秋の戦がアルケディウスの勝利で終わったと連絡が来たのは開戦から約十日後のことだった。
親友の出陣に心配するお母様、ティラトリーチェ様がフェイの報告にホッと胸を撫で下ろしたのが分かった。
「良かったですね。お母様」
「本当に。大丈夫だとは信じていたけれど、心配でしたから」
微笑むお母様に報告役であるフェイはにこやかな笑みを向ける。
いや、お母様じゃなくって私にも、だな。
「食べ物の力は本当に強かったようですよ。
こちらの兵は毎日食事が与えられ、士気十分。
向こうの兵は毎日、こちらの匂いを嗅がされて密かに食事食べたさにわざと捕虜になろうとする者も。
こちらを真似て食べ物を与えようとして運んだ食料は行動を読まれたように奪われた」
「マリカの言った通りか」
「ええ、そして本陣に攻め入り騎士団長ルイヴィル殿を、ユン殿、ミーティラ様が下して勝利を勝ち取りました」
「良かった」
「フリュッスカイトも、後方、特に菱食を狙い火を放とうとしたようでしたが、薬品や火薬による家事や、糧食狙いの攻撃は予測され、対処されていたので問題も無かったようです。
一番手柄は当然、ミーティラ様の隊。
常に前線に出て囮となり敵を引き付けて一番多くの捕虜を捕まえました。女騎士だと侮ったフリュッスカイトの騎士が何人も狙ってきましたが、トレランス皇子の命令でミーティラ様の隊には精鋭中の精鋭が集められていた上に、周囲が補助に入り徹底して捕虜集めを行ったことも勝因の一つになりました」
話を聞くに終始アルケディウスのペースで展開は進んだ様子。
私のアドバイスも少しは役に立ったのなら良かったと思う。
フリュッスカイトでの合同訓練の時もミーティラ様は私の護衛という形で殆ど戦わなかったから実力が解らなかったのだろうし。
カマラに訓練を譲ってあげたのはその辺のことを見越してだったのかな?
「今回の戦でフリュッスカイトも食の重要性、貴族や上層部が食を独占してはいけないことを気付いたと思いますから、来年以降は同じ手は使えないでしょうけどね」
「ええ。でも、とりあえず今年は勝利です。昨年以上に賑やかな大祭になるでしょう。
準備をお願いします」
「ありがとう。フェイ」
フェイは転移術で城に向かい皇王陛下に報告する。国から正式告知が出れば国中がお祭り騒ぎに沸くだろう。
「大祭の料理の指示はもう終わっているのですか?」
「はい。今年は他国との友好を示す意味合いで他国の料理をメインにするように言われました」
友を心配する親友から、第三皇子妃の顔に戻ったお母様に私は頷く。
秋の戦における料理の指示は第二皇子妃メリーディエーラ様のものだ。
私は乞われてアドバイスをしただけ。
メインはアーヴェントルクのチューロス(チーズ)のフォンデュ。
ハムやパータト、パンなどはこの国のものを使う。
メインディッシュになりうる豚の角煮を煮汁で似た厚揚げと一緒にあえて前菜にもってきて、エルディランドからの醤油の価値を味わってもらう。
あとは最高級オリーヴァオイルを使ったサラダとピザでフリュッスカイトの知識を伝え。
デザートはプラーミァからのフルーツをふんだんに使って砂糖と香辛料の重要さを伝える。
秘密兵器はバニラだ。
氷菓がいつの世も大人気なのでバニラアイスは絶対に受けると思う。
「それなら、あとは初日の儀式に専念できますね」
「はい。今年は『精霊神』様は復活なさってるので、異界に召喚するようなことはしない。とおっしゃっていました」
『アーレリオスと一緒にじっくりと君の舞を楽しませてもらうよ』
という意味深な言葉はちょっと怖いけど。
「じゃあ、マリカ。こちらにいらっしゃい?」
「は、はい。なんでしょうか?」
お母様に手招きされて、私は小首を傾げながらついていく。
お母様による個室への招きだから、護衛のリオンもカマラもついてはこない。
来ようとはしたみたいだけれど、お母様の目で制された。
お母様の自室に入り、いい子でお昼寝中の双子ちゃんを横目にお母様は私をさらに奥のタンスの側に招き入れると座りなさいと促した。
小さな応接、というか休憩スペースの椅子に言われるまま座ると、お母様は用意していたらしい木造りの箱を取り出して私の前に置いた。
けっこう大きくて浅い箱。
でも箱にも見事な彫刻が施されている。
「これは?」
「開けて中を見てちょうだい」
「はい」
そっと箱に触れ蓋を開けると
「うわあー。すごい。キレイ」
そんな語彙しか出てきそうにないアクセサリーのセットが入っていた。
向こうの世界で言うと、首飾りが入っていそうな大きな箱の中には漆黒のベルベットが敷かれていて、精密な唐草模様の装飾が施されたネックレスとイヤリング、そしてサークレットがおかれている。
このサークレットが、また凄い。
前に『神』が私の身体を乗っ取ろうとした時の額冠も精密だったけれど、こっちはそれとは違うベクトルで精密、かつ美しい。
細い銀と青の線で編まれた優美な曲線模様。その間に小さな水晶や色石が組み込まれ、かなり豪奢ではあるのだけれど、華美じゃない。夢見るような美しさがある。
額の中央に嵌め込まれているのは紫水晶。大きくて、吸い込まれそうなラヴェンダー色。
新品ではないけれど、そこが歴史を感じさせる。
最高級品だと見ただけで解る。
イヤリングも、ネックレスも、サークレットと意匠が合わせてあって紫水晶をベースに極め細やかな細工が施されている。
こんな見事な品、向こうでも見たことがない。
「私が子どもの頃、儀式で使っていた品物をお兄様に頼んで送って貰って、貴女に合うように直させました。本当は貴女の聖なる乙女としての最初の儀式に間に合わせたかったのだけれど、お兄様が渋ってなかなか送ってくれなかった上に、直しに時間がかかってしまってこんなに遅くなってしまったけれど」
「えっと、お母様が昔使われた品?
それって思い出の品なんじゃないですか?」
「ええ、プラーミァに代々伝わる品。
ほら、ここにカレドナイトの線が使われているでしょう?
『精霊神』様が建国の時に聖なる乙女に求婚する時贈ったと言われているの。
今となっては再現不能な品だそうよ。ただ、使う王女の目の色に石を合わせるので、中央の石は取り外せるの。貴女用に紫水晶に直させましたが、私の時にはここに水水晶が嵌っていたいたわ」
「水水晶?」
アクアマリンか、それとも水色の水晶がこの国にあるのかな?
と思ったけれど、話の主軸は違う。
「王族の姫のみが身に着けられることが許されるので、お母様、叔母上は身につけられたけれど、フィリアトゥリスには別の額冠が与えられた筈です」
「そんな、高価で大事な品を、私に?」
「ええ。国宝を国外に出すことにお兄様は多少渋っていたけれど、マリカの身を守る為に最終的には了承してくれました」
「私の、身を守る為に?」
「ええ。いらっしゃい」
手招きするお母様の側に、私はそっと近寄っていく。
お母様は鏡台から櫛を取り出すと、私の髪をそっと梳いてサークレットを乗せてくれた。
サークレットの後ろにはサイズ調節用のチェーンがついていて、私にぴったりとした大きさに調節されていた。
実は神の額冠を使われて以来、ちょっとサークレット恐怖症なので、身震いが出てしまったけれど、乗せられた冠は私の頭に、静かに乗ってくれている。
微かな温かささえ、感じるのは気のせいかもしれないけれど。
「これは、前に約束した貴女への誕生日プレゼント。
カレドナイトは貴女も知っている通り、精霊の力をよく伝え、持ち主を守ると言われています。
今後敵陣で、舞うこともなお多くなるでしょう。
貴女が拾われたときに持っていた額冠が使えれば一番いいけれど、あれは大人になるまでは使わない方がいいとのことなのでしょう?
だから、これが、貴女を守ってくれればいいと思うの」
「お母様……」
「私や王家の者が使っていたものを貴女に送っても、それは私のように王家の者のようになれ、ということではありませんよ。
貴女は貴女らしく生きなさい。
私達はいつでも貴女の側にあり、貴女を守っていますから」
「ありがとうございます。お母様……」
私はお母様の胸に、そっと顔を埋めた。
皇女に授けられたり、贈られた品は何度も貰ったけれど、私個人の為に、私の誕生を祝ってくれたのはリオンとお母様だけ。
その優しさが本当に嬉しかったから。
涙でくしゃくしゃの顔をお母様の胸に埋め、今だけは子どもらしく甘えてしまったのだった。
一度は成人した保育士としては情けない話かもしれないけれど。
その後、私は大神殿の儀式も含む舞を舞う儀式全てで、役目を終えるまでずっとこの冠をつけて踊った。
私の知らない所で、この冠と『精霊神』様達がかなり守っていてくれたことを知るのはかなり後の話になる。
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