この世界には、向こうの世界と同じ食材が結構ある。
というか、全く違うこの世界だけの食材っていうのはあまり見られない。
桃と梨の混合種かな、と思うピアンとかリンゴそっくりだけど、赤だけじゃなくて、黄色とかピンクとか、緑とか色々な色が一本の木になるサフィーレ。
不思議な事に色が違っても、味はそんなに変わらなかったりする。
そういう外見が違うものは多少あるけれど、基本は向こうの世界と同じ野菜、キノコなどがこの世界にもある。
麦やお米 リアはそのまんまだし。
あ。
麦は、私が麦って呼んでしまっているけれど実はこの世界での呼び名はグラーナという、大麦はデ・グラーナ。
デというのは多分、大きいっていう意味なので小麦、大麦で脳内変換してる。
説明するのを忘れていただけではあるのでツッコまないで欲しい。
世界各国を巡って、不思議に思う事もあったのだけれど、この世界。
気候とそれに適した野菜は、向こうの世界にかなり近い気がする。
その野菜を栽培するのに適した気候環境であれば、森とか平原、あるいは道すがらにポロッと野菜が自生していたりする。
しかも私が向こうで食べていたのとかなり近いやつが。
向こうの世界の自生種野生種などは、もっと違うものだったんじゃないかな、と思うけれどこっちのは、今の所見つけた野菜の殆どが馴染んだ味で美味しくて助かっている。
大地や植物の精霊の力、で一度蒔いたり植えた野菜類は枯れたりすることが殆ど無いのも嬉しい。
で、何を言いたいかというと
「リア、アルケディウスでも育てられないかなあ」
だ。
小麦の栽培はアルケディウスと魔王城ではほぼ安定してきた。
今年、各領地で栽培して貰っている小麦が収穫できればまだ、国中全てに三食行き渡る、まではいかないけれど、皇族や貴族が一日二食を食べて、一般の人が時々元気を出したい時などに食事をする分くらいはなんとかなると思う。
今年収穫分は試験栽培なので、来年以降もっと増えればさらに多くの人が食を楽しめるようになる。
小麦は間違いなく世界の主食、最重要穀物だけれども、少し食べる為に手間がかかるのが玉に瑕だ。
脱穀して乾燥させて粉にして、その粉を加工させないと食べられない。
その点、リア……お米は便利だ。皮をむいて煮炊きすれば最低限食べられる。
そのまま食べるとシンプルであまり味が無いけれど、おかずと一緒に食べると最高だしご飯に味を付けるバリエーションも様々だ。
「わあ、今日は、リアのおむすび? 楽しみだね」
外でご飯を炊いていると子ども達が集まってくるくらいには、みんなも大好きになっている。
でもリアをアルケディウスで育てるのは今の所、難しいと聞いている。
リアは、育成環境を作るのも食べられるようになるまで育てるのも、かなり大変で手間がかかる。
しかもアルケディウスはエルディランドよりもかなり寒冷なので育ちにくいのだそうだ。
「ああ、でも魔王城の島ならできるかもしれませんよ」
そう言ったのはフェイだ。
魔王城の島は気候的にはロシア並の寒さのアルケディウスよりなお寒い筈なのだけれど、何故か、北限とか関係なしに野菜や果物が育つ。
流石に南方の植物がたわわにって訳ではないのだけれど。
ただ、育成には魔術師、もしくは精霊術士の力がいるという。
術の力を使わないと、子ども達だけではかなり辛い農作業になるだろう。と。
今は精霊術士二人と魔術師が、定期的に畑を見て、精霊に力を注ぎ、精霊も力を付けて来たからだいぶ楽になったけれど、最初の頃の麦の育成は大変だった。
子ども達に草むしりとか頑張って貰ったもんね。
この上、新しい穀物栽培を一から、とかを子ども達メインでは大変過ぎる。
私達も留守がちだし。
当面はエルディランドからの輸入に頼るしかないかと思う。
残念だけど。凄く、残念だけど。
「今日はね。ミクルの炊き込みご飯なの。美味しいよ~」
私も日本人だから、ご飯もののバリエーションが一番多い。
最近は竃炊きご飯でも、色々な味ごはんに挑戦している。
子ども達もやっぱり、白ご飯より味が付いたものの方が好きみたい。
今日のメニューは母直伝ミクル(くるみ)ご飯だ。
リアを洗って、醤油、お酒などで味をつけ、すりつぶしたミクルを混ぜ込んで出来上がり。
細かく切ったミクルも混ぜると歯ごたえが出る。
子ども達が取って来てくれたサフィーレのリンゴジュースを、谷川の冷たい清水で割る。
ご飯には濃厚100パーセントジュースはちょっと濃いからね。⁴
ベーコンの炭火焼き。燻製卵。
シャロやキャロも焼いて、簡単野外バーベキューもどきだ。
「美味しい!」「マリカ姉のごはん、大好き」
子ども達の褒め言葉と、綺麗なお皿が素直に嬉しい。
「マリカ様の新作手料理を振舞って頂いた、などと言ったらタートザッヘ様や、皇王陛下が羨ましがりますわね」
コロコロと鈴が鳴るような美しい笑みでソレルティアが笑う。
勿論、手にはミクルご飯のおむすびをしっかり確保して。
「最近タートザッヘ様は、特にお忙しくていらっしゃいますから。このミクルご飯のおむすびなど、仕事をしながら食べられると喜びそう」
「そうなんですか?」
「ええ。マリカ様が請け負ってきた諸国への『通信鏡』製作を行ったり、あと活版印刷、ですか?
新しい技法の試作品の準備をアーヴェントルクや、地元の鉄工房と打ち合わせたり」
「あー。なんだかすみません」
タートザッヘ様の仕事が増えた理由は確実に私だ。言いわけのしようがない。
ここにはいないけどなんとなく、謝らずにはいられない感じだ。
「別に姫様はお気になさらず。
タートザッヘ様は本当に楽しそうでいらっしゃいますから」
「そうですか?」
「ええ。フェイが去年合格して入ってくるまでは、本当に孤高の切れ者文官長であったのが、今年は冗談などもおっしゃるようになられて……、新技術の開発や新しい知識に目を輝かせておられますの」
「それなら、いいのですけれど……」
「私も……」
「え?」
小さな、零れるような囁きを聞きとめた私に、誤魔化すことなくソレルティアは首を振って見せる。
「いえ、私も去年の今頃とは雲泥の差であるな、と思っただけです。
昨年の今頃は、能力の寿命に怯え、宮廷魔術師の地位から追われるかと震える日々でした。
今だから、そしてフェイがいないから申し上げますが、フェイの杖を奪えばもう一度、宮廷魔術師として返り咲けるのではないかと思っていたのです」
「ああ、そういうこともありましたね」
去年の今頃、よりもう少し後、かな?
フェイの文官採用試験。
そしてソレルティア様との真剣勝負は。
「あの頃は想像もできませんでした。
杖と正式に契約し、転移術を使える不老不死前に近い魔術師に戻れるとか、魔王城の島に足を踏み入れて、貴重な蔵書を読み、皇女様手ずから作って頂いた料理を食べるとか。
本当に、長生きはするものですね」
タートザッヘ様もだけれど、ソレルティアも去年、最初に出会った頃よりも生き生きしている。
「全て、姫様やフェイと出会えたおかげ。
『星』と『精霊』から賜りし出会いと祝福に心から感謝しておりますわ」
「私も、ソレルティア様と出会えて本当に良かったと思っています。
フェイの事、改めて宜しくお願いしますね」
「ええ、お任せ下さい。
数年後には世界中の大貴族、紳士淑女が喉から手を出して欲しがる、最高の貴公子、そして魔術師に育てて見せますから」
魔術師として最高スペックを持つフェイの唯一の弱点は世間知らずな事。
対人関係だ。
それをアルケディウス最高の文官二人が鍛え上げてくれるのなら、敵も死角も無くなるだろうと思う。
舞踏会で、貴婦人達から羨望の眼差しで見られるフェイを想像すると、確かにちょっと楽しい。
「あ、そうだ。ファミーちゃん。ちょっと来て」
「はーい。何ですか? マリカさま」
セリーナと並んで食事をしていたファミーちゃんが、お皿を横に置いて走って来る。
食事の邪魔をして悪かったなと、反省しつつファミーちゃんと、セリーナに横に置いてあった包みを開いて中身を見せた。
「これ、どう思う?」
中に入っていたのは剣とペンダント。
薄紅色の水晶のついた丸い、可愛らしい石を白銀の細いワイヤーで枠に固定してある。
シンプルだけとワイヤーは唐草風で葉っぱなどもついている。
この真ん中の石をきっと花に見立てているのだ。
「うわー。かわいい!」
ファミーちゃんは一目見た途端、そんな声を溢した。
確かに可愛いペンダントだけれども、ファミーちゃんの視線は不思議に石からずれた斜め上を見ているようで……。
「かわいい女の子! 私とおともだちになってくれる?」
うん、どうやら彼女にはこのペンダント『精霊石』の『精霊』が見えているっぽい。
「うれしい! ありがとう!! ……って、あ!」
しまった、というような顔でファミーちゃんが私を見る。
まだあげる、って言われた訳じゃないからね。
素直で真面目ないい子だ。
「あの……マリカ、様。
このペンダント……は?」
「うん、『精霊石』のペンダント。石に『精霊』がいるの。ファミーちゃんに見えた?」
「はい! エリセお姉ちゃんのペンダントにいるのとよく似た、可愛い女の子がいました!
それで……その……」
「欲しい?」
「ほしいです! 下さい!」
「ファミー」
「はい、どうぞ」
見るからに高価な品物だと解るので。セリーナは慌てて止めようとしたけれど。
ファミーちゃんが素直に、真っ直ぐに願ってくれたので私は、そっとその首にペンダントをかけた。
「うわあ~」
零れる星の光のように瞳を輝かせてファミーちゃんは石を手の平に乗せる。
宝物庫から出て、選んだ主の元に辿り着いた事を喜ぶように、石が煌めいた。
いや、それは多分、呼びかけ、だったんだろうと思う。
「? アトナ? アトナフェリッシュ?」
ファミーちゃんの『呼び声』に一際強く輝いた『精霊石』直ぐに静けさを取り戻す。
その透明な石奥に小さな虹を宿して。
「すごーい。ファミーちゃん。もう精霊さんの名前が聞こえたの?」
「名前? あれ、お名前? きこえたから読んだだけ……」
「胸に届いた言葉、それは『精霊石』の名前であるそうです。自らの主に力を貸す術者の石、の。
貴方は、その『精霊石』に主として選ばれたのですよ」
意味が解らずぼんやりとするファミーちゃんをエリセとソレルティア。
二人の術者が祝福する。
「あるじ?」
「ええ、望むなら貴女は、精霊の術士として精霊と心を通わせて、共に生きる事ができます」
「あるじ、じゃなくっておともだちは、ダメ?」
「ダメじゃないよ。私とエルシュトラーシェちゃんもお友達だもん」
「じゃあ、うれしい。私、アトナちゃんとおともだちになって、なかよくするの!」
「いっしょ♪ お揃いだね!」
手を握り合い、嬉しそうに飛び跳ねるエリセとファミーちゃん。
それを見つめる私の後ろで
クスッと。
ソレルティアの笑みが零れたのが聞こえた。
「幼い子どもの、無垢な想いは、見てていて幸せな気持ちになりますね」
「ええ。今後の為に精霊の術士を育てたい、という意図はあるのですが、精霊と人の絆がやはり大事だと思いますから……。
それで、ソレルティア様」
「皆までおっしゃらないで下さい。マリカ様。
あの子、ファミーの事は私が後見いたします。もしあの子が魔王城から出てアルケディウスで術士として生きる事を願うなら、全力で教育、援助、保護致しますわ」
「お願いします」
手を取り合い、笑い合う二人。ううん。四人の少女達。
彼女達のような存在が広がっていけば、精霊と人が心を繋いでいくことができれば。
いつか、世界にもっと幸せがひろがっていくんじゃないかと思う。
例えばリアのおむすびを、どこでも誰でも食べられる。
そんな小さいけれど、ステキな幸せが。
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