まず、最初から結論を言ってしまうと、グローブ座の新作劇は大成功だった。
最初は新しい劇団であること。そして勇者伝説。
アルフィリーガ物語ではないことに微かな不安とブーイングもどきがあったにはあった。けれども、幕が上がった瞬間から、広場は夢の世界へと変わり人々はエンテシウスの話術と劇の世界に惹きつけられて夢中になっていたのだ。
初演の時は室内で行われた劇だけれど、野外舞台は広い分、動きが大きくダイナミックだ。
コンパクトだけれど迫力のある箱馬車の劇とはまた違う楽しさがある。
背景の幕を動かすスクリーンも大きさを変えて何種類もあるっぽい。
立ち位置を変えたり、指摘されたところを直したり、二週間弱で大変だったと思うけれどそのかいはきっとあって一度は見た私も、リオンも、笑いのシーンでは笑い、泣きのシーンでは泣き、クライマックスの殺陣、そこから一気に詰める大団円には感動させられた。
勇者伝説の劇は感動的、ではあっても人が死に別れる、言ってみれば鬱展開。
でも今回の劇は最初から最後まで賑やかで華やかで楽しい。
精霊の王と王妃、一般市民の恋人とそれに横恋慕する男の三角どころか、四角、五画関係にみんな大笑いしていた。
大祭の精霊に祭り、という身近な題材であったことも親近感を持ったのかもしれない。
それにエンテシウスも初演で皇王陛下から出されたダメ出しを殆ど改善させていた。
勢いで押していたシーンも、説得力が出てきてぐっと面白くなっている。
流石にまだ入ったばかりの子ども達、シャンスとサニーは裏方だろうと思ったら、カンテラをもって舞台を照らす光の精霊や、町のシーンの群衆役で出ていた。
大抜擢だなあ。
でも、明るく嬉しそうな表情で役を精一杯務める様子は見ているこちらが嬉しくなる。
『ふーん、なかなかいいね』
『アルフィリーガ劇に比べれば何倍も良い。人間の命の輝きが感じられる』
と、『精霊神』様達も大絶賛。
万雷の拍手喝采にカーテンコールを受ける舞台上のエンテシウス達も嬉しそうだった。
努力が報われた瞬間、だもんね。
「ああ、楽しかった。こんなに幸せな気分で劇を見れたのは生まれて初めてかもしれない」
リオンが胸に手を当てて息を吸う。
大きな深呼吸には本当に、嘘偽りない安堵が宿っている。
「それは良かった。リオンが喜んでくれたのなら、新しい劇を作って貰ったかいもあったね」
一緒に胸を撫で下ろした私にリオンが首を傾げる。
「俺の為に、劇団作るなんて無茶をしたのか?」
「それだけが理由じゃないけど、大目的の一つ、だったかな?」
うん、それだけが目的では勿論無い。
人々に感動を齎すとか、各地の情報収集とか、色々と意図はある。
でも、原点は今も忘れられない二年前の夏。
初めての大祭で見たリオンの真っ白い顔。
皆が楽しそうに笑う大祭で、一人苦しんでいたリオンを何とか楽しませてあげたい。
そんな思いが全ての始まりだったから。
「……ありがとな。マリカ」
「どういたしまして」
顔を見合わせて笑いあう。
良かった。大祭最終日の貴族達への披露目が終わったら、エンテシウス達にはうんとご褒美をあげよう。
劇が終わると大祭の一番のお楽しみ、皆での円舞が始まる。
知らない者同士が手を取り合い、輪になってフォークダンスのように踊るのが楽しいのだ。
仮設舞台の中央で楽師がリュートを構える。
あ、アレクだ。
夏の時の演奏が大人気になり、今年も参加要請されたとは聞いていたけれど、こうして子ども達が大勢に受け入れられている姿を見るのはとても嬉しい。ちょっと手を振ってみたけれど、多分、遠すぎるから見えないだろう。
軽い音合わせの旋律をかき鳴らし終えると、まずはアレクのソロ演奏が始まる。
歌は二曲、一曲は向こうの世界のアニメソングをこちらでアレクがアレンジしたもの。
貴方と出会ったことで、この世界の美しさを知った、という歌は貴族社会も一般人も関係なく魅了する。
アレクのリュートは貴族社会でも人気になっていて、最近ゲシュマック商会には貸し出しの要請も来るようだ。
もう一曲はみんなが知っているこの世界の古謡。
明るく華やか。踊りだしたくなる。
この曲から円舞曲に繋げていくのが大祭の流れのようだ。
曲の終わり、人々は隣の人や近場の人と手を取って、自然に輪を作っていく。
「……踊ろうか? リオン」
「一周だけな」
私達も手を繋いで踊ろうとしたのだけれど
「止めて! 離して!!」
「え?」
そんなに遠くない所から悲鳴じみた声が聞こえた気がした。
反応は私より、リオンの方が早い。
「悪い、マリカ」「うん、行って」
人ごみの中を風のようにリオンは駆け抜けていく。
私もなんとか泳ぐように後を追うと、そこには数人の大人。男達に絡まれて、困り顔のセリーナとノアールがいた。
「ほら! 一緒に来いって言ってるだろ? 踊ってやるよ」
「わ、私達未成年ですから踊れません」
「輪の中に入らなきゃいいのさ。そっちの方でたっぷり……ぐあっ!」
下卑な笑いを浮かべてノアールの手を引っ張って路地裏に連れ込もうとした男が、押しつぶされたカエルのような悲鳴を上げて、地面き転がる。
リオンの蹴りが決まったみたいだ。
同時少女達を背中に庇うように、リオンが男達の前に立ちはだかる。
男達は顔が朱に染まっている。息もなんかアルコール臭い。
もしかして振る舞い酒で酔ってる?
「な、なんだ。お前?」
「嫌がる女子供に手を出すなど最低な話だ。恥を知れ」
「子どもに手を出して何が悪い。飼い主もいないでふらついているなら俺達が面倒を見てやろうとしただけだ!」
「この娘達は『聖なる乙女』の侍女だぞ」
「なっ!」
「! 申し訳ありません。祭りに浮かれてつい二人から目を!」
二人の側に護衛を頼んだカマラがいないな、と思ったらダンスの輪の方に行っていたらしい。慌てた表情で戻ってきて私達に頭を下げるカマラを見て男達の顔が赤から青へ、そして白に代わる。
「げっ! 騎士試験に出てた女騎士!」
「つーことは、皇女の侍女ってホントか?」「マズい!」
脱兎、そんな言葉がふさわしく男達は一目散に逃げていった。
ふう、と息を吐きだしたと同時、私を見たリオンの目がすまなそうな光を宿す。
「ねえ、あれって」「もしかして?」「まさか?」
ざわつく人々。
解ってる。ここまで、だね。
ダンスの輪の形成も止まってしまった。
何事かあったのか、と周囲の人々の目視が私達に集まってくる。
セリーナ、ノアール、カマラと、私に。
私はリオンの側にそっと近づくと、膝をついた。
カマラ達には声をかけない。関係性を疑われると困るから。
手を祈りに組んで光の精霊を集める。
とにかくたくさん、集まれるだけ、ここに来てってお願いした。
「リオン、光が散ったら……飛翔して」
「解った」
「『星』と『精霊神』の名において、アルケディウスの大祭と、集う者達に光あれ!」
集まった光の精霊達が空に散らばっていく様子は、地面に星空が落ちたようだ。
輝きに皆が目を取られている隙に私を抱き上げ、リオンは即座に能力を発動させた。
衆人の目の集まるただ中で、消えた形になるけれど、今回は『大祭の精霊』として来ているのだからこういう退場の仕方もありだろう。
「うわっ! 消えた?」「やっぱり今の『大祭の精霊』?」
「今年も来てたんだ!」「本物見ちゃったよ。いいことあるかな?」
広場は蜂の巣を突いた様な大騒ぎになり、ダンスが再開されたのは予定よりかなり経ってからだった、と後でカマラが教えてくれた。
「あーあ、今年はダンスし損ねちゃった」
「悪かったな。でも見捨てるわけにもいかなかったし」
「その辺は気にしないで、リオンを怒ってるわけじゃないから。
酒は飲んでも飲まれるな。付き合い方には訓練が必要だね」
「あと、マリカが言ったように警備の増員か」
「うん」
近くの建物。屋根の上。
広場の騒ぎを見下ろしながら私達は息を吐く。
酔っぱらいはいつの世も困りものだ。今後酒類を本格的に復刻販売するならちゃんと注意しないと。
「やっぱり、騒動になっちまったな」
「まあ、仕方ないよ。私達だし。今回は『大祭の精霊』だからって納得してくれるって」
「そうだな。でも……」
「でも、楽しかった」
今回もやっぱり騒動が起きてしまったけど、本当に楽しかった。
「また来れるといいね」
「来年は懲りて外出許可が出ないかもな」
「それは困る。なるべく仕事頑張ってまた来年も来れる様に頑張るね。私」
アルケディウスの大祭、やっぱり大好きだ。
リオンと一緒にまた来たい。
「よし、帰るぞ」「うん、お願い!」
私はリオンと手を繋ぎ、夜の空へと飛翔した。
日常に戻る為に。
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