【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 閑話 見送る者

公開日時: 2022年10月11日(火) 07:48
文字数:2,285

 馬車が出立する。


「では、行ってまいります。

 お父様、お母様」


 王宮での挨拶を終えた娘は、最後にもう一度館に戻り、馬車に乗り込んで一カ月の親善訪問に旅立って行った。 

 馬車の姿が見えなくなるまで、玄関に立っていた私の肩を皇子が慰めるように、ぽんと叩く。


「…中に入るぞ。フォルとレヴィ―ナがぐずっていただろう?」

「ええ。あの子達も姉がいなくなったのが解るのでしょうね」


 昨年の冬に生まれた私達の子。

 フォルトフィーグとレヴィ―ナはマリカに良く懐いている。

 まだ首が座って間もないというのに人見知りの激しい二人は親である私達や特に見知った者以外が抱くと大泣きする。

 それこそ、火が付いたように。

 でも不思議な事にマリカが抱くとピタリ泣き止むのだ。

 あれもマリカの言う『ホイクシ』の能力なのだろうか?



 マリカのことを思うと胃がキリキリ痛む。

 今回の目的地はアーヴェントルク。

 夜の国。

 毎年遊びとはいえ、戦が行われる仮想敵国だ。


「心配です。あの子は無事に戻ってきてくれるでしょうか?」


 しかも、第一皇子妃 アドラクィーレの出身国。

 第一子を流産させられてから恨む事しかできない相手ではあるが、その彼女をして

「気を付けろ」「何をしてくるか解らない」

 という皇女。元『聖なる乙女』が待っているのだ。

 あの、どこかに赴けば必ず何かをしでかし、何かをすれば必ず大騒動になる子が敵国に赴き何事も無く終るわけはない。


「まあ、アドラクィーレは脅して来たが、アーヴェントルクにも対面がある。

 親善使節であり、『新しい食』と知識を伝える他国の皇女を危険な目に合わせはすまい」

「…あなたは我が子が心配ではないのですか? 

 後ろ盾を持たない子どもが、知らない社交場に入って行かなければならないのですよ?」


 女の『社交』は男のそれとは別種のものだ。

 政治や商売についてなど、男の社交が甘いとまでは言うつもりは無い。

 無いけれど、足の引っ張り合い、悪口の言い合い。

 女の社交は常に腹の探り合い。

 本音は笑顔に隠している分だけ質が悪い。

 しかも今回は味方のいないアーヴェントルク。

 ミーティラは付けたけれど、あの子に敵地での本格的な社交ができるだろうか?

 心配ばかりが頭の中を過っていく。



「あれは外面が良いし、本番にも強い。

『新しい食』や化粧品などの知識を上手く使って身を護ることくらいはやってのけるだろう」

「ええ、そのくらいのことはやってのけるでしょう…ですがやってのけたが故に目を付けられる。ということも考えられませんか?」


 特に心配なのはもう一人の『聖なる乙女』

 アンヌティーレ皇女。


 私は何度か、本当に片手で足りるくらいしか顔を合わせた事は無いけれど一筋縄ではいかない相手なのは解っている。

 最後に顔を合わせたのは私の結婚式だっただろうか?


『ご結婚おめでとうございます。

 どうぞ俗世でお幸せになって下さいませね。

 後の神事は私が、責任をもって行いますので』


 祝いを言いながらも人を見下す様な眼差しがなんとも言えず嫌だったことを覚えている。

 神殿の『聖女』であることに強い自負とプライドを持つ彼女は、『真実の聖なる乙女』。

 大聖都の神官長と、神の額冠に認められ、神殿長に任じられたマリカに何を思い何をするか。

 心配しかない。


「心配し過ぎだ」


 皇子は男親らしい豪胆さで私の心配を笑い飛ばした。


「ア…リオンやフェイも護衛兵も付いてるし、精霊獣も側にいて下さる。」

 何より本物が偽物に負ける道理も無い」

「ええ。そうですが…」


 マリカが本物、アーヴェントルクは偽物。

 そう風聞が広まった時。

 偽物は偽物の立場を守る為に、本物を駆逐しようとするのではないだろうか。

 嫌な予感、胸騒ぎ、胃の痛みは今も消えることなく私の中に蟠っている。

 けれど…


「どうせ、送り出した以上我々がしてやれることなどそう多くは無いのだ」

「あなた…」

「お前は、マリカを信じてどっしりと待っていてやれ」


 無責任な、とも思うけれど実際の所はその通りだ。

 解っている。

 ならば、こちらは心配ないとしっかり教えてやらなくてはならない。


「あなた。私、子ども達の授乳と寝かしつけが終わったら、城に戻ります。

 暫くの間、夜の定時連絡まで城におりますわ」

「城に?」

「マリカの話や相談は直接私が受けたいのですが、いいでしょうか?」

「無論だ。だが今日これから、か?」

「皇王妃様のお召しで、王子妃達からも問われているのです。

 昨日の宴でマリカが纏っていた香りはなんだ、と」


 昨日の祝賀の宴でマリカはロッサやレヴェンダとは違う、爽やかな香りを纏っていた。

 少女らしく清純な香りはキトロンから採ったものだと言っていたけれど、祝いの宴の主役

『聖なる乙女』愛用の香りは今後人気を博すのは間違いない。


「大貴族の婦人達もマリカの化粧品。

 特に香り関連に興味津々で、祝いそっちのけで群がっていましたわ。

 香りを身に付けられるアクセサリーの仕組みは見せて貰ったのでシュライフェ商会に作らせようと思います」

「その手の件は、お前に任せる。俺は区切りが付いたら暫く神殿の方に詰める。

 兵士の鍛え直しと司祭共の監視があるからな。

 時間があれば孤児院の方も気にかけてやってくれ」

「お任せ下さい。そちらこそ、マリカの新しい職場の掃除をしっかりお願いしますね」


 小さく視線と口づけを交し、私達は動き出す。

 

 なんだかんだ心配してはいるが、マリカは己の役目をしっかりと果たして戻って来るだろう。

 その点に関しては信頼している。

 だから、私達はあの子が留守の間、帰る場所を守り、下地を固めておこう。


「しっかりやってくるのですよ。マリカ」


 アーヴェントルクになど負けてはなりません。

 貴方の戦いの本番は、これからなのですから。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート