皇王陛下からのお願いは、ぶっちゃけるなら
「『精霊神』の復活を改めて知らしめ、『皇王家』と『精霊』の力を大貴族達にがっつり植え付けたい」
ということだった。
これからいろいろな事業を展開していく。その過程で勝手なことをされないように力関係を明確にして置きたいんだって。
なら視覚効果があるものがいいと思う。
「この国は木国で『木の王』ですし植物関係が多分強いですよね? 種から花を咲かせるなんてできますか?」
ラス様は、自然と命を司る、って言ってた。
木と呼ぶのがこの場合樹木、ではなく植物の意味を表すのだろうなと思ったらやっぱりそうだったみたいで
『アーベル』
『精霊神』様の呼び声で姿を現してくれた『木の王』アーベルシュトラムはすぐに頷いてくれた。
『できることはできます。ただ、花から種に戻すのはできません。花をさらに成長させて種にすることはできますけれど、かなり『精霊の貴人』のお力を使わせていただくことになりますよ。シュヴェールヴァッフェには命令する力と素質はあっても、術を起動させる『気力』が殆どありませんし、種には精霊がいないので』
「別に力を使い果たす、とかでないのならいいです」
「孫にばかり負担をかけるわけにもいきませぬ故、私からもできるだけ……」
以前、フェイがフィールドワークの時に、植物の急成長は大地と植物そのものにかなり負担をかけると言っていた。
今回はその負担を私と皇王陛下と木の王の精霊石で分け合うことになった。
献血みたいだね。
「じゃあ、これからの時間、できるだけ花の種を集めて貰って、会場を花で埋め尽くすみたいな感じにするのはどうでしょうか?
視覚効果抜群ですし、花が嫌いな人ってあんまりいませんし」
私はそう提案してみた。『木の王の杖』と『木の国の王族魔術師』の復活なんだから華やかな植物でアピールするのがいいだろう。
『咲かせた花はどうするの?』
「欲しい方は持ち帰って貰って、余ったもの種に戻すか、ドライフラワーやポプリにします。無駄に捨てたりはしませんよ」
『それなら、まあ、いいかな?』
花びらだけ使うというのもアリだけれど、そうすると花をむしらなきゃいけなくて手間がかかるしちょっとかわいそうだから。
「あと、フェイかソレルティア様にも手伝ってもらいましょう。
風の魔術で花の種をぱーっと空気中に散らして、それを咲かせたりするときっとより驚いてもらえそうに思います」
花吹雪はマジックや、舞台演出の定番だ。
実際には種から咲かせるのだけれど、空気中に種を蒔き散らすことで何もないところから花が咲いた様に見えるだろう。
「お前は人の心を掴む技法に長けているな?」
「そんなに専門家ってわけじゃないですけれど」
心理学は保育士の必修科目だ。出し物で手品などをすることが多かったからマジックなどの「可能な事を不可能に見せる」技術もそれなりに勉強したし。
「解った。私はこれから会議がある。其方も準備があるだろう。
花の種などを集めさせるので昼休憩の時に、一度また来て練習を手伝ってほしい」
「かしこまりました」
王宮のお風呂を借りて身支度を整え、練習を手伝い、バタバタしているうちに開幕の時間になった。
お母様にもお父様にも事情を話しておこうかな、と思ったんだけれど。
「皆には実際に行うまで内緒にしておいて欲しい。驚かせたいからな」
と言われてしまっては黙るしかない。皇王陛下けっこうお茶目さんだ。
そうして、私達は時間ギリまで準備して練習して、本番の晩餐会に臨んだ。
もちろん、練習で咲かせた花はもったいないので晩餐会のテーブルや壁などに飾って貰う。花があると部屋が明るくなる気がする。
始まった晩餐会については心配する必要は無いのが解っている。
ザーフトラク様とマルコさんの渾身の料理だ。
今回は麦酒も飲み放題で、女性陣にはいろいろな果物で割った炭酸水を提供してみた。
だいぶ、新しい食に慣れてきたアルケディウスの大貴族にも、諸外国の名産品をふんだんに使った料理は好評で最後のデザートまで、皆、うっとりした表情で幸せの味を堪能していたみたいだ。うん、大成功。
こうしてがっちりと胃袋を掴んでおけば反抗とかの芽も出にくいと思う。
で、続く舞踏会。
今回皇王陛下の思惑としては、私に対する個人的な申し入れは極力遠ざけたい。
なおかつイレギュラーは極力排除して、皇王陛下の思惑通りに事を進めたいとのお話。
「なので、お前の出し物を利用させてもらうぞ、マリカ」
「はい?」
そう言って、皇王陛下は『舞踏会』をほぼ取りやめ、演劇鑑賞会にしてしまったのだ。
元々、舞踏会で貴族にお披露目する予定だったし、別に変わらないかなと思ったのだけれどふたを開けてみたら
「これはこれは……父上も思い切ったことをする」
「どういうことです?」
お父様は苦笑してた。
仮設舞台の前は小さなテーブルと椅子が十八+四つ。
つまりは完全にそれぞれの領地と、皇王家に別れていたのだ。
舞踏会というのは主に社交の場であるのだけれど、その社交を席ごとに分けた観劇で完全に遮断した形になる。
「つまり、貴女への突貫と共に、大貴族同士の共謀も排除したのですわ」
大祭の後の舞踏会は、皇族には出席の義務がある為、私も出なくてはならない。
で、出る以上、話しかけてきた相手には返事をしなければならない。
私はこの社交期間中、とーっても忙しかった。
アーヴェントルクに、大聖都、フリュッスカイトと外国に行ったり、騎士試験があったり、孤児院問題があったり、とほぼ休みなしだったので山なす面会申し込みは、ほぼお母様がシャットダウンして下さっていたと聞く。
今、大貴族達はなんとか自領に収入源となる産品を見出そうとしたいと躍起になっている。一刻も早く自分の料理人を実習店舗に入れて、自領で新しい食を広めたいという思いもある。
だから、ここでなんとか私と直接会話して、一発逆転を狙おうとした大貴族達もいただろうとお母様はおっしゃったことで気が付いた。
それを皇王陛下は、フリーの時間を奪うことで防御したということか。
相変わらず策士だな。皇王陛下。
最初は不満っぽいものも見られたようだけれど、劇が始まるとみんな夢中。
大貴族は逆にこういうお芝居を見たことがある人が少ないらしい。
勇者伝説の劇じゃないと怒るものもなく、集中して見ている。
お父様やお母様も、私が終盤、こっそりと抜け出したのに気が付かないくらいに。
特にお父様の反応が良かったのは嬉しかった。リオンと同じく勇者伝説の劇、嫌っておられたそうだから。
「マリカ様」
「ソレルティア様」
「皇王陛下がお呼びです」
「解りました」
ソレルティア様の転移術で舞台袖に飛んで、私は既に準備万端で待つ皇王陛下に頭を下げた。
「待っていたぞ。今回は劇が終わり、舞台挨拶が終わったらすぐに会を閉じられるように時間配分した」
「はい」
劇の途中休憩を長めに取り、その辺計算しているであろうことは解っていた。
「目立つことは私がやる。お前は真摯に祈りを捧げ、私に力を貸してくれればそれで良い」
「かしこまりました。……後で、お父様とお母様に怒られたときは助けて下さいね」
「任せておけ。では、いくぞ」
劇が喝采の中終わり、万雷の拍手と共にカーテンコールで閉じられた幕の後ろに私達は立った。
「すまぬな。暫し場所を借りる」
無言で舞台袖に下がり膝をつくエンテシウス達劇団員に声をかける皇王陛下。
空気が読めるエンテシウスの返事は小さな頷きと、劇団員への合図だった。
音もなく舞台の幕が上がり
「え?」「皇王陛下?」
観客席、広間が驚きに一瞬騒めいた。
「楽しい時間は瞬く間に過ぎ去るものだ」
けれど、たった一言。
皇王陛下の深く静かな声が会場中に響き渡った途端騒めきは嘘のように止まる。
まるで打たれた後の水面のように。
舞台の上からってけっこう観客席の人の顔とか解るので、お父様とお母様が驚いているのも見えたけど、今は自分の役割に集中。
「其方達も記憶にまだ残っているだろう。
一年前のこの日、この時。アルケディウスに幸せを運ぶ小精霊が舞い降りたことを。
あれからたった一年。けれどアルケディウスはそれまでの五百年と比較できないほどに変化し躍進を遂げた」
丁寧なお辞儀をして膝をつき、目を閉じる。
大聖都での礼大祭から少しづつ瞑想やコントロールの練習をして、なんとなく自分の中にある『気力』とかがコントロールできるようになってきた気がする。
「『精霊神』が復活され、アルケディウスの大地には再び力が戻っている。
そして皇王家にも第三皇子家の双子、間もなく生まれる第一皇子の子と祝福が続いている。
約束しよう。今年より来年、来年よりさらに次の年とアルケディウスは飛躍を続ける。
『精霊神』より力を賜りし皇王家の名にかけて。
その証を今、ここに示さん」
私は心を込めて、祈り、願う。
皇王陛下の術が成功しますように、私の力を贈る気持ちで。
「レ・エル・リピスロストーク!」
皇王陛下が、呪文と共に王勺を掲げる。
と、同時舞台下のソレルティア様が風の術を仕掛け、集めたたくさんの花の種を観客席の頭上に飛ばした。
そのままだと種が貴族達の上に落下するだけ。でも
王勺が碧の光を発したと次の瞬間、会場全体が奇跡に包まれる。
「うわあっ!」「花の雨?」
空中から花が溢れた。本当に。雨のように。
花花花。
コスモス、カモミール、ラベンダー、スカビオサ、ダリア、桜草、菫。
春夏秋関係なく、種から生まれる花々が文字通り雨のように人々に降り注いだのだ。
花の香りも混ざり合い、むせ返るようだけど不快じゃない。
むしろ優しく幸せな思いに包まれる。
よっし、こっちも大成功。
「王族……魔術師?」
誰かが呟いたのが聞こえた。
私の横には立体映像のように淡い光を放ち微笑むアーベルシュトラムがいる。
「皆に姿を見せて大丈夫?」
『大丈夫でございます。かつても王権と守護を示すために人々に姿は良く見せておりましたので』
「『精霊神』復活によりアルケディウス皇王家は国の守護精霊『木の王』の再臨を賜った」
大貴族達が皆、目を見開き、息を呑んだのが解った。いかに大貴族といえど、本物の『精霊』を見る機会はそう無かった筈だ。
本物の高位精霊が王族を守護している。その視覚効果は半端ない。
ぽかんと、口を開けていたりする者も少なくない。
「『精霊神』と『木の王』の御名にかけて、アルケディウス皇王が祝福する。
良き冬を、良き新年を、そして良き春を。
我が国に精霊の祝福と、『聖なる乙女』、そして皆の協力ある限りアルケディウスの輝きは続く。それを約してここに大祭の終わりを宣言する」
皇王陛下が杖を掲げるとほぼ同時。
大祭の終わりを告げる一番大きな鐘が鳴り響いた。
私は鐘の音と同時に姿を消したアーベルシュトラムを確認した皇王陛下の手を取り舞台袖に下がっていく。タイミングを合わせて幕を下ろしてくれた劇団員さん達グッジョブ。
こうして秋の大祭は幕を閉じた。
ホッと一安心。
「よくやった。ほぼ思うとおりにできたと思う。礼を言うぞ」
「お役に立てて、良かったです。でも、本当にこの後、助けて下さいね」
幕が閉まる直前に視線が合ったお母様の表情がちょっと忘れられない。
大祭の精霊も含めて、今回も色々と騒動を起こしてしまった秋の大祭。
様々な後始末がこの後待っていることは、勿論解っているけれどね。
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