『精霊の貴人』
かつて、精霊国 エルトゥリアを治めていた女王で、どうやら私の前世らしい。
今もって自覚に記憶も全く無いけれど、みんながそういうのならそうなのだろうし、その力があるのなら、私の悲願。子どもが自由に、幸せに生きられる世界の実現の為に使い倒すことに躊躇いはない。
不老不死前発生前は、珍しくはあってもごく稀に国を出て、七国と交流したり、魔王と戦うこともあったらしいと聞く。
皇王陛下、皇王妃様など国の上層部は記憶されている人もいるようだけれども……。
私はアインカウフを見る。
「『精霊の貴人』というのは不老不死前、隠れ里を治めていたという魔術師の長、だと皇王陛下がお話して下さいましたが、貴方も知っているのですか? アインカウフ?」
「不老不死前の二十年程は一番、魔王の力が強く、魔性が暴れていた時代でございました。
その以前、よく魔性から人々を救って下さった精霊国の戦士を覚えているのは王宮よりも、むしろ市民街の古老の方が多いかもしれません。
最も、長年の変わらぬ日々や実は、彼女こそが魔王であったという『神』の告知もありましたから、私のように思っている者がどれほどいるかは知りませんが」
剥げているせいで少し若い印象があるけれど、ギルド長だし息子もたくさんいて孫もいる。
年齢的には皇王陛下と同じくらいなのかも。
「魔術師や戦士を率いて自らも前線に立つ『精霊の貴人』
若いころには彼女を護る精霊の術師や、精霊国の戦士に憧れたこともありました。
家業を継がなくてはならなかったですし、適正もありませんでしたので夢とか憧れ以前の話ですが、腕と才があれば稀に『精霊国』の招き入れられる事もあった時代でしたから。
それもある時以降無くなりましたが」
「『ある時』?」
「不老不死の始まる二十数年前のある時を最後に、『精霊の貴人』が大陸に現れることは無くなりました。精霊国の商人の訪れも同様に。
以降、それまで多少なりとも統率を守っていた魔性達は暴走をはじめ、人の手には負えなくなり、勇者アルフィリーガが現れるまでの最も濃い暗黒時代に入るのです」
今まで、毎日の仕事をこなすのが精いっぱいで、歴史とかあんまり気にしたことが無かった。
私が知っているこの世界、大陸の歴史は聖典のあやふやな描写も含めると
1 この世界の誕生 『星』がこの世界に現れ、『精霊神』と精霊を齎す。
2 『精霊神』が七国を建国。人の身になって子孫を作り、その子が『七精霊の子』と呼ばれて各国の王になる。
『精霊神』は力を使い果たして眠りにつく?
3 魔王の降臨と『神』の登場。
この時期にもしかしたら『精霊神』封印?
『神』は『星』の代行者と名乗ってその後、権力を伸ばしていく。
4 『精霊の貴人』の登場
魔性や魔王と戦い人々を護る。
5 『精霊の貴人』が表舞台から姿を消す。
魔性大暴れの暗黒期
6 勇者アルフィリーガと、仲間たちの登場。
魔王を倒し、己の命と力の全てを捧げて人々を不老不死にする。
という流れのみで、その間にそれぞれ何年くらいの時間があったのかも分からない。
今のアインカウフの話が正しいとすれば、4の終わりと5の始まりは20年くらい前のことでその後、勇者アルフィリーガが現れ、世を救ったとなる。
勇者アルフィリーガの没年は16歳、だったっけ?
「多く者はもう覚えてもいないでしょうが『精霊の貴人』が訪れる度に同行者から齎された様々な質の良い『精霊国』の品は紛れもなく、国を豊かにしたのです。
我が店は代々見込まれ『精霊国』の商品を扱うことを許されていました。
それが我が商会が、アルケディウス第一の商会となる基礎。
腕のいい職人技の装飾品や武器、カレドナイトの道具から、上質の精霊上布、血止めや病に効く薬まで。
製法は秘密とされ、殆どのものが国での再現は不可能。
故にそれを扱う事ができるのは商人にとって誇りであり憧れでした」
私が頭の中で、そんなぐちゃぐちゃと歴史計算をしているなどとはきっと露とも知らず、アインカウフは熱の籠った語りを続ける。
『『精霊国』は宝の国。『精霊』は人々に幸せを齎す。
かの国の者達の輝かしい姿をみるにつけ、自分もかの国に行きたい、幸福を手に入れたいと願ったものです」
なるほど。それで精霊金貨がバカ高い値段ながらも流出したり、『幸運の小精霊』なんて言葉が生まれたり、大祭の精霊が幸せを齎すなんて噂があっさりと浸透したりしたのか。
「不老不死発生後、世界から『精霊』の力は極端に減少しました。
貴族王族はまだしも、我々平民に残ったのは『精霊国』時代の本当に僅かな残滓のみ。
不老不死前は誰でも、は無理ですが、多くの者が当たり前に使えた火を起こす、灯りを付ける、暖を取る。そんな精霊道具さえ今は、殆ど残っておりません」
秋の大祭でチーズフォンデュに使った火を維持する精霊道具も、一般には使われていないって聞いたし、生活魔術を使うことを嫌う魔術師も多いという。
アインカウフの話からしても本当に今は人々の生活に『精霊の力』は消え失せているのだと実感する。
魔王城には魔王城の精霊が管理するエターナルライトの魔術があるし、お風呂も精霊術で沸かしてたし、冬も魔術で暖かい。
快適生活ができていた魔王城を考えると、王侯貴族であっても確かにこちらの生活は不便が多い。一般人ならなおのことだろう。
「私は、この国に『精霊』の力による豊かさを取り戻したいのです。
勿論、それによって利益を得たいという意図はありますが、古き時代に確かにあり、今は無くなってしまった便利さと活気を取り戻したいというのが、私の願いにございます」
うん、はっきりと利益追求も目的だと断言する姿勢は一回り回って清々しさもある。
「手荒な手に出てしまいましたが求めるのはただ一つ。
我が店に、この国に『精霊の加護』を再び。
その為であるのならあらゆる手を尽くして、金を惜しむつもりもございません」
逞しい商魂も含めて嫌いじゃないなあ、こういう前向きな姿勢は。
「故に精霊の祝福と加護篤き『聖なる乙女』
どうか、叶うのであれば『精霊神』と大いなる『精霊』の加護を当店にも。
なにとぞ、お願いいたします」
「『大祭の精霊』と繋ぐことはできません。
彼らの出現は私の意思の及ぶところではありませんから」
「姫君……」
アインカウフの絶望したような顔が見える。
でも、これは嘘では無いんだよね。
私が『大祭の精霊』になって大祭に行きたいと思っても、お父様やお母様、皇王陛下の許可なしには行けないから。
「ですが、貴方の提案は考慮します。
古の知識を調べ、復活させて『精霊』の恵み豊かな国にしたいという動きはあるのです」
「それは!」
「まだまだ計画研究段階ですし、途絶えた技術や知識を取り戻すことが、食生活だけをとっても簡単な事ではないのが解るでしょう。その時には力を貸してほしいと頼むことがあるかもしれません」
通信鏡とか魔術結界とか、転移魔方陣とかについてはフェイやタートザッヘ様達が研究を進めている。今は王宮だけを繋ぐ通信鏡も、廉価版とかができれば、いずれは電話のように一般化できるかもしれない。
さっき、アインカウフが言っていたような生活に使う精霊術道具もできるなら復活させたい。
「技術の販売提供などについては、王宮の意向もあるのでここで確約はできませんが、一般化、販売することとなれば実力のある商会の手が必要になるでしょう。その時は贔屓なく全ての商会から希望者を募ります。それだけの熱意と自信があるのなら実力で勝ち取ることができるでしょう?」
「無論。独断専行を許したガルフの食や、姫君との縁によって奪われたシュライフェ商会の衣服や美容品でもないかぎり、対等の場から入札を始めるのであればガルナシア商会が他社に追従を許すことはありません」
ここで優先販売を認める、なんて私が言うと絶対に怒られるし勝手に決めていいことではない。でもそれだけの熱意があるのならチャンスがあれば、掴むことは可能だろう。
確かに食や化粧品は、他の商会に話を持っていく間もなく独占させてしまったけれど、私は別段アインカウフやガルナシア商会そのものに悪意とかもってないし。
怖いけれど。
「印刷業でも飲食関係でも見せてくれたガルナシア商会の実力は否定していませんし、むしろ頼りにしています。利益をただ求めるだけでなく相手の立場を考えて、『精霊』であろうとも敬意をもった対応を期待していますよ」
微かにアインカウフが顔と眉を上げたのが解った。
あれ? 何か私、変な事言った?
でも、アインカウフは意味深に笑った後は改めて膝を折り、深く礼を取る。
「かしこまりました。そのお言葉を胸に、今後のお声掛けをお待ちしております。
我が敬意と忠誠を『聖なる乙女』に」
その後、アインカウフは改めてお詫びにと山のような献上品を送ってきた。
大祭が終わったこともあり『大祭の二人』を使った商売はきっぱりと止めたらしいけれど幸運を呼ぶ『大祭の精霊』の肖像画販売は続けている。
質が上がったそれは今も廃れない『大祭の精霊』の噂と共にけっこうな人気らしいけれど。
「困ったわね」
と話を聞いたお母様は頭を抱えている。
「どうしてです?」
「今はいいけれど、後、三年もすれば貴女の成長がこの絵に追いついてしまうでしょう?
そうしたらやはり『大祭の精霊』は『皇女マリカ』と関係が、って思われてしまうわよ」
「ああ! そういう事も……」
すっぱりとそういう危険性がすっぽ抜けていた。
だから『精霊神』や皇族の絵画って販売禁止になってたのかな?
「まあ、皇族が成人したらどちらにしても街に降りるなんてできなくなるでしょうし、大人になって貴女が『精霊の貴人』の姿になれば『精霊の化身』と騒がれるのは避けられないわね。
今のうちに開き直って遊んでおきなさい」
「そんな~~~」
大人になるのは楽しみだったけれど、そう言われるとちょっと怖くなった大祭後の騒動の後始末、その1。だった。
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