アルケディウス騎士試験本選 御前試合の第一回戦が全て終了した。残る八人のうち四人が私の関係者と言うのはうれしい。
かなり嬉しい。
「いつもながら騎士試験は見応えがあって良いな。
それぞれが技術と知恵、己が全てを駆使して全力で戦う姿は見ていて若返る」
「はい。去年もですが今年はさらに選手の力量とやる気が上がっているような気がします」
「食の復活や若手の台頭で、人々にやる気や活気が戻ってきているのも一つの要因かもな」
楽しそうに皇王陛下とお父様、そして第一皇子ケントニス様が話している。
割と和気あいあい。随分と距離が近づいたみたいだ。
これも多分良い事だと思う。
「ミーティラ様も凄かったですね。あの槍はプラーミァ独自のモノですか?」
「そうね。アルケディウスではあまり見ないわね。プラーミァやシュトルムスルフトのあたりではよく使われるのだけれど。砂地での戦いが多いから距離を開けて戦うことが多いのよ。あの槍は突きを避けられてもそこから、技を繋げていけますからね」
「お母様も使えるんですか?」
「一応習ってそれなりには使えますが、さっきも言った通りミーティラの方が上手よ。
ヴィクスとも同じ槍使いということで意気投合したと聞くし」
側近の勝利はやはり嬉しいのだろう。お母様も嬉しそうに話してくれる。
「ヴィクスさんはお父様の側近で、騎士団の副団長ですよね?」
今回のミーティラ様のセコンドにはヴィクスさんがついてる。リオンの部下で副官のヴァルさんはヴィクスさんに拾われた孤児で、目をかけられて育てて貰い、家宝の槍を授けられたという。
「そろそろ二回戦が始まるぞ」
お父様の声に私もお母様も、話を止めて前、闘技場の中央に再び目を向けた。
第二試合はヴァルさん対ユン君。
去年の準決勝、リオン対ヴァルさんのカードを思い出す。
個人的にはユン君圧勝に思えるのだけれど、ヴァルさんも優勝候補の一角として下手な勝負はできないだろうし、去年準決勝まで行った以上二回戦で負けたくはないだろう。
どんな試合になるか、楽しみでもある。
「皇国騎士団 ヴァル対 エルディランドのユン! 始め!」
先手必勝!
そんな言葉が聞こえる位の勢いで、試合開始の合図と同時、ヴァルさんが踏み込んだ。
雷の槍、と呼ばれる程にその動きは早く、金の光が弾け散る。
彼の淡い金髪が残像のように見えているのだなとはなんとなく解るのだけれど。
一方のユン君はヴァルさんの激しい打突を長剣一本で綺麗に捌いている。
長剣、と言うよりも、刀?
見るからに『日本刀!』って感じではないけれど、ユン君がエルディランドから持ち込んだ剣は、所謂西洋の長剣、ではなく綺麗な刃紋を宿す独特な刃だったのだ。
右、左、正面、上、下。
緩急をつけ、相手に休む間も与えない突きは常人ならその軌跡さえ見えないスピードで放たれているというのに、決して穿たれることなく流し、逸らし、躱していく。
その動きは優雅で、まるで踊っているかのようだ。
響く鋼の音と火花に彩られ、出来のいい剣舞を見ている気分になる。
「うーん、遊ばれているな」
「お父様?」
二人の戦いに魅入っていた私は突然響いた言葉に目を瞬かせる。
遊び?
どこからどう見ても真剣勝負に見えるのに。
「どちらが、どちらに遊ばれている、というのですか? あなた?」
「遊んでいる、というのは言葉が悪いか?
手玉に取られている、動きを読まれていてる、相手の良いように動かされているというのが正しいな」
「だから、どちらがどちらに?」
「そんなもの見れば解るだろう? ヴァルがク……ユン殿に、だ」
見れば解る、と言われても私には解らない。
お母様もとっさに頷けなかったくらいだから、完全には解ってはいないと思う。
この世界において戦いを見て、感じる相手の『強さ』を計る能力は、上級戦士の特殊技能の一つのようだけれど、この国では勿論世界でもそれが出来る戦士はきっと一握りだ。
気力を奪われた不老不死社会で、それでも己を鍛え高めることを止めなかった人達のみが、同種の存在を察知し、理解するのだろう。
「ヴァルは最初から自分の全力で、相手に挑んで行っている。
様子見や相手の出方を伺う余裕も無い。これは、多分、去年の……リオンとの戦いが心に残っているのだろう。
また子どもに負けたくない。一気に勝負を決める。そんな焦りが見て取れる」
「……そう、ですわね。槍の穂先にブレや乱れがあるような気がします」
「一方でユン殿の気にはブレが無い。美しく、強く、確固たる意志を宿して敵を圧している」
そう言われて見ても、私には槍のブレ、とか乱れとかは解らない。
そもそも、正しい動きが身につくか頭に入っていないと『違う』ことは解らない。
正しい画像の無い間違い探しは、始めから成立しないのだ。
で、解っているお二人は私では解らない、戦いの本質を語る。
「ユン殿は相手の焦りを読み、誘いの隙を作ってそこに攻撃を撃ち込ませ、攻撃を受け流している。動きが優雅過ぎて気付かないかもしれないがな。
完璧で計算されつくした動きだと俺は見る」
「子どもなのに大したものだな。エルディランドは直接戦う事は無かったが強いんだな」
「刃物を作る技術に長けているのかもしれません」
第二皇子トレランス様が感心したような声を上げると頷いた。
「ああ、加えて去年子ども、リオンに良いようあしらわれた事が心の傷になっているのだろう。思い切り動けてもいない。
強者との実力差を気迫や気概で埋められなければ勝ち目などあろう筈はない。
言ってみれば指導されているようなものだ」
刃は固く、峰はしなやか。
操る刀はまるでユン君そのものようだ。
そういえば、日本刀は科学的にかなり合理的に作られているという。
いいな、凄いな。もっと良く見ておくんだったエルディランド。
シュン!
「あっ!」
微かな音と共に斬撃が繰り出された。
槍の穂先が空を仰ぐ。
長く見つめていると私のような素人でも解る。繰り出される連撃が、一瞬弱まるスキが生まれる瞬間があることに。
疲労か、それとも技の仕切り直しか。
不老不死者であろうと疲労はするし、大技の前に力を貯めたい時もきっとあるのだろう。
そんな瞬間の力の緩みを、歴戦の戦士は見逃さない。
いつまでも受け身ではいなかったユン君の反撃は力の抜けた槍先を弾き、間合いを一気に詰めて潰した。そこからさらに追撃。
槍を引き戻し柄で受ける。けれどヴァルさんの抵抗はそこまでだった。
見かけより多分重い体重と勢いを乗せた攻撃を必死で押さえ、なんとかはじき返したと思った瞬間弾かれた勢いさえも刃に乗せ虚空を燕のように円を描いて舞った刃は、下段から槍を弾き飛ばす。
正にコンマ0秒クラスの一瞬の事だった。
槍が飛び、地面に突き刺さる様子を振り返りもせず、ユン君は膝をついたヴァルさんの喉元に刃を突きつける。
「これで、終わりでいいでしょうか?」
「……参りました」
二人の会話ははっきりと聞こえた訳では無い。
ヴァルさんが俯き、多分そう囁いたのだと思うだけだ。
けれどその証拠に審判の旗が上がる。
「勝負あり! エルディランドのユン!」
観客の間から悲鳴じみた声が聞こえる。トトカルチョの一番人気だったらしいからね。
それでも、自分よりかなり背の高い相手に手を差し伸べる少年騎士と、彼の手を断りながらも膝をつき、勝者に敬意を送る姿は美しく。
会場からは大きな拍手が送られたのだった。
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