【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

地国 聖なる乙女の決意

公開日時: 2022年7月9日(土) 08:47
文字数:4,227

 エルディランドの王宮は、ハチの巣を突いたような大騒ぎになっている。 

 それもその筈、エルディランドの第一皇子 スーダイ様が昏睡状態に陥ったからだ。


 不老不死世界に基本、怪我や病気は無い。

 殴打されたりすると、内臓にダメージは行くけれど、剣で切られてもほぼ傷はつかない。

 いわば完全に身体が固定されている状態で、欠損しても元に戻るのだという。

 良くも悪くも「不老不死になった時点」に固定されるので若返るわけでも、良くなるわけでもない。

 お年寄りはお年寄りのまま、太っている人は太っているまま永遠を生きる事になる。

 不老不死時点で病気だった人は、その病気を抱えたまま不老不死になるのか、と思ったっけ。

 実例はまだ聞いたことが無いけど。

 向こうの世界みたいに病気の早期発見。

 治療ができるわけじゃないから多少の苦しさを抱えつつ生きている人は他にもいるのかもしれない。


 じゃなくって。


「昏睡状態? なんで? 不老不死じゃないの?」


 フィールドワーク翌日の麗水宮。

 使者から話を聞いた時に、唖然としたのはきっと私だけじゃない。

 

「我々も、驚いているのです。五百年近い不老不死時代、未だかつてこんな事例は発生したことがない」

 

 事情を説明に来て下さったグアン王子が眉を顰めため息をついた。

 

「大王陛下は神殿に問い合わせているようですが、神殿も初めての事で困惑してる様子。

 大神殿に問い合わせ、ると、あちらも大騒ぎです。

 とにかく魔性の襲撃と、それによる怪我が原因であることは明白。

 姫君には外出をお控えの上、今日は一日、待機を。

 明日以降は様子を見て予定通りのご指導をお願いしたいと陛下からの伝言にございます」

「…解りました」


 実食立ち合いはできないけれど、料理人の指導はお願いしたいという依頼に私は頷いた。


「スーダイ様のお見舞いに行ってもよろしいでしょうか?」


 グアン王子に聞いてみる。

 私達を庇って怪我をしたのだし、心配だ。

 側で声をかけたら、反応しないだろうか?


「…大王陛下とユンに確認してみます。

 現在、陛下と魔術師は面会禁止なのですが、聖なる乙女の力が何や良い方に作用するやもしれませんし」

「陛下と、魔術師が面会謝絶?」


 私の言葉浮かんだ疑問に、はい、とグアン王子は答える。


「詳しくは私も聞いていませんが、正気を失った王子は、虚ろな目で側に居た二人に襲い掛かったのだそうです。

 物理的に。

 他の人間には無反応だったのに、お二人には目を向き、魔術師に至っては喉笛に噛みつきかけた、と。

 ユンが意識を刈りとり、今は側に着いています。

 神殿も理由が解らず、医者も役に立たない状態なので手の施しようがなく…」


 魔術師、と言えばシュンシ―さんだろう。

 女の子だったから、王子に襲われかけたのだとしたらさぞ怖かっただろう。

 でも昏睡状態、というのはそういうこと(物理)だったのか。


「失礼ながら王子」

「何かな? 姫君の魔術師」


 突然、今まで沈黙していたフェイが口を開く。

 随員からのある意味無礼な問いかけに、王子は気にも留めず答えて下さった。


「シュンシ―さんを呼び、話を聞く事は可能でしょうか?」

「フェイ?」


 私達の話を側で聞いていた彼には何か、王子の症状について気付いたことがあるのだろうか?


「何か、気付いたことがあるのか?

 うちの魔術師は解らないと言っていたが…」

「もしや、と思う事はありますが確証は…。ですので少しでも情報を集めて確認や裏付けを取りたいのです」

「…正直、王子の回復の為に今は少しでも情報が欲しい。

 戻ったら直ぐにこちらに来させる。よろしく頼む」

「かしこまりました」


 

「何か、気付いたことがあるのですか? フェイ?」


 王子の退場後、私がフェイに(周囲にひとがいるので皇女モードだけど)話しかけると彼は静かに応える。


「さっきも言った通り、確証はありません。ただ、襲われた人間の共通点を考えるともしや、と思ったので」

「共通点?」

「比較対象が少なすぎるので、最低でもシュンシ―さんの話を聞いてから、でいいですか?」

「解りました」


 急に降って湧いたお休み。

 麗水宮の応接間にみんなで集まり植物の分析と資料作成、あと、新しいレシピの文書化などをしているうちに

 

 トントン


 控えめなノックの音がした。


「どうしました?」


 私が声をかけると外で部屋の見張りをしてくれていたカマラの声。


「シュンシ―様がお見えです。お通ししてもいいですか?」

「どうぞ。お願いします」




 声をかけ、机の上を片付けて貰っていると、シュンシ―さんが躊躇いがちに入ってきた。


「アルトディアスの姫君。

 改めてのご挨拶をお許し下さい。

 森ではちゃんと名のりもせず失礼いたしました。

 私はシュンシ―。

 第一皇子 スーダイ様の元で恐れ多くも魔術師の修行をさせて頂いております」

「いらっしゃい。改めまして。アルケディウスの皇女 マリカです。

 森では助けてくれてありがとう。

 挨拶などは気にせず気軽にして下さいね」


 椅子を勧めて、私はシュンシ―さんを見る。

 森では本当にゆっくり話をしている余裕も無かったけれど、黒髪黒い瞳。

『私』のよく見慣れた日本人顔の可愛い女の子。

 歳の頃は14~5歳かな。

 小柄なカマラよりさらに小さい。中学生と言っても信じてしまいそうだ。

 首に巻かれた白い包帯が痛々しい。

 

「ユン様より、事情の説明をした後、皆様方を地春宮…第一皇子の宮にご案内するように申しつけられております。

 特例ですが聖なる乙女にスーダイ様を見舞って頂きたいそうです。

 ご都合はいかがでしょうか?」

「問題ありません。身支度を整えて直ぐに参ります。

 フェイ、詳しい話を聞いていて貰えますか? 移動の途中に話を聞きます」

「解りました」


 私と側仕え達は二階に上がり、謁見用に身支度を整えた。

 急いでは貰ったけれど、一応王族謁見様なので半刻くらいかかって、私は外出モードに着替える。

 そしてミーティラ様とカマラを連れて下に降りた。



 その頃には一通りの話を終えていたようで、シュンシ―さんは私達を立ち上がって出迎えると深く頭を下げた。


「ありがとうございます。

 姫君。ではご案内させて頂きます」


 粗さは残るけれども綺麗な仕草。

 美しい立ち居振る舞いは厳しく、でも丁寧に作法を教えられ、身に着けて来た者だと解る。

 最下層の路地裏出身だと聞いているけれど、そこから引き揚げて貰ってからは努力してきたのだろう。

 きっと。




 シュンシ―さんと一緒に馬車に乗った私はフェイの報告を聞く。

 私の馬車は大きいから詰めれば八人くらいはいける。

 私、シュンシ―さん、リオン、フェイ。

 カマラとミーティラ様。

 セリーナは危険かもしれないから、留守番だ。


 全員に説明するようにフェイが語り始めた。

 細かい点はシュンシ―さんにフォローを頼む。


「王子は昨日の採取の後、部屋に戻られてから気持ちが悪いと口にされ、頭痛を訴え、崩れ落ちるように倒れたのだそうです」


 側に着いてた護衛や側近達が異常を察知し、駆け寄る。

 動かしていいものかと迷いながらも見守る侍従達は国王陛下に異変を伝える知らせを送った。

 そして暫くして、ゆっくりスーダイ様は身を起こしたけれど、明らかに今迄と違っていた。

 正気を失っていた、とシュンシ―さんは言う。


「いつものお優しい、暖かい雰囲気はなりを潜め、まるで森で見た飢狼のような目をされておられました。

 肩で荒く呼吸し、周囲に駆け寄った侍従達を払いのけ。

 そして…私を押し倒したのです」


『スーダイ様!』


 周囲に人は少なからずいたし、女官も少なくは無かった。

 でも、スーダイ様はシュンシ―さんを明らかに狙ったように襲い掛かり、床に押し倒したらしい。

 さらに馬乗りになるように彼女を組み伏せ、首横、頸動脈付近に食いちぎらんばかりに歯を立てた。


『イヤアアッ!』

『何をしている! スーダイ!!』


 丁度その時、報告を聞いて取るものもとりあえず様子を見に来た大王さまが訪れた。

 側近達は王子の異常を察知して止めようとしたけれど、王子は大王様を見ると今度は大王様に飛びかかった。


『グ…グアアッ!!』


 本当に獣の様に恐ろしい形相と仕草で飛びかかったスーダイ様。

 側に着いていたユン君が王様の前に割り込み、王子を当て身で眠らせた。

 結果、昏睡状態(物理)に陥ったということだ。


 落ちついてみると、黒い靄のようなものが取りまいていた。


『…何か、良く無いものがスーダイ王子に憑りついている様子です。

 とりあえず、王子を寝室へ。大王様と魔術師は近寄らず側近、護衛も最小限にして様子を見ましょう』


 そう指示するユン君に異を唱える者も無く、二人は王子から離されたという。


「その後、神官や王宮魔術師、僅かに残る医学の知識を持つ者などが呼ばれましたが、理由は不明とのこと。

 神官は大神殿に早馬を送ったそうです」

「そんな状況下でよくマリカに面会の許可が降りたな?」

「『聖なる乙女』ならもしや王子の状況を改善できるのでは? とユン様がおっしゃっておられましたから。

 あと、深い知識をお持ちの姫君の魔術師なら何か手がかりを見つけられるのでは、とも」


 万が一、王子が私に危害を加えそうなときにはユン君が責任をもって止めると約束したこと。

 私の方からの申し出があったことで本当に緊急措置として大王陛下が許可を出した。

 不老不死世界に起きた第一王子の異常事態に、大王陛下もきっと藁にも縋る思いであらせられるのだろう。


「私には、そんな特別な力はありませんが…」

「いいえ」


 瞬間の間もなくシュンシ―さんは否定を返す。

 

「森で、姫君の祈りは間違いなく精霊に届き効果を発揮し、私の拙い術を強化して下さいました。

 あの時、私は間違いのない『聖なる乙女』のお力を感じたのです」


 馬車の中だというのに私に向けて膝を折る。

 いや、跪いて手を祈るように重ね合わせた。

 まるで神に願いを捧げるかのように。


「どうか『聖なる乙女』

 スーダイ様の変異を取り除き、元のお優しい王子に戻して下さいませ」

「…シュンシ―さん」


 襲われ、傷つけられたというのに真摯に願う彼女。

 無垢な願いの前に、私はもう

『自分に特別な力がありません』

 とは言えないと思った。



 掌に力と思いを握りしめる。

 私は『聖なる乙女』じゃないけれど、自分にできる全力で行こうと思う。

 例え、多少正体バレの危ない橋を渡ることになっても。

 王子を救う事ができるなら。




「何が、できるか解りませんが、できる限りの事はさせて頂きたいと思います。

 私も…スーダイ王子に元に戻って頂きたいですから…」

「ありがとうございます」


 やがて、馬車は一際大きな館の前に辿り着き止まった。

 地春宮。


 世継ぎの王子の住む宮殿へと。


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