【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 偽母親と思惑

公開日時: 2021年10月28日(木) 06:23
文字数:4,073

 翌日、私は店に行って呆気にとられた。


「貴女は、昨日の? …どうして、ここに?」


 応接室には昨日来た私の(自称)親。

 エリスがまた来ていたのだ。


「あれから…旦那様と話をしました。

 旦那様は、かつて娘を手放したことをとても悔やんでおいでで、今度こそ奥様の怒りをかっても見つかれば我が子として育てたいと仰せなのです」

「昨日、お話しました通り、大前提が違います。

 私は貴女の娘ではないですよ」

「でも、貴女しかいないのです! 今年十歳で黒髪、紫の瞳の娘はアルケディウスあちらこちらを探しても、貴女しか見つからない…。

 引き取り先から二年前に行方知れずになった私の娘は、きっと貴方です…」


 服の裾を握りしめて縋るように泣く姿は名演技だなあ。

 でも、二年前行方不明になった、とまで言えるという事は、私がかつて使われていたところは、この人のところなのかな?


 と、そんな思いは顔に出さず、口に出さず。

 私は静かに頭を振る。



「偶然か、人違いです。

 それに、仮に私が娘だったとして私に何をお望みですか?」

「…勿論、貴族家で家族一緒に幸せに…」

「私がゲシュマック商会と縁を切り、一切の料理レシピも秘密も漏らすことをしない、ただの子どもとなっても、私をお望みですか?」

「…えっ? それは…」

「店と、主との契約がございます。

 私がもしそちらの娘となれば、ゲシュマック商会の仕事から退き、職務上得た一切の秘密を語らぬただの子どもとして行くことになりますが?」


 私の追及に逃げるように彼女は顔を背け俯いてしまう。

 はあっ。

 語るに落ちてるなあ。

 言いよどむ時点でゲシュマック商会のレシピと関係が目的、って言ってるんですが。



「私は両親の顔を知りませんが、養い親に大切に育てて貰い、勉強もさせて頂きました。

 仮に、私が本当に貴女の娘であったとしても、養親とゲシュマック商会の恩を忘れて、そちらの家に行く訳には参りませんし、レシピや料理法を漏らすわけにも参りません。

 ですから、私を手に入れる事は諦めて、御主人にもそうお伝えくださいませ。

 本当の娘さんが見つかることを願っております」


 これ以上、話を聞いても無駄。


「待って下さい!!」


 私は、そこで話をきっぱりと切りあげ、彼女を置いて部屋を出た。




 ここまで言われて、まだ食い下がるようならよっぽどの顔の皮が厚いと思う。

 そろそろ引いて欲しいものだ。

 もう正体も割れてるし。


 私の手元にはガルフとリードさん、そしてヴィクス様が調べてくれた彼女の仕える貴族家についての情報の板がある。

 不老不死前からの貴族、アンドリュー氏。

 王宮ではなく、大貴族のお一人 タシュケント伯爵に仕えているそうだ。


 タシュケント伯爵は第一皇子派閥の大貴族の一人だ。

 派閥の中では、中の中から上くらい。

 奥様や、御当主と給仕などで顔を合わせた事もあるけれど、取りたてて強い印象は無い。

 第三皇子派閥で無くて良かったな、と正直思う。


 大貴族の多くは夏から秋までの社交シーズンにアルケディウスに出てきて、冬の間は領地に籠っている。

 降雪量がとんでもないので、外へは出にくいようだ。

 農業など季節に関わることをしていないので、春夏に領地にいる必要があまりない。

 故に陽気のいい間に王都で社交を楽しむ、ということらしい。

 その夏、秋に住まう舘を管理するのがアンドリュー氏の仕事で彼は一年中アルケディウスにいる。


 私には、もう正直魔王城でマリカになる前の記憶は殆どない。

 不思議な事に、向こうの世界で覚えた本やレシピの中身、保育関連の知識などはけっこう鮮明に覚えているのだけれど、この世界で生まれてから育つまでの記憶は消えている。

 働かされていた家でこき使われていたこととか。厩で馬に縋って寝た事、とか。

 殴られながら仕事をした事がぼんやりと記憶にあるくらいだ。

 だから、私が働かされていた家がタシュケント伯爵家なのか、アンドリュー卿の館なのかも解らない。

 まったく違うのかもしれないし。

 私を救い出してくれた皇子なら、もしかしたら覚えているのかもしれないけれど戦で出張中の今、確認する術はない。


「まあ、そうだとしても碌でもないよね。

 母親を名乗って子どもを引き取ろうなんて」

 

 ん? 第一皇子派閥…。

 あ、そうか、もしかして…。


 私は応接間に踵を返そうとして…止めた。

 どうせ雇われ人である彼女が、簡単に口を割る筈がない。

 行くならば別方向で相談、確かめてからだ。


「リードさん。すみません。

 私、ちょっとミーティラ様のところに行ってきます!」

 



 翌日、エリスはまたやってきた。

 本当に面の皮、厚い。

 じゃなくって、そうしないと、主人に怒られるからなんだな。きっと。

 服の下に傷が増えてるのが見えた。


「…お願いします。どうか、私と一緒に…」


 もう演技をする余裕も無くなったのだろう。

 震える声で私の手を掴む彼女に


「大貴族と、第一皇子様のご命令ですか?

 だから、貴女の主も引くに引けない…と?」


 私はそっと声を潜めて囁いた。

 ここはゲシュマック商会の応接室だから他の人には聞こえないけれど。

 彼女を安心させ証言を引き出す為のこれはポーズだ。


「とにかく私を連れ込め。契約やレシピの事は後でどうとでもなる。

 そう言われましたか?」

「ど、どうしてそれを…」


 彼女の顔が驚愕に歪んで、言葉よりも雄弁に私の予想が的中していたと教えてくれる。


 あー、ホントにもう。

 頭を抱えたくなる。

 どうしようもないな。あのお二方は。

 戦で第三皇子も、第二皇子もいないことを良い事に最後の攻勢に出て来たか。





 昨日、ミーティラ様経由で、ヴィクス様とティラトリーツェ様とお話を聞いて色々と解った事情がある。 

 ティラトリーツェ様は、この間あった皇王妃様主催のお茶会で、安定期に入ったことと、大祭後、正式に執務に復帰することを皇王妃様に報告し、二人の兄皇子妃様や、集まった大貴族夫人達にも伝えたそうだ。

 私の引き取りも。


「私の子も間もなく産まれますので、マリカを出産に立ち会わせたいと思っています」

「子どもを出産に? 正気ですか?」

「マリカは預けられていた所で、実際の出産に立ち会ったことがあるそうです。

 五百年一度も本物の出産を知らない王宮の者達よりも、よほど役にたってくれそうで頼りにしておりますの」

「それは素晴らしいわね。

 私も立ち会うつもりですが、何百年も前で記憶があやふやなので話を聞きたいわ」

「皇王妃様!」

 

 という経緯もあり、私は大祭帰還の宴のお手伝いの後、ティラトリーツェ様の元に調理実習指揮の公務ごと戻ることになっているそうな。

 衆人環視の中で、堂々と告げられ、皇王妃様が認めたので邪魔も出来ない。

 加えて私を倒れるまでこき使ったという悪行も、さりげなく噂として流され立場も無い。


 だから、強引に配下に『私の母親』をでっちあげてさせて別方向から、私を手に入れようとしたのだろう。


 


 …二年前、第三皇子が私達、魔王城の十四人の子どもを救って下さった時。

 子ども達の一斉失踪は、当然アルケディウスの小さな話題になっていた。

 当たり前だけれども、子どもを働かせる目的とはいえ所有する余裕があるのは、大貴族、貴族、豪商などが多い。

 しかも、その大半があんまり評判のよろしくない所で。

 みんな、逃げる事もできず死にかけていた。

 自力で逃げ出したリオンとフェイは唯一くらいの例外で。


「皇子は、お一人で様々な手段を使い、子ども達を連れ出した。

 それは、知られれば皇子という立場を失いかねないくらいに危険な事だったのだ」


 ティラトリーツェ様も、ミーティラ様も知らない皇子の行動。

 唯一知っていたのは、アリバイ作りを手伝ったヴィクス様だけ

 そのヴィクス様も皇子が子ども達をどこから連れて来て、どこへ連れて行ったかを知らなかった。


「アルフィリーガの転生を助ける、が主目的だったから救出されたのは男の子が多かった。

 女の子は色々な理由から警戒が厳しくて助け辛く、本当に命の危険があって、急を要すると思われた子しか助けられなかった。

 と皇子は悔しそうに溢しておられた…」


 私達の正体と、魔王城の事を知ったからヴィクスさんが教えてくれたことだ。

 私とエリセは、本当に運が良かったのだと噛みしめている。


「子どもを失った各家々は大半が諦めて、放置した。

 追跡や捜索にも金や手間がかかるからな。盗難の届け出を出したのはドルガスタ伯爵家くらいだ。

 何の手がかりもないまま、二年間が経過した。

 殆どの者はもう思い出しもしていないだろうが…」




 第一皇子配下の大貴族の中にタシュケント伯爵家がいて、夏の館があった。

 そこで、多分、私は育ち働かされていて、二年前連れ去られ、基、助けられた。

 行方不明の子どもと私の容姿が一致する。


 ならば私をその子にでっちあげて、親子の情に訴えて奪い取ろう。

 第一皇子一派の考えは多分そんなところだろう。

 この人も、きっと私に外見が似ているというだけで選ばれただけで、本当の『お母さん』ではないのだと思う。



「脅されて、おいでですか?

 それともご命令されて?

 もし、生活やその他の問題だけでしたら、貴族家を出られてもゲシュマック商会が再就職をお手伝いいたしますが?」


 返事は返らない。 

 きゅっと握られた手、噛みしめられた唇は五百年来染み込んだ、使用人としての主への忠誠心の表れだろうか?


 あー、力で押せない分、悪徳移動商人よりタチが悪い!



「であるなら、お気持ちと事情は分かりますが、本当に諦めて下さい。

 何でしたらもう全てバレているとお伝えを。

 私はゲシュマック商会のマリカです。

 貴女が実の母親であろうとも、私はお側に行く事はできません」


 きっぱりはっきりそう言うと、私は彼女に店から出て貰った。

 これが最後通牒だ。

 もう二度と店に入れないように取次の人にも依頼しておいた。



『そろそろ、覚悟はいい?』


 ティラトリーツェ様のお言葉が、頭の中で木霊する。

 大祭が終れば冬が来る。

 冬が終われば、もうすぐ約束の一年だ。

 ライオット皇子と、ティラトリーツェ様が、変わらず私を見込んで下さるというのなら、うん、私も覚悟と準備を進めよう。

 少なくともあんな騙す様な手段で私を手に入れようとする、第一皇子の所には行きたくない。


 お二人の養女となる覚悟と準備を。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート