『ははは、とうとう、私も『お祖父様』だ。笑うがいい』
「そう言う割には楽しそうで、嬉しそうですね。陛下」
『無論嬉しい。よもや孫の誕生と言うものがここまで無条件に嬉しく、幸福を運ぶモノだとは思わなかった。』
プラーミァ王太子妃、フィリアトゥリス様男児出産。
その第一報をアルケディウスに知らせて来たのは誰であろう。
国王ベフェルティルング陛下ご本人だったのだ。
まあ、早馬を使っても軽く五日はかかる行程。
一瞬で連絡できる通信鏡が王宮にある今はそれを使うのが合理的ではある。
各国には多分、早馬が行っているにしても。
プラーミァから通信鏡の連絡が入ったと聞いて、私とお母様は呼び出されて王宮に来ていた。鏡の向こうで笑う国王陛下は本当にご満悦の様子だ。
「出産に問題はありませんでしたか? フィリアトゥリス様の体調などはいかがですか?」
『初産ということもあり、難産ではあったようで陣痛開始から出産まで丸一日かかった。
だが、特に難しい事も無く、良い出産であったと母上やコリーヌは言っていたな。
王族の女達が総出でかかったこともあり、子が産声を上げた時には城中の心が一つとなって歓喜の渦に包まれたものだ』
「それは良かったです」
「お母様や義姉様も立ち合われたのですか?」
『うむ。実に不老不死時代が始まって以来初の『王族の出産』だからな。
其方の時を真似て足湯をさせたり、側で励ましたりしていたようだ。我々男は入るなと言われていたから詳しい事は解らんが』
お母様の問いに国王陛下はうむ、と頷き笑い返す。
今回の出産にはプラーミァの女官長、こちらで双子ちゃんをとり上げたコリーヌさんがいる。アルケディウスの出産で良いと思ったところは取り入れたりしているかもしれない。
別にそうされて困ることは何もないので構わないけれど。
『ガルティヤーン。そう名付けた』
「もう、名前が決まったのですね。国王陛下が名付けられたのですか?」
『私達の意見を参考に、最終的な決定を下したのはグランダルフィだ。
男女どちらになっても良いように両方の名をずっと考えていたようだ。
ガルダとは『炎の鳥』という意味をもつ精霊古語。復活した『精霊神』の祝福を受け、空に羽ばたく様にな』
「とても良い名ですね」
向こうの世界のインド関連の神話(と言う名のゲームやマンガ、アニメなど色々)でガルーダと言う名前を聞いた事が在る。確かに炎系の鳥神獣の名だった筈だ。
この世界には(向こうにも)実在しない幻獣だと思うけれど、子どもの為にグランダルフィ王子が精霊古語とかを必死に調べたのかのも知れないと思うとなかなかに微笑ましい。
『マリカに婚約者がいなければ、うちの孫の嫁に、と言いたい所だが残念だな』
「まだ生まれたばかりで、もう結婚相手の話ですか?」
「別に珍しい話でもありませんよ。生まれついての婚約者など王族には当たり前の事ですから。まあ、レヴィ―ナは血が近すぎるので嫁に出すつもりはありませんが」
確かに、結婚は国と親が決めるもの、という貴族社会では生まれた時からの婚約者は(子どもの数がそれなりにいれば)珍しい事ではないだろう。
向こうでもあったことだから否定するわけでもない。大変だな、とは思うけれど。
「じゃあ、アドラクィーレ様の御子が女の子だったら良い候補になりそうですね」
何の気なしに言ったことではあるのだけれど、言った途端にほのぼのとした場が凍った。
本当にピキーンと。一瞬で冷え切ったのだ。
「マリカ……」
「あ! ごめんなさい。特に深い意味は無くって……」
お母様が冷たい目で私を見るのが痛い。
そりゃそうだ。妊娠していた子どもを流された怨敵の子を実家の嫁にはしたくないだろう。
『まあ、それも考えないではないが、色々と危険度が高い。
今のところは生まれたのが皇女であっても要望はしないつもりだ』
「危険度、ですか?」
お母様よりも少し、柔らかい態度で国王陛下は首を横に振る。
『第一皇子の子は二国の精霊の血を受け継ぐ英傑の才、
それが我が国に嫁げば生まれてくるのは三国の精霊の流れをくむ子を産む女となる。
世界の歴史上、未だかつて一人として生まれたことの無い存在だ。世継ぎの王子や聖なる乙女に危険な橋は渡らせられないからな』
「二国の血を継ぐ者が王家に嫁ぎ、子を為すのは危険なこと、だと?」
『ああ。国の歴史などを学んではおらぬか?
精霊神様より国に繋がる教えに、あまり頻繁に王族の血を混ぜ合わせるな。とある。
濃すぎる精霊の血は不幸を招く、とな。
そうしたからと言え罰則がある訳では無いが子は極端にできにくくなるようだ』
「そうなんですか?」
知らなかった。
向こうの世界では国同士の結婚なんて当たり前にあったのに、この世界ではあんまりないんだな、とは思っていたけど。
『歴史上二国の血を継ぐ者は『星』の歴史の中でも両手に足りぬ数しかおらず、三国の血を受け継いだ者は一人も生まれていない。
妊娠の記録はいくつか在るが誕生はしていないようだ。
流れたり、母親が死んだりな。
二国の血をかけ合わせる事で確かに、才ある子が生まれる事が多いがその出生率は明らかに低くなる。
加えいかに優れた才をもつ勇士であっても、後継ぎがいなければ国は亡ぶ。
故に魔王降臨後は、暗黙の了解のような形で国同士の婚姻は避けられて来た経緯がある。
国に恵みを齎す『聖なる乙女』を嫁に出すのも』
そうなんだ、と素直に思う。
『だから伯父上の時には叔母上が嫁いだ時も、ライオットにティラトリーツェが強引に嫁いだ時も反対の声は大きかったのだ。
『聖なる乙女』を国外に出し、不幸にさせるのは忍びないとな。
二国の血を継ぐ『英傑』で子を為したのはライオットが初めての筈だ。
お前も、双子も『三国』の血を継ぐわけでは無いから可能だったのかもしれんが』
「でも、各国の王家の皆様、みんな私の事を嫁に、って求婚していらっしゃいますけれど?」
『不老不死社会だ。跡継ぎの問題が無いのなら、気にする必要も無いのだろう?
妃にしないという手もあるし。
王族が女を妃以外娶らないというのも少ないことだしな。
グランダルフィと其方なら庶民の血で薄まってもいるし、プラーミァの血が少し強まるだけだから大丈夫だろうと、私は思った』
こういう話を聞くと男性社会。女性や子どもの立場の低さを実感してしまう。
考えてみれば私に求婚して来た王族も、肥満で女性に相手にされなかったスーダイ様、二人の奥方がいたヴェートリッヒ皇子、第四子であるソレイル様。
結婚しても世継ぎを生むことを期待されてはいなかったのだろう。
「二人共、こういうめでたい場で話す事ではありませんわ」
『そうだな。失礼をした。だがそう訳だから注意しろ。
特にシュトルムスルフトは男一人に女性複数が基本の男性国家だからな。
王子も多くて、後継者争いが絶えないという。次の訪問国だろう?』
「はい。ご忠告ありがとうございます」
その後、国王陛下とは少し雑談をして会話を切った。
後で出産の御祝い品は送ろうと思う。
品物は通信鏡で運べないから人力を頼るしかないけれど。
でも……今の話で、気付いたことがある。。
「お母様、本当に覚悟を決めて嫁いで来られたのですね?」
「何を今更。皇子は不老不死を得ないと公言しておいででしたから、時間制限があると思うとなお必死でしたよ」
自分の死も覚悟し、なんとしてでも愛する男の血を遺すと必死な思いと共に異国き嫁ぎ、生きて。
やっと宿った子を流されたらそれは激怒するしかない。
未だアドラクィーレ様を恨む気持ちも当然だ。
二度目の妊娠、双子の出産は奇跡的な事だったのだろう。
私はお母様の手をとり、ぎゅうと、胸元に抱きしめる
「双子ちゃん、もうすぐ一歳ですよね。お祝いしてもいいですか?」
「誕生日を祝う習慣など消え失せて久しいですが、ええそうして貰えると嬉しいわ」
「私、一生懸命考えます。大事な家族に喜んで貰えるように」
「楽しみにしていますよ」
そう言うとお母様は私の手を優しく握り返して下さった。
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