色々と仕事に追われているうちに火の一月も半ばが過ぎた。
大神殿から正式に礼大祭の招待状、参加要請が届いたのはそんなある日の事だ。
私は神殿に呼び出されて、改めて話を聞く。
大神殿の礼大祭、は各国のそれとやはり色々と違うらしかった。
「大神殿の大祭は、火の二月 最初の木の日に行われます。
姫君におかれましては二日前までに大神殿に行幸を賜りたくお願い申し上げます」
私に説明をしてくれたのは、アルケディウスの大神殿を守るフラーブ。
彼は私の留守を守るので同行はしないけれど、細かい説明や準備を仰せつかっているという。
「最初の木の日の二日前、ということは来週の頭には旅行の準備を整えて出立しなければならない、ということですね」
「そうなります。
姫君が身の回りの者や随員をお連れにならず、大神殿の者達に全て任せる、というのであれば転移陣を使って頂いてもいいのですが……」
「随員の転移陣の使用は不可、と?」
「はい。大神殿の最奥、中枢に跳びますので神官長、神殿長、それに準ずる者以外の使用は原則禁止されております。
一度の使用定員も一名ですから」
「それでしたら、いつもの通り馬車で行きます。
護衛も使用人もいない大神殿に一人で行くのはちょっと怖いです」
「大神殿で『聖なる乙女』を害する者など一人もおりませんが……」
フラーブは笑うけど、嫌だ。絶対。
大神殿は敵陣。間違いなく。
「私も礼大祭は司祭の時代に数度見た事があるだけです。
儀式の内容についても姫君にお伝えせよ、と命じられた範囲でしか存じませんが」
彼はそう前置いて私達に説明してくれる。
「礼大祭は三日間あります。本礼祭と前夜祭、後夜祭。
姫君が舞を舞われるのは一度だけ、本礼祭の時のみです。
外に築かれた祭壇の上で姫君には舞を踊って頂きます」
「私、奉納の舞は一種類しか存じませんが、それで大丈夫ですよね」
「問題ありません。本礼祭の舞の奉納が、『聖なる乙女』の一番の仕事となります」
「一番の、というのことは他にもあるんですか?」
神殿に行って『精霊神』復活の時と同じ舞を舞えばいいと思っていたけれど、どうやらそうではないようだ。
嫌な予感。
はい、と頷いてフラーブは続ける。
「基本的な儀式の進行は神官長が行います。
姫君は、その後について歩いて下さい。
そうして促された時、
皆の前で『神』と『精霊』に祈りを捧げ祝福の歌を歌って頂く事になるでしょう」
いきなり出て来た飛んでも発言に私は思わず頓狂な声を上げてしまう。
「歌? 聞いてませんよ? 私、そんな歌知りません!」
「『神』に祈りを捧げる歌です。
ホントに短いものですから直ぐに覚えられますよ」
そう言ってフラーブは楽譜を渡してくれる。
この世界の音階はドレミとは表現しないけれど、音階はほぼ同じ。
アレクが王宮で楽師として勤めるようになったから、私もいくつか、この世界の楽譜の法則を見せて貰って覚えた。
割と覚えやすく歌いやすい。
で。渡された楽譜を見れば、確かに一枚で短い。
歌詞を読んでみる。
尊き我らが神よ。愛しき精霊よ。
我等を守り給え。
貴方の愛に包まれるなら、我々に恐れはない。
神と精霊の名において、我らはその務めを今、果す。
我らの力と思いをここに捧ぐ。
どうか我らを導き給え。
といった感じ。
正しく讃美歌だ。
でも、これ無防備に唄ったら絶対に精霊が来そう。
あ、来た方がいいのか。
儀式的には。
「儀式には自分の楽師を使って構いませんか?」
「構わないと思います。神殿にも楽師は何名もおりますが……」
なら、アレクに頼もう。
アレクのリュートが一番安心できる。
「大神殿に到着してからの三日間、儀式が終わるまでは司祭以外の男性との会話、接触は禁止です。
禊をし、身体を清め式典に専念して頂く事になりましょう。
姫君の御身は大神殿でお守りし身の回りのお世話は大神殿の女性神官が行いますので、側仕えも護衛も不要なのですが…」
「それは、断固として拒否します。
周囲に誰も知り合いがいない所で、知らない人に身体を弄ばれて三日間も過ごせなんて嫌ですから」
「弄ばれ、とはまた人聞きがよろしくない……」
「でも、禊されたり身体に触れられたりするのでしょう?
怖いです」
「……神官長に問い合わせてみましょう。姫君はまだ幼くていらっしゃいますから、お許しが出るかもしれません」
「そうして下さい。準備は神官の方にして頂くにしてもできれば最低でも護衛と側仕えで二人。
できれば三人は一緒に大神殿に連れて行きたいです」
「お伝えしておきます」
孤立無援の状況下で一人にされたら何をされるか解らない。
絶対にカマラとミュールズさんは連れて行きたい。
できればセリーナかノアール。ミーティラ様も連れていければいいのだけれど……。
「あ、後、精霊獣は連れて行って構いませんか?」
「これも神官長に確認いたします。今まで類のないことですから」
今迄何度も助けて頂いた。
甘えてばかりだけれど、今回は敵の本拠地で、殆ど味方の無い場所での戦いだ。
ついて来て頂けるようになんとかお願いしよう。
「大よその流れはそのような形になります。
詳しい手順は現地で、神官長からお話があることでしょう。
『神』と『精霊』に愛される姫君です。
きっと滞りなく儀式は行われることと存じます」
「そうだといいのですが……」
自信満々に笑うフラーブと対照的に、私には不安しかないのだけれど。
とにもかくにも、引き受けるしかないのだし、やるしかない。
お母様やリオン達と情報も共有して、とにかく無事式典を終えられるように頑張ろうと思った。
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