フェイの試験が終わって間もなく、リオンの騎士試験が始まる。
文官試験と異なり、騎士試験は一つのお祭り、というかイベントのようなものらしいと聞いたのはつい最近の事だ。
「予選があって、本戦がある形で、本戦のグループは皇王陛下や皇族がご覧になるのだとか。
貴族区画に闘技場のようなものがあって、そこで技を競い合うそうですよ」
皇子から聞いたという試験の概要をフェイが教えてくれる。
この世界に普通に住んでいる人には当たり前のことかもしれないけれど、私達には解らないことだし。
「予選を潜りぬけて、本戦に出られれば準貴族の地位を得られる。
優勝すれば貴族位を得て、騎士となり軍を指揮する指揮官の立場になると聞きました」
つまりあれだ。
中世のコロシアムのような感じ。
異種格闘戦で、剣も弓も、槍も鞭も同じフィールドで戦う。
それぞれの有利不利はあるけれど、それを加味した上で戦うのがルールだ。
背中が地面についた時点で敗北。
不老不死者なので怪我やその他の心配も無い、比較的安全だけれども真剣なバトルだ。
だから腕自慢が各地からやってくるし、皇国の騎士団や護民兵などからも応募者がやってくる。
場合によっては騎士団に属する準貴族も貴族位を目指して参加する。
優勝すれば皇王陛下直々にお褒めの言葉と貴族位を賜れるとなればそれは、競争率の高いものになるだろう。
騎士や戦士は疲労回復に糖分や木の実を食べる事があって、他の人間よりは気力がある方だとも聞いた。
「チケットは高いですけれども、購入すれば平民もこの日ばかりは貴族区画に入って、最高レベルの武術を見る事ができる。
良いストレス解消、お祭りになっているようですね」
とはいえ、私はリオンが落ちる心配なんか欠片もしていない。
リオンはこの星最高の戦士
『精霊の獣』
なんだから。
「そんな簡単にはいかないかもしれないぞ」
試験前の空の日の夜。
魔王城でのみんなとの夕食の時、リオンはハンバーグを突きながら苦く笑う。
「なんで? リオン兄が誰であろうと負けるわけないじゃん!」
何の迷いも無く断言したアーサーの顔には、絶対の信頼とどうしてリオンがそんなことを言うのか解らない、という疑問が見て取れる。
他の子達も、私を含め、まあ全員同じ表情だ。
「リオンは第三皇子から課題を出されているんですよ。
1.精霊の力を使ってはならない。能力も使用禁止。
2.カレドナイトの短剣、使用禁止
3.スピードは加減して、本気を出し過ぎない事。
その上で、相手に完全勝利して優勝するように、でしたか?」
「えー、それ酷くね?」
フェイの説明にアーサーは膨れっ面をするけど、ライオット皇子がリオンを守ろうとすればそうなるだろう。
外見からリオンが『精霊の獣』だと解る人はまずいないと思うけれど、万が一にも怪しまれる訳にはいかない。
精霊の力を使って戦う戦士はまずいないし、能力の事が知れれば子ども達の今後に大きな影響を齎す。
カレドナイトは貴重な鉱物だ。
それを剣に仕立てて使っているなんて王侯貴族でもありえない。
加えて『精霊の獣』と呼ばれるリオンが本気のスピードで戦ったらついて行けるのはライオット皇子くらい。
であるなら、せめて普通上位くらいのレベルに落とさないと怪しまれる。
リオンならできると信じての課題、だと思う。
無茶ぶり激しいとは思うけど。
「試験に出て来る戦士のレベルが解らないから何とも言えないけど、ライオができるというならやるだけだ」
黙って肉を噛みしめるリオン。
あんまり乗り気ではないように思える。
戦士として魔性とかと戦うのと、本気の人間と、観客の前で戦うのは色々と勝手が違うだろう。
本気の命のやり取りに比べれば、お遊びの様に思えるかもしれないけれど…。
「がんばってね。リオン」
「ああ…必ず優勝して、ライオを助けられるようになる。
守られるばかりじゃなく、守れる様、助けられるようになってみせる」
そういうリオンの目には強い誓いと気合が見て取れた。
リオンの強さは知っている。
だから、もう何も言わない。
そしてこれはリオンにしかできない戦いだ。
なら、私達にできるのは、信じる事だけだから。
深夜。
私はそっと起きだして中庭に向かった。
そう、知っている。
明かりも無く、月だけが照らす白い庭。
そこに響く高く澄んだ鋼の響き。
大地を蹴る強い意思の足音。
空を斬る刃の閃く音。
これは、ずっと、ほぼ毎日。
不可抗力でできない日で無い限りはリオンとフェイが毎日繰り返している日課だ。
型の確認。
筋力トレーニング。
二人での組手。
私達に戦闘訓練で教えてくれている時とは別に、リオンが必ず毎日それらを繰り返し行っていると知ったのは本当に随分経ってからのことだ。
アルケディウスに移動してから、毎夜彼が一人で、もしくはフェイと一緒に魔王城に戻っていると気付いてから。
リオンは転生を繰り返し、戦い続けている戦士。
高度な教育や訓練を受けて、正しい型なども身に付いている。
戦闘における判断力は十分に優れているし、戦い方も知っている。
ゲームっぽく言うなら戦闘技術もかなり高いと言えるだろう。
でも、身体は0からのスタート。
言ってみればレベル90の精神がレベル1の身体に入っているようなものだ。
肉体のポテンシャルは相当に高いし、育て上げればその精神に相応しい成長をすることは解っている。
でも、その成長までの時間が、リオンにしてみれば苛立つ程に辛い事なのだ。
身体が成長するのを待ち、鍛え上げ、敵に挑む。
気の遠くなる様な繰り返しをリオンは続けて神と戦って来た。
たった一人で。
だから、今も訓練を欠かさない。
私がリオンを信じるのはリオンが高い能力を持つ『精霊の獣』だからじゃない。
誰よりも強く前向きな魂を持っていると解っているから。
その意志を、努力を思いを、信じているのだ。
私はいつもと変わらぬ彼らの日課を見届けて、部屋に戻った。
多分覗き見はバレているだろうけれど、互いに知らないフリをする。
この不老不死世界で、どんな戦士がいるのか解らないけれど。
リオン以上に能力のある戦士はいないだろうし、努力している戦士はもっといない。
だから、彼の吉報を信じて待つ、と決めたのだ。
もう日は変わって夜の日。
騎士試験の予選は明日に迫っていた。
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