹でで食べるんです」
筋を取って莢を開けてみると丸々とした豆がころころ。
ちょっと育ちすぎてるけど逆にグリーンピース代わりに使えるかも。
「これはどうだ? 固い身がごろごろと転がっていたが…」
「はい。これもいけます。多分カボチャです」
私が知っているものよりもちょっと小ぶりだけれど、多分間違いないカボチャ。
グリーンがキレイだ。
「後は、よく解らんのがこいつだ。食べられそうな気はするんだが、食べられる場所が見つからない」
差し出された葉っぱと蔓に、私はハッとした。
「…これ、もしかして…」
保育園での飼育栽培学習で、必ずと言っていいほど使われた植物。
葉っぱや蔓の感じはよく似ている。
「これ、根っこはありますか?」
「あるぞ。一本引っこ抜いてきた。これだ」
示された根っこ付き蔓にはまだ細いけれども、思った通り赤紫の細いものが見える。
「スーダイ様、これの生えていた森に今度連れて行って頂けませんか?
魔術師を連れて行って、確認したいんです」
「なんだ? 役に立ちそうなのか?」
「ええ。もし思う通りなら大発見です。サツマイモかもしれません」
この世界での呼び方が解らないから向こうの言葉で私が名付けてしまった野菜や香辛料も多いけど、まさかサツマイモまであるとは。
本当にサツマイモだったら凄い。
パータト、じゃが芋と合わせて、穀物に変わって農民を助けた植物として有名だ。
子どもでもある程度育てられるくらい育成も簡単。食べて超美味しい。
一般の人に『新しい味』を伝えて食生活を取り戻して貰うきっかけには最高だと思う。
「案内するのは構わんがいつ行くのだ?」
「大王陛下のお許しが出たら直ぐにでも行きたいくらいです」
「其方は、今、毎日調理実習の指導をしているのだろう?」
「ええ、でも午後は比較的開いていますから」
「解った。茶会が終わったら、父上に依頼の文書を出しておく。
本来だった父上もお忙しいが、他ならぬ『新しい食』の為であればお時間を取って下さるだろう。
もしかしたらまた、調理実習の実食においでになるかもしれない」
初日の調理実習には、大王陛下、第一王子、第二王子揃い踏みだったけれど、その後はやはり王族でいらっしゃるからお忙しくてなかなか全員は揃わない。
王妃様やユン君など代理の方が来て、味を確かめることもあるけれど、終了後の夜に同じものを作って召し上がって頂いていると料理人さん達は言っていた。
「お願いいたします」
私が頭を下げると王子はうむと、力強く請け負って下さった。
第一印象が悪すぎたけど、やっぱりこの方、地頭は良くって有能なんだ。
「でも、スーダイ様は凄いですね。わずか数日でこれだけの食材を見つけ出して下さるなんて…」
「エルディランドは、私の国だからな!
食べる、という視点で植物を見た事は無かったが、じっくりと見てみるとなかなか面白いものだ。なあ? ウーシン」
「主の贔屓目と言われるかもしれませんがスーダイ様は、大地の恵みを感じ取るお力があるのではないかと思います。我々が見落としていた植物の特性や実に気が付かれる事もしばしばで」
横に仕えて荷物を運んだり、出したりしてくれていた男性が頷いて下さった。
護衛兼側仕えのような方だろうか?
スーダイ様が老けて…失礼、貫禄がありすぎて気が付かなかったけれど、二十九歳だと思えば多分、同年代の腹心なのだと思える。
「今、『七精霊』の血を一番濃く受け継いでいるのは私だ。この国の唯一の王位継承者。
この国に恵みを与える大地の精霊の力を一番理解しているのも私だと、自負しているぞ!」
「…そうですか」
直ぐに調子に乗っちゃうのは良くない所かな?
でも、まったく、知識0から、食材を見つけ出しちゃう才能は『七精霊の子』ならではなのかもしれない。
「あれ? でも唯一? 他にご兄弟はいらっしゃらないのですか?」
「王妃と父上の間に子はいない。母上が亡くなった後に迎えた補佐役のような存在だからな。
妾の間に生まれた子が三人いるが、皆、男で、弟。
王子の八位と十位と十三位だ。領地を与えられ城を出ている」
「戦の時の奉納舞は?」
「母上が亡くなってから他にいないからな。王妃だ」
「スーダイ様も…お子はいらっしゃらないんですよね」
「…私は独身だと言っただろう?
落ちついた頃には歳周りの合う大貴族の姫は皆結婚していたし気軽に商売女を買える立場でもないし、城に仕える女に手を出す様な真似は王子としてできんし…。
不老不死世界になったので、無理に跡継ぎを残せなどとも言われなかったからな」
いやいや、偉い人のお手付きになる侍女なんて昔から実例、在り過ぎるくらいあると思うけど。
でも、この状態で逆に独身を貫いてきたというのならスーダイ様を逆に尊敬する。
「だから、本気でお前が欲しかったのだが…。まあいい。
無理強いはしない」
「ありがとうございます」
「明日の調理実習には私も出向く。使えるなら私が取ってきた食材で料理でも作って見ろ。
欲しい食材があれば言えば部下に取りに行かせる」
「では、ウメとネギとサヤインゲンとカボチャとダイコンを」
「全部か!?」
スーダイ様の優しさに、私は遠慮なく甘えてお願いしてお茶会を終えた。
「スーダイ様は、以外に…と言ったら不敬ですがお優しい方でいらっしゃいますね」
「うん。私もそう思う」
後片付けをしてくれるセリーナの言葉に私もまったく同意だ。
優秀なグアン様やカイトさんの一族に押されてしまっているようけれど、本来どちらが優れているとかではなく両方が認め合い、競い合ってエルディランドを支えていくのが良い在り方だと思う。
「…少し、援護して差し上げようかな?」
ぴょんと、私の肩に飛び乗ったピュールの背中を撫でながら、私は思う。
子どもが才能を発揮できる環境を作るのも保育士の務めだ。
子ども、というには随分と大きいけれど。
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