カマラとユン君、そしてミーティラ様が無事に騎士試験の予選を突破した事で、翌日の夜、第三皇子家はちょっとしたパーティになった。
アルケディウスでは一人暮らし(エルディランドから製紙技術伝達の為に連れて来た部下はいるけど)のユン君とミーティラ様、そしてカマラが賓客。
私と第三皇子家の料理人カルネさんで三人の為に腕を振るったのだ。
猪肉の角煮をメインにカナッペ、サーモンの塩麴焼きにオリーヴァの塩漬け入りのポテトサラダ、イクラの醤油漬けおむすび。デザートはとっておきのチョコレートとバニラのアイスクリーム。
「まさか、こんな料理が…………食べられるとは」
ユン君は驚愕の眼差しで料理を見つめていた。多分、呑み込まれた言葉は「こっちの世界で」だね。
『新しい味』は私が向こうの世界で習い覚えた料理がメインだから、日本食風のごちゃまぜ洋食になる。
でも日本人にはなじみやすい筈だ。一応味と栄養のバランスは考えているし。
「雇い主の館でこのような素晴らしい晩餐の席に、私のようなものがついて良いのでしょうか?」
「カマラの予選突破お祝いだから遠慮しないで。ミーティラ様も!」
「護衛が主と同じ席に着くなどとんでもないことですが……」
「今日は、マリカの我が儘だと思って聞いてやって。私もいつも側にいてくれる貴女を労いたいし」
「ティラトリーツェ様……。ではお言葉に甘えて」
最初は遠慮していた護衛士二人も一生懸命説得したので席に着いてくれた。
後は全力で作ったお祝いメニューを全力で出すだけだ。
「では、三人の準騎士の誕生に!」
お父様のお祝いに皆で杯を掲げる。
因みに、ユン君は不老不死になっていないけれど、十六歳のこの国の成人年齢にはなっているという。だから彼にも乾杯用にアルケディウスの麦酒を出す。
「これは、エクトール様の荘園の麦酒ですね」
「ええ、今年の新酒の一番出しだとか。昨日、連絡に行った時にフェイが預かって来たの。
カマラのお祝いに使って欲しいって」
「マリカ様のエルディランド訪問の時にも思いましたが、こんな見事な味わいの酒がアルケディウスにも残っていたのですね」
「五百余年もの間、蔵の酵母と伝統の製法を守って来たのだそうですよ」
「本当に素晴らしい。アルケディウスに来たかいがありました」
ユン君も感心しながら麦酒を喉に通す。
お酒が飲みたい一心で米からお酒を造った人だから、凄く幸せそうだ。
「このおむすびに入っているイクラというのはいいな。プチプチとした食感がたまらん」
「色もとてもキレイね」
嬉しそうにおむすびを頬張るお父様。
念願のいくらの醤油漬けはむこうの母直伝。私にとっても3年越しの願望だったので成功して嬉しい。
「エルディランドから醤油を輸入できるようになったので、作れるようになりました。イクラはサーマンの魚卵なので秋限定のメニュー。まだ皇王陛下にもお出ししておりません」
「最近、おむすびは戦の糧食や、外出時の食物として注目されているのだ。なんとかアルケディウスでもリアが栽培できるといいのだが……」
「アルケディウスは寒いですからね。南の国境付近の領地ならなんとかなるでしょうか?」
「製紙の件が落ちついたら、地質調査などをしてみましょう」
「宜しくお願いする。ユン殿に来て頂けて良かった。」
魔王城では騎士団長と戦士でいられてもこちらでは皇子と地国の騎士貴族でしかない。
例えお母様とミーティラ様が事情を知っていてもあまり親しげにはできないので、二人の会話は固い。
でも互いを信頼し合っている良い笑顔は見ていてこっちが嬉しくなる。護衛士として後ろに立っているリオンも、頬を緩ませているのが解かった。
「そういえば、何故リオン様は席についていらっしゃらないのですか?
私、私の隣はてっきりリオン様のお席だと……」
ここは第三皇子家の小談話室。
テーブルはそんなに大きくないので少人数の会食用だ。
上座にお父様とお母様、その右側に私と、一つ席が空いてカマラ。
反対側の辺にユン君とミーティラ様、そしてミーティラ様の旦那様であるヴィクスさんが座っている。
空席にはちゃんとカトラリーも用意してあるから不思議と言えば不思議なのかも?
「ああ、そこには客人が来る。用意に手間取っているので先に始めていてくれ、とな」
「客人? マリカ様の隣に座るお客? ですか?」
首を傾げるカマラにお父様もお母様も微笑を向ける。
実は知らないのはカマラだけだったりする。ユン君にも教えてはあるのだ。
トントン。
控えめなノックの音が応接間に響く。
「来た様だな。カマラ!」
「は、はい。なんでございましょうか? 皇子様」
「いつもマリカが世話をかける。これは、俺達からの合格の祝いと礼だ。受け取ってくれ」
「祝いと、礼?」
瞬きするカマラの前で大扉が開き『お祝い』が入って来る。
カシャン、と音を立てて椅子が倒れ床にカトラリーが落ちた。お行儀は悪いけどそんなことを誰も気にしない。
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ。カマラ」
「エ、エクトール様? どうして、ここに?」
お父様が言ったお客。それはアルケディウス一のブルワリーシャトーの主にしてカマラの養い親、エクトール様だったのだ。
正装を身に纏い、布包みを抱え。
カマラを見つめるエクトール様は凛々しく、その眼差しは本当に優しい。
「どうしても何も、招待状を送って来たのは其方であろう?
努力の末、栄光を勝ち得た娘の晴れ舞台、見逃すわけにはいかぬ」
「私を、娘……と?」
呆然と立ち尽くすカマラにああ、と頷くとエクトール様はその背中をポンと叩く。
「勿論だ。エクトール荘領は一つの家族。
其方は、我々の恩人たる皇女に仕え、難関中の難関である騎士試験に僅か一年で合格した小荘領の誇り、自慢の娘だ」
その瞬間、カマラの目からぶわりと涙が溢れ零れた。口元を押さえる手も震えている。
尊敬する父が、自分の事を自慢の娘と呼んでくれた、認めてくれた。
うん。
これ以上の喜びは多分、そうはないだろう。
「蔵の皆も、とても喜んでいた。
ぜひ応援に行ってやってくれとな。そして、これは荘園の女達からの贈り物だ」
失礼します、とエクトール様はお父様達に頭を下げ、サイドテーブルにその布包みを広げて見せる。
包みの中身は服だった。
蒼を基調にした女性用のチェルケスカ。
動きやすい戦士の衣だ。
「明後日の試合には良ければ、これを着ていくといい。
皆が其方の為に大切に作ったものだからな」
「私の、為に……」
この世界にはミシンなんかないから、どんな服でも当然手縫いではあるけれど。
カマラに贈られた服には、一針一針、思いが込められているのが一目で解かる。
「ありがとう、ございます……。
ああ、……本当に、私は幸せ者です」
震える手で、服を手に取ったカマラは胸にぎゅっと抱きしめる。
涙は止めどなく流れている。服を濡らさない様に気を付けているのがカマラらしい。
「我が儘で、どうしようもなく融通が利かない愚かな私をなのに、沢山の人が支えて、力を授け、見守って下さるなんて……」
「君は、本当に愛されていますね」
「はい。私程恵まれた者はそういないと、断言できます」
優しく声をかけてくれたユン君にカマラはくしゃくしゃの顔で頷いた。
そして服を抱きしめたまま、胸に手を当てて目を閉じる。
「マリカ様、エクトール様、ライオット皇子、ティラトリーツェ様。
私を見守って下さる皆様と、この服にかけて、私は誓います。
騎士試験本選を、全力で戦うと。予選突破できたからいい、ではなく、自らの全てを出して戦い、私を支え、愛して下さる皆様に応えると」
涙をぬぐい、顔を上げた彼女の表情は強い決意に輝いていた。
「今度も、手加減はしませんよ」「互いに、全力を尽くしましょう」
「はい!」
「月並みな事しか言えませんが、頑張って下さい。応援しています」
「必ずや、ご期待に応えて見せます」
その後は、エクトール様を交えさらに楽しい夕食会となった。
エクトール様はゲシュマック商会との交渉がてらアルケディウスに滞在し、カマラの騎士試験本選を見守るという。
カマラのモチベーションはエクトール様のおかげで目に見えて上がったのは言うまでもない。最後の訓練を担当したリオンも、その気迫に驚いてる。
「今年の騎士試験は楽しみだな」
「うん」
それぞれの思いを胸に、年に一度。大祭とは違うアルケディウスの特別な日。
騎士試験本選が始まろうとしていた。
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