舞踏会翌日の朝、改めて私は公主様とお会いした。
お互いにごく僅かの側近だけを連れての非公式会談。
でも、フリュッスカイト滞在中の計画を打ち合わせる大事な場だ。
その始まり
「長旅の直後に、仕事をお願いして本当にごめんなさい。
加えて舞踏会では子ども達や大貴族達がそれぞれ迷惑をかけたようで申し訳なかったわ」
勿体なくも公主様は私のような子どもに頭を下げて下さる。
「本当に、姫君に無礼はなりませんよ。と釘を刺しておいたのに、大貴族達も息子達も私の言う事など聞かないのだから……」
顎に手を当て、はあ、とため息を吐き出す公主様に私は必死で手を横に振って見せる。
「いえ、最初はちょっとビックリしましたがメルクーリオ様やフェリーチェ様にも大変よくして頂きましたし、ソレイル様とも顔を合わせる事ができましたし……それに」
「それに?」
「……公主様の計画であったのではありませんか?」
「何が?」
「舞踏会の騒動を予測できながら放置した事、です。
公子メルクーリオ様の立場と実力をしっかりと、有無を言わせない形で知らしめたり、ソレイル公を私達に紹介するのに」
「あら、どうしてそう思われるのかしら?」
「なんとなく、というか、カンですが。
知恵を重んじるフリュッスカイト。そのトップたる公主様が本気で大貴族達を御せていないわけはないかなあって」
今まで各国を巡りその国の王族や貴族、大貴族と渡り合ってきた。
そして思ったのは五百年以上の間、国と民を支えて来た王様はどこもタダ者じゃなくって、私なんか及びもつかない知恵者ばかりだってことだ。
アルケディウスの皇王陛下は勿論だけれど、プラーミァのベフェルティルング王もエルディランドのホワンディオ様も深い見識をもっておられた。アーヴェントルクの皇帝陛下だって、奥様がやらかす事を予測し、それを止める為に皇子を上手に動かしていた。
まあ、予測してたんならもっと早く止めてよ、と思わなくも無いけれど、きっとその辺が『君主』の才なんじゃないかと思う。
ただ、止めるだけでは、また同じことが繰り返されてしまう。
例えばアーヴェントルクの例なら、あえて実行させることで、(多分邪魔になっていた)皇妃様を正当に除外、皇子に自覚を促す。とか。
先の先を読んでより良い結果を出す為に、人を動かすのは『王』の能力。
ベフェルティルング王なんて初対面の時から私を利用してきたもんね。
交渉を思い通りに運ぶ為にあえて弱みやスキを作り、そこを狙ってきた相手を一網打尽とか。数手先の有利の為に今は負けておくとか。
その場その場の対応で手いっぱいの私にはまだまだとても真似できない。
「過分の評価、ありがたいことですが、私は本当に大貴族達に甘い汁を吸われてばかりの非力な女公主に過ぎませんわ」
くすくす、と扇で口元を隠し公主様は笑っておられるけれど、本当に非力な女公主はそんなことを自分で言わないと思う。
きっと甘い汁を吸われたっていうのも……。
「まあ、その辺は置いておきましょうか。
マリカ様の貴重なフリュッスカイトでの時間を無駄にするわけにはまいりませんから」
「解りました。またの機会にでも」
上手に話を躱された感はあるけれど、深追いする必要はない。
「まず、マリカ様のお仕事についてですが、今日はゆっくりお休み下さいませ」
「いいんですか?」
「到着初日からお仕事をお願いし、安息日も無しに指導、晩餐会、舞踏会、と御心労をおかけしたのです。ですからその分、どうぞごゆるりと。
ご希望があれば、マルスリーヌ商会のオリーヴァ畑を見に行けるように手配してありますが」
「本当ですか?」
「ええ、フェリーチェがはりきって差配していたようです。いかがですか?」
「ぜひ!」
自分でも目の色が変わった事は自覚している。
多分、後ろでリオンやフェイはため息ついてる。けど仕方ない。
オリーブの畑なんて向こうでもこっちでも見るの初めてだもの。
ぜひ見たい。
「大聖都でお話した通り、今が丁度収穫シーズンです。
銀葉煌めくオリーヴァの木から、緑や赤紫の実が覗く様はとても美しいですよ」
「ぜひ見てみたいです」
「では、一の風の刻頃に迎えを差し向けます。楽しんできて下さいな」
今日はお休みで、オリーヴァ畑と工場見学、明日からは午前中は調理指導、午後からはメルクーリオ様と『精霊の知識』の情報交換。と言う形で話は決まった。
滞在期間中、もう一日お休みが頂けることになっているのでその時はフリュッスカイトをゴンドラで巡るか海を見るか考えたいと思う。
「あ、『精霊神』へ舞を捧げて欲しい、というご要望があったように思うのですが?」
「姫君さえ宜しければ、ぜひ。
現在、神殿と調整をしておりますので御計画の最後にでも入れて頂けますと幸いです」
「解りました」
「私は、姫君を本当に見込んでおりますの。
早く来ていただけないかと念願していたのも本当のこと。
ぜひフリュッスカイトを楽しみ、そしてこの国の昇らぬ太陽に導きを。
『聖なる乙女』の恵みを賜りたいと存じます」
公主様の言葉に、微妙な含みを感じるけれど、とりあえずは気にしない。
まずは何よりオリーヴァ畑だ。
でも、完全に浮かれきっていた私は
「楽しみ楽しみ、あ、アルとプリーツィエも誘おう」
「まったく、マリカは目先の餌に直ぐ飛びつく」
面会を終えた後、私はちょっと呆れた様に目元を押さえるリオンに怒られた。
「別に餌に飛びついた訳じゃないもん。仕事だよ。
フリュッスカイトのオリーヴァ油は、今後アルケディウスの為に絶対に必要な重要輸出品目なんだから」
一応反論してみるけど、リオンの溜息はますます大きくなる。
「よく考えろ。昨日の今日、だぞ。お前が外に出ると知られたら昨日、遠ざけられた公爵や大貴族共が近づいてくるとは思わないのか?
プラーミァの時のことを思い出せ」
「あ……」
そういえば、確かに城を出た時に、待ち伏せていた大貴族に絡まれたことがあったっけ。
さらに追い打ちをかけるのはフェイだ。
「それに畑でしょう? 大事にされた畑であれば精霊の力が強く、それとマリカ達を狙って魔性が来る可能性だってありますよ」
「うっ……」
言われてみれば確かにそういう危険性もあったか。
でも……。
「……じゃあ、行っちゃダメ?」
行きたい。
せっかくフリュッスカイトに来たんだもん。
生前は海外旅行なんて殆どできなかったんだもん。
異国情緒溢れ、ゴンドラで行きかう街を、実り豊かなオリーヴァの畑を。
搾りたてのオイルを。諦めたくない。
「ダメ、とは言ってない。
その為に護衛がいるんだし、多分、公主様も考えて下さっているだろう」
目元を潤ませた私に、リオンは素直に譲ってくれた。
「やった!」
「俺は、餌に釣られて軽はずみな返事はするんじゃないって言ってるんだ。
良く考えて行動しろよ」
「うん! 気を付ける」
いや、解ってたんだけどね。
君主方々の好意はただの好意じゃない。
計算や思惑で縁取られているって。
オリーヴァ農園見学に浮かれていた私がそれを思い出したのは、出発の時。
約束の時間、準備を整えて待っていた私を迎えに来てくれたのは
「お待たせいたしました姫君。
カージュの農園には連絡をしてあります。参りましょう」
フェリーチェ様と
「今日は、公主家からの護衛として同行させて頂きます。宜しくお願いします」
ルイヴィル様。そして
「ソレイル様……」
「母上と兄上から、姫君の護衛を命じられました。
どうか、御同道をお許しいただけないでしょうか?」
膝をつく少年公 ソレイル君だったから。
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