誰もが知っている勇者伝説。
その始まりは、貧民の少年が魔王倒すべく旅をしていたアルケディウス皇子、戦士ライオットとその仲間に出会ったところから始まると聖典は語る。
「言っておくがアルフィリーガは、貧民であったわけでは無い。ただ単に金をもっていなかったというだけだ。精霊の祝福と知恵と財を有する、言ってみれば精霊の王子だった。
聖典の物語は呆れるくらいの捏造だからな」
けれど、そんな作られ飾られた文章など、当事者が語る生きた物語に適う筈はない。
「精霊の王子かあ~。リオン兄が言ってた通りだな」
「しっ! アーサー。それないしょ」
「しまった」
大人も、子どもも。以前リオンから少しだけ話を聞かせて貰った魔王城の子達も。
フェイですら、真剣な眼差しでライオット皇子の話を聞いている。
リオンはどこか居心地悪そうだけれど、止める権利もないので語るに任せている様子。
大人用に用意しておいた麦酒もちょっと入っているのかな?
今まで、他の人に一度たりともその冒険譚を語ったことが無かったというお父様は
そんな噂が嘘のように饒舌に語る。
青春の物語を。
「とある村近くに住み着いた魔性を倒すべく、依頼されて俺達は山に登って行った。
そして噂の洞窟まであと少し、というところで天地に轟くような断末魔を耳にした。
慌てて魔法使いと神官と共に走り行くと、そこには一人の少年が立っていた。
魔性の返り血のような液体を身体に浴びながらも、平然と立つ彼は美しく、まるで獅子が人の姿を取ったように俺は思えたんだ」
『お前は……誰だ? ここで、何をやってるんだ?』
『俺は…………アルフィリーガ。ここに不思議な力で飛ばされて……精霊を脅かす魔性がいたから倒しただけだ』
『倒しただけ……って。この巨大魔性を一人で……か?』
『あなたは……、飛ばされた? まさか自分の国からここまで魔術で来たの?』
『精霊の術? そうかもしれないけれど、解らない。国を出しようとしたら不思議な力に巻き込まれ、気が付いたらここにいた。だから、飛ばされたのだと思う。多分』
「自分が今いる場所も、行き場も、帰る場所も解らないというアルフィリーガを俺達は連れて山を下りた。下町で汚れた服を洗って風呂に入れて。
魔術師リーテが親身に世話をしたら、そいつは本当に王子のよう整った外見を見せた。
そして……」
『ライオの服は、ちょっと大きいけど我慢して。でも……帰り道が解らないのは困ったわね』
『お前、行くところが無いのなら俺達といっしょに行かないか? 俺達はあの魔性を生み出した魔王を探して倒す為、旅をしているんだ』
『魔性を倒す?』
『そうだ。魔性達は精霊を食らう。精霊を食らわれれば、大地や自然は命と力を失う。放っておけないだろう?』
『魔性は倒しても時間が経てばまた蘇るの。だから元となる存在を探して倒さないといけないのよ』
『俺が……一緒に行ってもいいのか?』
『むしろ来てくれると助かりますね。このパーティには戦士がライオ一人しかいない。
彼を助ける戦士職がもう一人欲しかったのです。
それに、君は……とても強いでしょう?』
『…………ああ。多分、強い』
『ならライオを助け共に戦ってくれると嬉しいです。
僕達はさっきも言った通り旅をしていますから、その過程で君の国を通ることがあるかもしれませんし』
『お前が国に帰れるまででもいい。一緒に行こう!』
『…………いいのか?』
『嫌なのか?』
『嫌じゃない。でも、俺は多分、外の世界……つまりこの世界の事を何も知らない。
戦い以外では、きっと足手まといになる』
『知らなければ、覚えればいいのよ。きっと、貴方が外に出て来て、私達に出会ったのも『星』の思し召し。いっしょに行きましょう?』
『ああ。よろしく頼む』
「で、その後は一緒に戦うことになった。
俺は末っ子だったから弟ができたみたいで、柄にもなく嬉しくなってな。
最初は俺があいつを守る、って息巻いてたんだが……」
『な、なんなんだ? 今のは一体?』
『お前、強いな。力だけなら先生より上かもしれない』
『だから、何をしたんだって聞いてるんだ! 確かに盾で攻撃止めたのに気が付いたら後ろに……』
『とにかく俺の勝ちだ。前衛には俺が出る。お前達は後ろから援護してくれ』
『アルフィリーガ!!』
『俺にとやかく言うなら俺を負かせてからだ』
……リオンなら言いそう。
勿論皇子を侮ってではなく、自分自身が先頭に立って仲間を傷つけない為に。
「あいつは、最初の頃は特にアルフィリーガは『精霊の獣』。その名の通り、立ち止まる、とか。待つ、とか加減するとか。
を知らなくてなあ。俺も腕には自信があったつもりだったんだが、初手の戦いでボロ負けしてからは、あいつの後を追いかけるばかりだった」
「皇子よりも強かったんですか?」
「それはもう! 俺より頭一つ分は小さかったのに素早くて、放つ技は正確で……」
「やっぱり凄いな。アルフィリーガは」
「……もう止めてくれ」
お父様、もうノリノリで話しているけれど、リオンの方を見てみれば顔が真っ赤。
そりゃそうだ。ほぼ褒め殺しだもんね。
向こう風にちゃらけて言うなら「止めて、もうライフは0よ!」ってやつだ。
聴衆は皆大喜び。本邦初公開、生きた伝説が語る知らざる勇者の裏話。
面白くないわけがない。アルやアーサー達は勿論、女の人達やフェイやクラージュさんまで楽しそうに聞いているけど、本人は間違いなく恥ずかしい筈。
私も意地悪なので聞いてみる。
「実際の所はどうだったの? リオン」
「……いや、確かにそういうこともあったけど。あったけど。
あれはそういう意味じゃなくって。俺は、あの時、早く帰らなきゃいけないって焦ってて。
あと、誰かと一緒に戦うとか初めてで……初めてできた仲間を傷つけさせたくなくって……」
お父様、話を盛っている訳では無いようなので余計に恥ずかしいらしい。
所謂ツンデレ。心の中では仲間ができて嬉しいし、守りたいけど箱入りで育てられた影響でどう言ったらいいか解らない。最初はツンツンしちゃってたと。
自分のミスと好奇心から国の外に飛ばされた精霊の王子は、最初こそ自分を責め、自分を救ってくれたお父様達に迷惑をかけまいと無茶をし突っ走っていた。
けれど、根気強く関り、自分を信じてくれた仲間達に心を開き、背中を預け本当の友になったのだという。
ただ、アルフィリーガを前衛にした方が、戦闘も圧倒的に効率がいいと解ったので、戦士ライオットが囮となり敵を引きつけ、その隙にアルフィリーガが敵を討つフォーメーションが出来上がった。
「俺はアルフィリーガに最後まで本当の意味で勝つことができなかった。
戦いの旅の中では本気の戦いもできなかったし……。
だから、いつかあいつと本気で戦って勝って。隣に立ち対等の存在として肩を並べて戦う事。
それが俺の夢だったったんだ」
「……馬鹿だな」
「え?」
一際低められた声を聞いたのは、多分隣にいた私だけだったと思う。
リオンはスッと壁から背を放し外に出て行こうとする。
私は、その後を追いかけた。
「初めて出会った時から一度たりとも。お前は俺に負けてなんかいないのに」
「リオン……」
「俺の方だ。羨ましかったのは、憧れたのは、負けたくないと思ったのは。
いつも、今も。
あいつのようになりたい。肩を並べて戦いたいと思ってる」
振り返り眩しいものを見るように、人々に囲まれ話をするお父様を見ているリオン。
目を伏せ、零れた言葉にはこれ以上ないくらいの優しさと慈しみが籠っている。
きっと「戦士」と「勇者」の戦いは今も続いているのだ。
打ち負かすのではなく、共に肩を並べ生きて行く為の戦いが。
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