私達は約二週間の滞在を終えてヒンメルヴェルエクトを後にすることになった。
なんだかんだで夜の二月も終わり、星の月に入った。
今年もあと二か月だ。
「ヒンメルヴェルエクトやシュトルムスルフトではそこまで感じませんでしたが、アルケディウスに戻ったら冬の寒さが厳しそうですね」
「雪がかなり積もっているようですよ」
帰国の準備を整える随員達の声も心なしか明るい。
二国、ううん、七国を巡る旅もこれで一区切り。
まあ、もう国交、他国訪問おしまい、にはできないのが解っているから責任と荷物が肩から降りた、ってことにはならないけれど。それでも帰国はやっぱり嬉しい。
「そろそろ時間です。参りましょう」
「解りました。今行きます」
リオンが迎えに来てくれたので、エスコートしてもらい私はゆっくりと立ち上がってに二週間を過ごした部屋を後にする。
レクテジウム宮殿の右翼、来客の間から翼の廊下を渡って中央の宮へ。
二階の謁見の間に入ると、前に『魔王』を追い払った時のように音を立てて、全員が一気に跪いた。明らかにたくさんの人。
多分、大貴族だけでは無く市民会議の代表さんもいる。特別に見送りに来てくれたのだろうか。
赤いカーペットの上をゆっくり歩いて大公閣下と大公妃様の前に進み出るとお二人も玉座から降りて、膝をついて下さった。
私のような子どもに、といつもながら内心はアセアセなのだけれど、これは多分、けじめのようなものなので狼狽えずに受け入れる。
「アルケディウスの宵闇の星。気高き『聖なる乙女』マリカ皇女。二週間の御指導、誠にありがとうございました」
膝を付けたまま私を仰ぎ見る大公閣下。周囲の公子様達も跪き胸に手を当て敬服の仕草を見せてくれた。
「姫君は正しく、この国を照らす光でございました。
『新しい食』という感動を与えて下さっただけでなく精霊の書物の読み解きによる新しい知識と技術の確立。子ども達の保護と、神殿の正常、清浄化。
そして何より『精霊神』の復活と『魔王』による暗黒の阻止。
御礼の言葉をいくら紡ぎ、織り上げてもこの感謝を表すに相応しき文様にはなりますまい。本当に、ありがとうございます」
「大半は私では無く『精霊神』様のお力でございます。こちらこそ、私のような子どもの言葉に耳を傾け、勝手な行動を許して下さいましたこと、心から感謝申し上げます」
神殿を敵に回しての孤児救出は我ながらかなり強引だったと思っている。
その後の子ども達の受け入れも含めて、感謝しかない。
「叶うのであれば、ヒンメルヴェルエクトに『光の乙女』の再臨を。
我が国は再び夜空に紫紺の星を仰げることを、願い、祈っております」
「私の派遣に関しては皇王陛下が決めることでございますので、今すぐにはお応えはできかねます」
皇王陛下からは軽はずみな返答はするな。言質を取られるなと言われている。
一国への約束は他の国全てへの不公平になる。
やらないならやらない。やるなら全てに平等に。
王族の責任とかめんどくさいけれど、理解はできる。
「ですが、ヒンメルヴェルエクトとの国交は、この訪問で終わりではありません。
今後、技術や知識の交換も続けていき、共に発展していきたいと思っております」
「姫君……」
「国と国の距離は離れておりますが、心は共にあると。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
「そうですね。どうぞ……こちらこそ、末永い国交を賜れますようよろしくお願いいたします」
今まで、ヒンメルヴェルエクトとはほぼ国同士の国交などが無かったのだ。
それがこうして直接の関係を作れるようになっただけでも、大きな進歩だと思う。
通信鏡があれば、即時通信も可能だし、今はまだ言えないけれど距離を縮める方法とかもある。
訪問の終わりは国交のスタート。
そう思ってもらえると嬉しいと思う。
「まずは通信鏡の到着を心待ちにしております。
それまでにこちらも、新技術の改良、強化の研究を進めておきましょう」
「楽しみにしております」
午前中、見せて頂いた石油化学製品などについては本当に興味深い。
ペレットまでできているのだ。
頑張ればきっとプラスチックとかだって作れるようになる。
ゆっくりと立ち上がった大公閣下は私に向けて改めて、お辞儀をすると国の王として、私の雇い主として宣言する。
「ヒンメルヴェルエクトにおける、アルケディウス皇女、マリカ姫の任を終了といたします。本当にありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
私も頭を下げながら息を吐く。とりあえず七国全てでの任務は全うできた。
世界の環境整備の第一歩を、この大陸につけることはできたのではないだろうか?
「ご要望があったとのことですので、アリアンとオルクスを護衛として国境まで出します。
最後までお手数をおかけしますが……」
「お心遣い感謝致します。では、失礼いたします。
エル・トゥルヴィゼクス。ヒンメルヴェルエクトの皆様の上に、光の祝福がありますように」
(光の精霊さん達。集まって……)
私が心の中でそっと祈りを捧げ願うと、周囲がパアッと白熱電灯に照らされたように、あるいは光の粉を散らしたかのように光り輝いた。
見れば、謁見の間全体が光り輝き煌めいている。
祈りの深さに比べるといつもより派手(当社比)。
もしかしたら、光の『精霊神』様も手を貸してくれているのかもしれない。
煌めく光の中、私はもう一度、カテーシー。
丁寧なお辞儀を捧げると、ゆっくりと謁見の間に背を向けた。
階段を降り、下の広間に行くと
「マルガレーテ様」
「マリカ様。この度は我が国に、そして子ども達に光を与えて下さりありがとうございました」
階段下の大広間に公子妃様が待っておられた。
孤児院の子ども達と一緒に。
「ここだけの話ですが、私も実は孤児院の出なのです」
「え?」
「美しさを買われ、大貴族の養女となり、公子様の目に留まり公子妃となりました。
ですから、孤児院の子ども達のことがずっと気になっていたのです。
姫君に子ども達を救って頂けたこと、本当に嬉しゅうございました」
そう言ってマルガレーテ様は深く、お辞儀する。
さりげない、でも美しい仕草に彼女の思いが込められているのが解った。
「ヒンメルヴェルエクトに輝く導きの星。
『光の乙女』に感謝を。どうか、またお会いできる日を楽しみにしております」
リュートと竪琴が静かに爪弾かれ、子ども達の歌声が広間に響く。
ずっと聞いていたかったけれど、公子様に促され、私達は宮殿を、そしてヒンメルヴェルエクトを後にする。
子ども達の澄んだ歌声は長く私の心から消えず響いていた。
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