ヒンメルヴェルエクトの首都を出て、約三日。
私達は大聖都ルペア・カディナに到着した。
ここからアルケディウスまでは約三日の道のり。
どうしても大聖都で一泊する必要がある。
「お帰りなさいませ。『聖なる乙女』
ご活躍の程、既に大聖都にも伝わっております」
大神殿に到着した私達をルペア・カディナの長。神官長 フェデリクス・アルディクスが出迎えに出ていた。
「神官長様直々のお出迎え、ありがとうございます。
私達はアルケディウスへの帰国の為に寄っただけですので、どうぞお構いなく。
ゆっくりと休ませて頂きたいのですか」
無理だと解っているけれど一応そう頼んでみた。
返事は勿論
「お疲れの所、申し訳ございませんが、そうは参りません」
うん、解ってたけどね。
「今夕、食事の席で構いませんのでどうかお時間を賜りたく。
ヒンメルヴェルエクトにおける神殿長の不正についてと、なにより『魔王』についてお伝えしなければならないことがございます」
「解りました。夕食の手伝いはしなくてもいいですか?」
「司厨長が戻ってきておりますので、今日のところは。
新年の参賀の時にはお知恵を賜りたいと申しておりましたが」
「解りました」
去年の新年に一緒に料理を作ったルペア・カディナの司厨長は確かアルケディウスに料理留学に来ていた筈だ。研修を終えて戻ってきたのなら美味しい食事が食べられるだろう。
私は少しホッとして宿舎に戻ることができた。
到着した時間は昼を過ぎていたのでそれからは晩餐会為の着替えで大忙し。
身支度を整えて、指定された部屋に行くと、中にいたのは神殿長と、後は大神殿の重鎮達。
今回は市民代表は入れて貰えなかったようだ。
「まずはマリカ様。シュトルムスフト、ヒンメルヴェルエクトでの『精霊神復活の儀式』お疲れ様でございました。
これで、全ての『精霊神』様が『魔王』の封印から解放されました。
これより先、大陸は『精霊神』様のお力の恩恵を受けさらに豊かになるでしょう」
乾杯が終わり、料理が始まって間もなく、神殿長はそう言って私をねぎらった。
『神』が封印した『精霊神』様達を復活させて本当に『神』が喜んでいるとは思わないけれど。
「私の力はきっかけでございますが『精霊神』様や各国のお役に立てたのなら幸いです」
「いえ。眷属の復活は『精霊神』様にとって喜ばしいことであると存じます。
また姫君に両国の神殿の不始末を押し付ける形になってしまい、申し訳ありません」
「両国?」
「シュトルムスルフトにおいては国王陛下の力が強く『聖なる乙女』のお力になるようにと申し伝えておいたのですがお役に立てませんでした。
ヒンメルヴェルエクトにおいては『神殿長』の不正を暴いて頂くなど。監督不行き届きでお手数をおかけして、お恥ずかしい限りでございます」
「いいえ。こちらこそ出しゃばってしまい申し訳ありませんでした。
不正の対応に迅速に動いて頂いたこと、心から感謝しています」
これは本当。
大神殿が早急に対応してくれたことで子ども達を早く救出することができたのだからそこに文句は無い。
「元、神殿長パレンテースは大神殿に戻り、下級神官に降格となりました。
後任にもしっかりとした教育を行い再発防止に努める所存にございます」
「期待しています」
子ども達はもう別の場所に保護したからそこまで焦る必要はもう無いけれど、今後各国で精霊の力を必要とする新しい産業が始まると神殿の神官たちの需要も上がる。
神官をお金を取って貸し出すのは仕方ない。でも貸し出す方、貸される側どちらの為にもしっかりとしたシステムを作った方がいいと思う。
アルケディウスの神殿は正式な料金表を作り、外で仕事をしてきた人にはちゃんと給料が与えられるようにした。借りる側は料金が途中で変わらなくていいというし、貸される側も今まで中抜きされて殆ど手元に来なかった給料が入る様になって喜んでるし。
「アルケディウスの神殿はマリカ様が神殿長となられたことで、会計が清浄化し、税収も増大。神官達にも活気が出て、能力も上がっていると評判でございます」
「私はお飾りの神殿長ですから。神官達の努力の結果ですよ」
「いえいえ、数字はなかなかに正直でして」
私を神殿に括る代償に大神殿はアルケディウスにおける神殿取り分の人民税を放棄して国に収めている。
でも神殿費は減っているのに神官たちのやる気は増大、仕事も増えて。
新しい産業が始まったり『新しい食』が広まったりしたことで人民税以外の税収も各国うなぎ上りに上がって人民税を放棄しても税収激減、というわけでは無いんだって。
「『聖なる乙女』の御威光には頭が下がるばかりです」
「私のことは別にいいのです。それよりも『魔王』についてのことをお話下さいませ」
私は話を逸らす為半分、気になっていた半分で神殿長に本題を向ける。
「ヒンメルヴェルエクトに『魔王』を名乗り現れたエリクス様は本当に大聖都にいらっしゃったエリクス様なのですか? 勇者の転生がどうしてあのようなお姿で『魔王』を名乗ることに?」
「彼は、間違いなくエリクスです。残念ながら彼は魔王に精神を乗っ取られてしまったようですね」
「魔王に精神を乗っ取られた?」
神殿長は静かに目を伏せるとカトラリーをテーブルに置き、私を見た。さっきの神殿長達についての話よりずっと深刻そうな眼差しで。
「ヒンメルヴェルエクトには本物が現れたそうですが、実はあの日、七国全てで『魔王エリクス』を名乗る存在が目撃されました。空中に黒き翼を広げて飛び、声高に魔王の復活を宣言、人々の隷従を命じています。
不思議な事にどの国、その場所でも空を見上げればその姿が見られたということです。
空には蓋をしたような深い暗雲が立ち込め、あわや暗黒の世界の再来かと皆怯えていたのです。
幸い、光の『精霊神』と姫君のおかげで事なきを得ましたが。流石『神』の『乙女』」
「ですから、私の事はいいのです。問題なのはなぜ、エリクス様が魔王に精神を乗っ取られたのですか?」
「……これは、大神殿の者でも一部の者しか知らぬ秘中の秘。くれぐれもご内密に頂きたいのですが……」
「はい」
声を潜めた神官長は私の後ろ、随員達。
その中でも多分リオンを見やり
「実は、大神殿が『勇者の転生』を探し保護するのはこのような事を防ぐ為でございました。
『勇者の転生』はその体内に『魔王』の魂を宿しているのです」
「え?」
とんでもないことを口にした、
「『勇者』は『魔王』を倒した時にその身に呪いを受けました。
魔王は己の魂を『勇者』の魂に憑りつかせ『勇者』が復活する時、共に蘇り再びこの世を暗黒の世界にする、と」
「ですが、お父様は、戦士ライオットは申しておりました。『魔王』と呼び、『勇者』が倒した相手は女性であると。
一昨年『魔王復活』を宣言した男女二人ではありませんでしたか?」
「はい。正確に言うのであれば『魔王』というのは一人では無いのです。
ライオット皇子は決戦の場に立ち会えないからご存じではないのかもしれませんが『神』に『精霊神』に力を供給する『聖なる乙女』がいるように『魔王』にも力の源となる女性が存在します。彼らはどちらかが、倒れればどちらかの器に魂を隠し、どちらかが復活すれば、もう片方も目覚め完全な一対になるべく互いに呼び合うのです。
一昨年『女魔王』が復活し、エリクスに呼びかけた。その時に傍らに連れていたモノは『リーガ』と呼ばれていましたから、魔王ではなく部下、配下であったのでしょう。
それが呼び水となり、内なる魔王が目覚めた。そう我々は考えています」
うーん、大神官も小説家の才能がありそう。
後だしじゃんけんとはいえ、よくこれだけそれっぽい設定作れたものだ。
「エリクスの変化に気付き、処置を施そうとしたのですが、『魔王』の手の者に奪われてしまいました。心配していたのですが探す手段もなく、『勇者』が『魔王』に連れ去られたなどと公開することもできず、困っていたところにあのようなことが……」
一応、筋は通ってるかな。
真実を知っている私達にとってはガバガバもいいところだけれど。
「現在、神殿の全てを上げて『魔王』の行方を追っています。
どうやらかつて使っていた魔王城の島ではない場所に拠点を定めている様子ですが、まだ発見には至っていません」
魔王城の島にはいない、と言って貰えた事はホッとする。
海から突撃とかされたらこちらも困るし、突撃する側も危険だ。
「ですので『聖なる乙女』どうか、御決断を頂きたく」
「え? なんのですか?」
突然、話を向けられて首を傾げる私に大神官は言い放つ。
「アルケディウスを出て、大神殿にお戻りください」
と。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!