社交シーズンが始まると、当然ながら毎日が忙しくなる。
スケジュールはかなりびっちりだ。
「えっと、今日は戦勝を願う皇家の宴。
一日安息日を置いて出陣の儀
戦が終わるまでは、派閥の方達との交流やお茶会ですか?」
皇家の宴の前、お母様との打ちあわせの時間が設けられた。
衣装の準備とその他、色々。
今後についてなど話し合っておかなければならないことが沢山ある。
「お茶会に関しては皇王妃様主催など特別なものいくつかを除いては無理に出る必要はありません。
貴方は戦勝を祝う帰還の儀式。
その舞に全力を尽くしなさい」
「ありがとうございます。助かります」
実際ゲシュマック商会の貴族区画実習店の方の仕事も溜まっているし、新しい食材のレシピを皇家の料理人さん達に教えたりもしないといけない。
孤児院の方にも顔を出したいけれど、かなりギリギリの線だと思う。
リオンは戦を三日で終わらせると言い切ったから、大祭まで通常なら三週間だけれど移動を含めて二週間強で戻って来る可能が高い。
なんでも前倒しにして考えておかないと。
「儀式では必要ありませんが、予行練習では能力を押さえなさい。
精霊達には出てこないように事前に祈りを捧げてね」
「はい」
今回は振り付けを見て貰うだけだから余計な騒ぎは極力避けたい。
何も起こらない事でメリーディエーラ様やアドラクィーレ様はがっかりするかもしれないけれど、安全が第一だ。
木板にスケジュールを書き込みながら私は確認する。
「地の一月に大祭が終わったら地の二月はアーヴェントルク行きですね。
火の月は何かありましたけっけ?」
「火の二月の始まりに、大神殿での儀礼があります。
年に一度、聖なる乙女が大衆の前で舞いを舞う大神殿で一番大きな儀式です。
風の一月の間にフリュッスカイトに行って、戻ってきたらカマラの騎士試験。
その前に文官採用試験がありますが、誰か受験しますか?」
「いいえ、今年は無いと思います」
魔王城の魔術師二人、エリセとニムルはゲシュマック商会の仕事で忙しい。
アルも無理に王宮勤めをしたいとは思っていないようなので今年は文官試験はスルーでいいと思う。
一方でカマラは騎士試験を受けて、準騎士資格を目指すというので騎士試験時期には外出できない。
皇女の護衛がいつまでも無冠ではいられないと言っていた。
私は気にしないけど、頑張りやさんだから応援はするつもりだ。
去年の戦いの様子からしてアーサーやクリス、アルも騎士試験突破は難しいと思うから、今年の身内の参加はカマラだけになると思う。
風の月が終わって空の月になればフリュッスカイトとの戦、大祭、そして冬になる。
夜の月の間に秋国二カ国に行って、戻ってくる頃には、星の月。
星の月が終われば一年も終わりだ。
こうしてみるとホントにタイトスケジュール。
夜の月の双子ちゃんの誕生祝いとかはしたいんだけどできるかな?
「まあ、先の事ばかり考えていても仕方ありません。
一つ一つ丁寧に片づけていくことです」
「はい。お母様」
言われる通り、先の事ばかり考えていても仕方がない。
まずは、今日の戦勝を願う宴と、奉納舞の予行練習だね。
私はアレクとギリギリまで練習して宴に望んだのだった。
戦勝を願う宴は皇家の家族のみの晩餐会。
そして、奉納舞の予行練習がメインとなる。
「先日は色々とご心配をおかけしました」
晩餐会の席で、私は皇王家の方々にお詫びを申し上げる。
昨日の始まりの宴では、周囲の目があってちゃんとご挨拶できなかったからね。
『神』の降臨騒動は私のせいじゃないけれど。
「まったくだ。あんな騒動になるとは思ってもいなかった。
肝を冷やしたぞ」
「あまりマリカ厳しく怒らないで下さいな。あの騒動はどちらかというと私のせいです」
呆れた様に肩を上げるケントニス皇子をアドラクィーレ様が宥める。
そして
「ごめんなさいね。マリカ。
まさか『聖なる乙女』のサークレットにあんな秘密が隠されているとはまったく思ってもみなかったの」
アドラクィーレ様は私に謝罪して下さった。
驚く程素直に。ちょっとビックリだ。
「いえ、アドラクィーレ様のせいでもないです。
あんな物騒なものを押し付けて来た大聖都が悪いんです」
うん、悪いのは大聖都と『神』だ。
「むしろ、事情をご存知のアドラクィーレ様がアルケディウスにいて下さったことを幸運に思います。
うかつに奉納舞や、大神殿での儀式のときに身に付けていたら、もっととんでもない事になっていましたから」
「ありがとう。そう言ってくれると少し胸のつかえがとれた気分です」
本気で心配して下さっていたのだと思う。
静かに微笑んだアドラクィーレ様は、
「マリカ」
「なんでしょうか? アドラクィーレ様」
なんだか真剣な眼差しをで私を見る。
「アーヴェントルクに行く時には細心の注意を払いなさい。
真実の『聖なる乙女』の誕生を、多分あの国は喜びません」
「それは…」
「詳しくは予行練習の後で」
「解りました」
今回のメニューは猪肉の角煮をメインとして仕立てた。
とろりとした味わいは諸国王方も絶賛した品だ。
煮汁に付けた半熟煮卵は絶品だと自負してる。
ご飯の方が合うとは思うけれども、トンポーロ―饅なんてのあるくらいだったから、パンとの相性も悪くない。
後はサラダチキンとサーシュラのサラダに、シャロのグラタン風スープ。
鯵の南蛮漬けで味のバランスを考えたつもりではある。
デザートは今が旬のオランジュのクレープシュゼット。バニラアイスを添えれば幸せしかない。
料理はほぼザーフトラク様にお任せして安心だ。
最近はザーフトラク様もオリジナル改良メニューを作り始めているらしい。
材料や調味料も揃ってきた。
料理界の未来は明るい。
「今回の遠征ではちゃんと予算を取って、兵士達に食事をさせようかと思っている」
食事をとりながら、ケントニス様がそう笑った。
前回はリオンがほぼ持ち出しで兵士達に食事を振舞った。
現地調達の焼肉くらいだったけれど、それでも他の部隊が羨むくらいに兵士の意欲、活気が違っていたのだという。
「ゲシュマック商会からエルディランドのリアを買い取り追加輸入もした。
旅先でオーブンなどは使えないから、簡単に煮て食えるリアの方が向いているだろうという話になってな」
「良い判断であると思います」
「麦酒は勝利した時用と言ってある。まだ味を知らぬ者も多いからな。
必死で戦うだろう」
ケントニス様、一応才覚はあるんだな。
と失礼な事を思う。
麦酒はまだ今年の麦の収穫前なのでエクトール荘領でのみしか作られていない。
お金を出しても買えない貴重な麦酒を10樽確保して、勝利したら振舞うと言えば兵士達の意気も上がるだろう。
実際、今回は例年よりも一般兵の埋まりが早かったそうだ。
リオンの部隊に入りたいと言ってきた人物も多く、競争率は凄い事になって、その分精鋭が集まっているとリオンは嬉しそうだった。
「短期決戦で一気に片付ける予定だ。
アーヴェントルクにはいつも上から目線で見られているからな。
今回はほえ面をかかせてやる」
「宜しくお願いいたします」
アーヴェントルクにとってはケントニス様は娘の夫の立場。
負け越しているらしいし、きっと複雑なものが色々あるのだろうな。
でも、夏の戦のすぐ後に行く身としては負けて見下されるよりは、色々微妙であっても勝って行った方が気持ちの上で楽だ。
頑張ってほしい。
食事と色々な打ち合わせを終えた後、私は着替えの為に先に退席した。
舞の衣装に着替えて、今度は大広間に。
エスコートはリオンだ。
プラーミァやエルディランドでの必死の時とは違う。
アルケディウス皇女として科せられた、私の仕事。
奉納舞は果たしてどんな評価を下されるか。
精霊神復活はズルでなんとかなるとしても、舞の技術としてはどうなのか。
役割を果たせるだけのレベルに達しているのか。
色々と緊張する。
「マリカ…そのドレス…良く似合ってる」
「え? リオン?」
バクバクと緊張に高鳴っていた心臓はリオンの一言に音を止め、一瞬の後またとんでもない速さで動き始める。
もしかして、私の事、褒めてくれた?
「心配しなくていい。
マリカの舞は上達しているし、きっと精霊も、皆も認め、喜んでくれる」
顔を真っ赤にしながら褒めてくれるリオンの言葉には、嘘は感じられない。
私の気持ちを軽くする為だと解っていても、本当にそう思ってくれていると解るから。
思わず顔が綻ぶ。
緊張が吹き飛んで気分がアゲアゲになる。
よし、リオンがそう思ってくれるなら恥ずかしい舞はできない。
まだ付け焼刃で正直自信は無いけれど。
でも、子どもなりの全力で頑張ろう。
大広間の扉を開けて舞台に立つ。
皇王陛下や皇王妃様。
お父様やお母様。
そして何より名手 アドラクィーレ様。
突き刺さるような視線を受けて、私は深呼吸。
側に控えるアレクとリオンに頷いて、踊り始める。
異世界の奉納舞。
精霊の舞を。
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