正直、何がどうしてどうなったのかは解らない。
この個室に入れられて、祈りを捧げたら『神』と思しき謎の人物? が現れて。
私の心を奪おうとしたから抵抗したら、変な触手を仕掛けて来て私を連れて行こうとしたのだ。
精一杯あがいてもダメで、必死にリオンに助けを求めた。
そこで、意識はぷっつりと途切れている。
アーレリオス様の声を聞いた様な……。
暖かい光の中で微睡んでいたのかな? 私の意識は、突然パチンと音を立てて風船が割れるように途切れて、身体に戻っていた。
この地下室にも不思議に響いた鐘の音が、最初に感じたもの。
聴覚、視覚、触覚。徐々に体に感覚が戻っていくけれどその度に身体に重しがかけられたように苦しさを感じる。
凄く凄く、身体が怠い。力、目いっぱい吸いとられたみたいだ。
「しっかりしろ。マリカ」
「……あ?」
「マリカ!」
「え? リオン?」
気が付けば私の目の前にリオンの心配そうな顔が見える。
と、同時、少しだけ体が軽くなった。頭も働き始める。
えっと。ここ『神』の聖域だよね? いつ、リオン入ってきたんだろう?
というか『神』はどこ?
「『神』は帰った。お前のサークレットを通してアーレリオス様が来て、追い払ってくれたんだ」
「リオンも……助けに来てくれたの?」
「お前の……声が聞こえたからな……」
照れたように苦笑しながら、リオンは私の身体を支え、ゆっくりと起こし、座らせてくれる。
「そう……ありがとう。助かった。このまま連れていかれるんじゃないかって怖かった」
「間に合って、良かった。動けるか?」
「……あ、ダメ、かも。身体から、全部力が抜けて動かない」
手もプラプラ。足も自分のじゃないみたい。あの触手に巻かれた時相当に力を持っていかれったっぽい。
思い出したら体温も一気に下がったみたい。冬の石造りの部屋な事を差し引いても寒気がする。
気持ち悪い。
「どうしよう。私が戻って杖を返さないと儀式が終わらないんだよね」
さっき、新年の鐘が鳴った。時間はもうあんまりない。
「………………! マリカ。口づけてもいいか?」
「え? な、なに? いきなり?」
真剣に、本当に真剣に何かを思い悩んでいたらしいリオンが、唐突に私を見る。
優しくて露に濡れたような眼差しは、さっきの怖い『神』の瞳とは大違いだって思う。
「俺の力を、お前に送るだけだ。
俺は取るのは得意だけれど、送るのは得意じゃない。お前は与えることはできるけれど、受け取り慣れてない。身体も弱ってるし直接体液と一緒に送るのが一番だと……思う」
真っ赤な顔はエナのよう。
ああ、そうか。人工呼吸みたいなものだ。
リオンが、こんな状況下。性欲私欲でそんなことを言う筈もない。
「……いいよ。お願い……」
「悪いな」
「謝らないで。必要な事だし、私はリオンとキスするの、イヤじゃないから」
うん。嫌じゃない。
だから目を閉じて顔を上に向ける。少しの逡巡。その後、リオンの体温が近づいてくるのが解った。緊張に強張った唇が重ねられるとぴりぴりと電流が走ったように、でも心地よい感覚が広がっていく。身体が痺れる様な感覚に酔っているうちに、唇が割られてリオンの舌が躊躇いがちに入ってきた。
そっか。今回はリオンの力を、貰うんだもんね。
少し口を開いて、リオンを受け入れた。唇だけじゃない。手、背中、肩、触れ合ったところから身体が熱くなる。
リオンの力が本当に注ぎ込まれてきているのだと解る。
私を探す様なリオンの舌に私は自分から舌を近づけた。
官能小説のように舌を絡めて、なんてことはちょっとできないけれどお互いを一番近い所で触れ合って感じると、力が沸き上がってくるのを感じた。
不思議なくらい気持ち良くって、暖かくて……。口づけのぬくもりが力が奪われて冷え切った身体に体温を戻してくれるように感じた。ずっと、このままでいられたら……。
永遠のような一瞬が過ぎ、フッとリオンが離れていった。
「あっ」
心が寂しいと訴えているけれど
「どうだ? 動けるか?」
「あ、うん。大丈夫。前より調子いい感じ?」
身体は正直だ。疲労や怠さが一気に消えた感じで頭と体がスッキリする。
「多分、それは一時的なものだ。戻ったらゆっくり休めよ」
「うん。ありがとう」
そっと、エスコートするように私を立たせてくれたリオンは、床に転がった杖を私に手渡すと後ずさる。何か愛しいものを見る眼差しで、でも明確な意図をもって離れた。
「リオン?」
「俺は、転移で戻る。ここからは一緒に出られないだろ?」
「あ、そうか。見つかったら大変だもんね」
一人で入ってきた部屋にリオンがいたことがバレたり、一緒に出たりしたら大変なことになる。
「詳しい話はまた後で、な」
「うん。ありがとう。リオン」
名残惜しそうに微笑んで、リオンは転移。その姿を消した。
私は杖を握りしめ、扉を開ける。
詳しい話は後で聞こう。いろいろと予想外だったけれどまずは役目を終えないと。
私が扉を開けると、待っていた小姓さんがまた、外への道を案内してくれた。
聖堂に戻ると、少し驚いた眼差しで神官長が私を見つめていたのが忘れられない。
もしかしたら『神』が私を連れ去ることを想定したのかも。
聖堂全体も騒めいている。どうしたのかな?
とりあえず、神官長の前で膝を折り、光の宿った杖を手渡すと、彼はそれを受け取って高く掲げた。
「見るがいい。『神』は我々にかつてない祝福を授けて下さった。
今年一年も間違いなく、我らの行く先を光と祝福が照らすだろう。『聖なる乙女』がそれを証明しているのだから」
私? 首を捻る間もなく
「エル・トゥルヴィゼクス! 我らが大地に光あれ!」
神官長が掲げた杖の先から光が生まれ、神殿中を照らしていく。
「エル・トゥルヴィゼクス!! 我らが大地に光あれ!!」
真っ暗だった神殿が一気に100ワット電球をつけたように明るくなり、人々の顔も明るくなった。
「新しい年に栄光を!」「新しい年に栄光を!!」
大神官の声に唱和するように人々の歓声が上がっていくのを見て、私はホッとする。
とりあえず、儀式はやり終えられたようだ。
やがて祭壇から降りる大神官が、私の手を取ってエスコートしてくれた。
これ、退場していいってことだよね。
ドッと疲れた。
祭壇を降り、一度だけ振り返ってお辞儀をする。
ざわりと、観客席が揺れたように感じたけど、まあ、これはいつもの『聖なる乙女』効果でしょ。
私はそう思うことにした。
とにもかくにも疲れたので、頭がいつもより働かない。
神官長に促されるまま、奥の院に戻った。
「マリカ様。本日は、本当にお疲れ様でございました」
「無事、役目を果たせたようでホッとしました」
神官長が躊躇もなく、私の前に膝をつき敬服の姿勢をとる。
「マリカ様はやはり、一つの国が独占してはならぬ宵闇の星。
それを今日の儀式で実感いたしました。おそらく、礼拝に参加した皆がそう思ったことでしょう?」
「いつもの手順通りのことではないのですか?」
私はアンヌティーレ様が仕切るいつもの儀式、が解らないからなんとも言いようがない。
「詳しい話は後程。国王会議や舞踏会にて。
とりあえず、今はお疲れでしょうからお身体をお休め下さいませ」
「ありがとうございます。正直、疲れているので助かります」
「お疲れ様でございました。『聖なる乙女』の上に『神』の祝福があらんことを」
そう言って、神官長は恭しくお辞儀をすると去っていった。
「マリカ様!」
「カマラ……」
儀式に参加していたカマラが私に駆け寄ってきた。
「儀式で、何があったのか、伺ってもよろしいですか?」
「え? どうして?」
「そ、それは……」
「カマラ様、その話は後にいたしましょう。今は、お疲れのお身体を休めて頂かないと」
何か言いたげだったカマラは、マイアさんに押しのけられるように後ろに下がってしまう。
「マイアさん!」
「まずはお休みになる。全てはそれからでございます」
私の反応もどこ吹く風。マイアさんは私の服を脱がせ、夜着に着替えさせ寝室に押し込んだ。ミュールズさんやカマラと話す暇もない。
「入浴などはお目覚めになってから行います。化粧も申し訳ありませんがそのままで。
今は、御身を休めさせて頂くことが最優先ですので」
「……解りました」
まあ、疲れていたのは確かなので、そのままベッドに入り、瞬間泥のように眠りについた。
だから、自分の変化に気が付かなかったのだ。
「え? うそ、なんで?」
おまぬけな事に私が気が付いたのは新年一日目の昼過ぎで、その時、初めて周囲のざわつきの理由が解った。
私の黒髪が、金髪に代わっていたから。
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