アドラクィーレ様の舞を見てから数日、私は自分の舞をどう踊ったらいいかを考えていた。
アルケディウス一の舞手という様にアドラクィーレ様の舞は本当に素晴らしかった。
向こうの世界で舞踏団とかに入ってもトップを張れるレベル。
特に足さばきと回転が凄かった。
まるでスケートを履いてるんじゃないかっていうくらいに滑らかに動く足。
駒のように軸が全くぶれず揺れない回転。
アドラクィーレ様が研鑽を重ねて身に着けて来たものだ。
どっちも私が一朝一夕で真似をするのは無理なので、手の動きなどを真似してみようと思う。
あとは思いや視線。
気持ちは少しでも近づけていきたい。
この世界の私の身体はそこそこに性能がいいらしい。
向こうの世界では運動音痴だったけれど、今は普通よりちょっといいくらいに感じている。
反復練習を続ければ、多分少しづつでも上達するだろう。多分。
机の上には、あの日、アドラクィーレ様に頂いたティアラが飾ってある。
お母様にハメられた感はあるけれど、最高峰の舞を見てやる気は出た。
旅の間もコツコツと練習はしていこうと心に決めて振り付けを考える。
旅行前にお母様にチェックして貰わないといけないもんね。
毎日早起きして練習しよう。
大よその振り付けが纏まった頃。
「練習…そういえばアルケディウスに来るようになって、剣の練習をすっかりサボってるなあ」
ふと私は思い出した。
魔王城では少しだけ、剣の練習もしていたことを。
子ども達は私が守らないと、って思ってたから剣の使い方の基本をリオンから教えて貰った。
一緒に勉強を始めたアルは、今もゲシュマック商会の仕事の傍ら練習を続けているらしい。
アーサーも軍に入って扱かれているから多分腕を上げているだろう。
お母様やミーティラ様も騎士の資格をお持ちなのだから剣の腕は確かだ。
その辺のごろつきなどは相手にならないレベルでお強い。
私も、自分の身は自分で守れるくらいの技術は身に着けた方がいいのかもしれない。
お母様かミーティラ様なら教えて下さるだろうか?
と思ったのだけれど。
「ダメです。貴女には必要ありません」
けんもほろろ、一刀両断。
夕食の時間、切りだした私の話をお母様はあっさり、切り捨てた。
「どうしてですか?
何かあった時の為に、護身術くらいは身に着けておいた方がいいかと…」
「そういうのは専門家に任せておくべきです。主の身を護る。その為に護衛騎士は日々研鑽を続けているのですよ。
プラーミァは武を重んじる国なので全員必修でしたが、他国ではそのような事はありませんし護衛対象が半端な知識で前に出られては護衛騎士の迷惑になります」
「…そうですか」
言われてみればその通りだ。
護衛対象が敵に襲われた時、剣をもってしゃしゃり出るなんて護衛騎士の顔を潰すことになる。
勝っても負けても。
「それに実際問題としてそんな時間は貴女には無いでしょう?
週二回の調理実習。皇王陛下とのお茶会という名の打ちあわせ。
それ以外の日は実習店舗の監督と経営、各国から預かっている実習生への対応。
春の野菜や麦の植え付けのシーズンでゲシュマック商会は大忙しだと聞きますよ。
来月からはプラーミァとエルディランドに向かう上に、戻って来れば夏で社交シーズンも始まり、貴族対応も余儀なくされます。
加えて奉納舞とリュートの練習。
アルケディウスで、多分今、一番仕事を抱えているのは貴女ですよ。
空いている時間があったら、とにかく身体と心を休めるべきです」
「それは、そうなのですが…」
項垂れる私に、ティラトリーツェ様の慰めるような声がかかる。
「マリカ。貴女は一人で抱え込み過ぎです。
確かに貴女の代わりを務められる者は少ないですが、でも貴女が全てを一人で為す必要はないのです。
任せられる点は任せ、頼めるところは頼み、少し肩の力を抜きなさい」
「はい…」
何度も何度も言われている事ではあるのだけれど、私はどうにも自分で全てやらないと不安になる。
向こうでの保育士時代から誰かに任せる、ということが苦手なのだ。
じっとしていると不安になる。ちょっとの間にも自分に怠りが無いか確認したくなる。
他の人に頼むのは(例え仕事内の事でも)いけない事。
全て自分でやらなくてはならない、自分の役割なのだから。
そんな脅迫観念じみたものがある。
理由は解らない。向こうの世界でブラック上司に締め付けられた、一種の社畜性格かな、とも思うけれどそれだけじゃない気もするし…。
これでも、向こうの世界にいた時よりは仕事や色々な事で、素直に他の人を頼れるようになってきていると思うけれど。
「…やれやれ。やっぱり、其方には有無を言わさず誰かを付けた方がいいようですね」
「はい?」
「とりあえず、春の視察にはミーティラを付けます。プラーミァ、エルディランド方面には少し昔の事とはいえ、知見がありますから役にたつでしょう。
それに、皇王妃様も其方の為に色々と考えて下さっているようです」
「皇王妃様が?」
「ええ。侍女や護衛士、文官などを当たっているとか。もう候補を絞るところまで行っているようですよ」
「それは…ありがたい事ですが…」
前にも皇王妃様に言われたが、私のように身の回りの世話をするのが侍女が一人だけというのは滅多にない事だそうだ。
ティラトリーツェ様は他国から嫁いできた方なので、信頼できるのがミーティラ様だけだったけれど、今は側仕えや護衛騎士も当たり前にいる。
セリーナの負担も大きいし、今後、他国に行く事や、今の仕事量を考えると、確かにサポートしてくれる人は欲しいけれど。
でも、こういうのは人脈がモノを言うので、貴族の人間関係について最低限しか理解していない私が選抜するのはちょっと無理だ。
っていうか、私に仕えてくれる人なんかいるのだろうか?
「私はやりたいことをさせて頂いているので、それに大人の方を付き合わせてしまうのは我が儘ではないでしょうか?」
「それも仕事というものですよ。まあ、その話しについてはいずれ。
貴女は、とにかくまず、自分の足元を固める事。
自分のやるべき事を無理せず、的確に適切に行うことだけをお考えなさい」
お母様の言う事は正しい。
あれもこれもと手を出しても良い事は無い。
「解りました。色々とご心配をおかけしてすみません。
今は自分のやるべきことを着実にこなして参ります」
「それでいいのです。無理は禁物ですよ」
満足そうに頷き、微笑んだお母様は
「舞の振り付けはできたのですか?」
「はい。大よそは。次の練習の時までに覚えて動いてお見せします」
「よろしい。
ああ、夕食後、部屋に来なさい。授乳の間、子ども達を見ていてほしいのだけれど」
「はい!! ありがとうございます。お母様」
飴と鞭。しっかり叱った分、ご褒美をくれた。
生後三か月。
首が座りかけハンドリングや、視線追いかけ等をするようになった双子ちゃんは、本当に可愛い。
私にとっては、赤ちゃんの面倒を見て一緒にいられる事が最高の幸せなのだ。
その日、私は久しぶりに双子ちゃんと遊んで癒されて、眠りについた。
翌日は皇王陛下とのご機嫌伺い。
水の月の視察旅行の説明と相談もしないとならない。
早く起きて、準備と資料作成しないと…。
前日そんなこんなのやりとりがあったから。
私は心底驚いた。
次の日。皇王陛下と皇王妃様とのお茶会にて
「マリカ。其方に付ける護衛士と文官を紹介します」
「え?」
既に決定事項として皇王妃様に三人の女性を示された時には。
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