私は結婚式事情などは日本のものしか知らないけれど、結婚式に花嫁、花婿の前途を祝福しお祝いを渡すは多分、万国共通だと思う。
だから、私達も色々と考えたし。
ちなみに、ジャハール様の故郷では、花嫁花婿を祝福する時、ご祝儀のコインを服に付けるのが習わしなんだって。できたら後でやってやってくれ、と頼まれて準備してある。
でも、皇王陛下からのお祝い? はちょっと度が過ぎていると思う。
え? 何? 大貴族位?
「新年の国王会議を待って、私はアルケディウスの皇王位から降りることが決まっている。
それは、知っておるな?」
「はい。ケントニス様が王に立たれる、と」
「そうだ。それをソレルティアには支えて欲しい。時に忠言を与える副官、宰相のような役割としてな。当面の間はタートザッヘをつけるが……」
「私も歳でございます。皇王陛下と共に魔王城に籠り、膨大かつ魅力的な書庫で研究をして余生を過ごしたく……」
「えっと、それって、皇王陛下、引退したら魔王城の島に引っ越してくること決定なんです?」
ついつい、上位者の話に割り込んでしまったけれど、魔王城の島のことだし。
内々の予定というか、皇王陛下の希望としては聞いていたけれどまさか、本気で部下まで連れて移住してくるつもりとは。
「いつまでも、魔王城のことを隠してもおれまい。
『神』の船に今も眠るという数万の子ども達を受け入れる為にも、新たなる植民地は必要ではないかと思う」
「それは、そうですけど……」
「約十万、多少減っているとしてもまだ九万を超える子ども達が目覚めの時を待っているのであろう? 各国王も無論、受け入れを拒みはすまいが何より数が多い。
まだ不老不死の混乱から立ち直っていない所も少なくはない。
私はこの魔王城の島を、お前の言うところの巨大な保育園として、目覚めた子ども達をこまずはここで育て、アースガイアに慣れさせ、それぞれが望む未来を掴む力を得てから、外に送り出すのが一番安全では無いかと思うのだが、どうだ?」
『悪くはない話ね』
「ステラ様!」
結婚式の後、空気を読んだのか、どこかに消えていた『星』の精霊獣、白い子猫が私の上に飛び乗ってくる。
大人は全員、会釈。提案者である皇王陛下も胸に手を当てて深いお辞儀をした。
「お褒めにあずかり光栄にございます。魔王城の城下町に子ども達を受け入れる町を作り、それを助ける大人と共に、皆で彼らを育てます。島の中でなら、子ども達が悪しき者達の被害に遭う事も最小限にできるでしょう。
この地で、必要な知識を身に着け、望むのであれば広い世界に旅立っていく。
そのような形を作れれば、と思っております」
『で、貴方がそれを指揮する、と?』
ステラ様の声には品定めするような厳しさが宿っている。
この城と島は、ステラ様の聖域だからね。
「無論、マリカがそれを行えれば最良でありましょう。
ですが、あれにはこの星全体を引いていく使命があります。
なれば国の統治から手を引く私が、自分で言うのもなんですが最適かと。
私一人、重臣たちだけでできる事でもない事は承知しておりますので、各国にも協力を仰ぐ所存。既にフリュッスカイトやエルディランドは世代交代が進んでおり、前王が言っては何ですが、暇をしております。
彼らにも協力を仰ぎ、今は無人となっている精霊国の他の町なども拓けばより潤滑な運営が可能かと存じます」
『ダメ、と言い切るには魅力的な提案ね』
確かに、ありかなしか、で言えば十分、あり寄りのありだ。
魔王城の島に人を入れることになるけれど、昔は国として成立していたわけだし。
「まあ、そのような話は、今の祝いの話とは反れますので今後の検討課題としてお留め置き頂ければ。要は、アルケディウスの世代交代が行われるにあたり、ソレルティアには新たなる国の支えになって欲しい、ということです」
「ですが、私はこれから子を産み、それに手を取られることも多いかと……」
思わぬ大抜擢に躊躇い顔のソレルティア様に皇王陛下は首を振る。
「女として、子を得たからこそ、解ることもあろう。
それを政に生かして欲しいものだ。
流石に乳飲み子を直ぐに母親から離すわけではないし、ゆっくりと引継ぎ時間も取る。
大貴族となれば使用人や乳母を雇って子育てを助けてもらうのは当然のことだし、ある程度育ったら王宮の保育室もあるだろう?
其方の子が、王族達と共に育つことで親しみを持ち、より良き臣下となってくれればこれ以上の喜びはない」
なるほど、ソレルティア様という転移術使いの才女を家に閉じ込めることを、地位を与えて防止し、更には将来の王家に忠臣をGETということか。
決して結婚式の御祝儀、というだけではない複雑な計算が垣間見えるのは流石、だと感じる。
「今回、ソレルティアに与えるのは、王族直轄地としてケントニスが治めていた領地だ。
豊かで実りも多い土地だし、統治にもあまり手間はかからぬ。補助する者もつける。
領主としてよりも其方にはむしろ、宰相というか文官長のような役目を期待したい」
「既婚女性が政務に携わることに問題はありませんか?」
この質問はフェイだ。アルケディウスに残すソレルティア様にとって良い条件だと思いつつ、心配な点は潰しておきたいという目をしている。
「ソレルティアであれば、誰も文句を言うまい。長年国を支えてきた実績がある。
加えて神官長の妻、既婚女性であるというのがまた良い。
王としてケントニスが粗雑に扱えぬからな」
なるほど再び。
ケントニス様が自分の身内や言いなりになる人物で幕閣を固めてしまうと、タートザッヘ様達が引退した後、何かあった時に止める人がいなくなる。
権力や王位に興味はなく、物理的にも手を出すことができない人妻。さらに後ろ盾が強固で粗雑に扱えない神官長であるソレルティア様が目付け役として側に付いていれば、勝手な政治はできないだろうということなんだね。
「下手な女性であればアドラクィーレが嫉妬したり、ケントニスが手を出す危険性もなくはないがフェイを夫に持つソレルティアであるなら心配もいらん。
強引な手に出てきた時には十二分に対処もできる。無論、不埒な真似をしてきたら即刻対処して構わん。準侯爵としてそのくらいの権限は与えるつもりだ」
顔を見合わせる二人。
フェイには、まだ少し心配そうな眼差しが宿っているけれど、ソレルティア様の目は輝いている。
ソレルティア様はバリバリのキャリアウーマンだもんね。結婚して、子どもができても、家に閉じ込められるのは確かに合わないしもったいない。
「産後間もないソレルティアに無理をさせないとお約束頂けますか?」
「皇王の名において約定する。大祭の会議で正式に議題として出し、承認を得るつもりだ。
おそらく反対意見は出ないと確信している」
「いざとなれば、私もソレルティア様の後ろ盾に付きますし、お母様やお父様も助けて下さいますよね」
「同然だ。ソレルティアが第三皇子家と関係が深い事は誰もが知っているし、目を光らせてやる」
「ソレルティアは大貴族の妻になるわけではありませんから、女達の柵に囚われることはないでしょうけれど、私も手助けします」
どうやらお二人にも話が行っていたようでお父様もお母様も協力を申し出てくれる。
「どうする? ソレルティア?」
「……許されるなら、やってみたいと思います。元廃棄児、子ども上がりと言われた私が国の政治に関わり、より良くしていく手助けができるのなら」
フェイはソレルティア様に目で問い。
彼女は強い眼差しで頷いて見せる。
「ならば、お申し出ありがたくお受けいたします。
我が妻と子を、よろしくお願いいたします」
「うむ。こちらこそ、アルケディウスの未来を頼む。
期待しているぞ」
いきなりとんでもないご祝儀になったけれど、ソレルティア様の新しい立ち位置が保証されたのはいいことだと思う。
新しい大貴族の誕生を祝して私は、精一杯の拍手を二人とアルケディウスの未来に贈った。
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