【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

皇国 蝶の羽ばたきとその先のこと

公開日時: 2025年4月23日(水) 07:36
文字数:3,585

 アルケディウスでの政策会議の後、私は第三皇子家に戻って計画案の作成に取りかかった。


「マリカ。ここの計算が間違っていますよ」

「あ、ありがとうございます。お母様」

「まだ時間はありますから落ち着いて、ゆっくりと。時間よりも正確さが大事です。

 間違えないように丁寧な作業を心がけなさい」

「はい」


 なんの計画案を作っているのかと問われれば学校整備事業についてだ。

 農作物転売防止の為の。


 学校整備事業が何故、農作物転売防止に繋がるかと言えば、そこには政治の難しさがあったのだ。


 私は不老不死後に生きる人達が安心して、そして元気に過ごせるように食を各国に充実させたいと思っていた。

 その為、大聖都の大神官に就任してからは国と二重取りだった税金を半額以下に設定。

 以前のような強制的な取り立ては行わず、猶予期間も与えるようにした。

 人民税は個人納入が原則だが、商店勤務の者は雇用主が支払ったり、領主が一時的に立て替えする時もある。要は神殿名簿に登録された人物に対して税金が支払われればOKだった。市民の手元にお金が残り生活に余裕が出るように。

 新しい食などを楽しんで貰えるようにという意図からで、概ね好評ではあったのだけれど、実はそこに落とし穴があった。

 殆どの国の大貴族は、私の意図通り安くした税を民に残してくれたようだけれど、一部の強欲貴族は減税を民に知らせず、例年通りの税率で租税を徴収。

 神殿と国には減税後の税率で納入、残りを懐に入れていたのだ。


 さらに盗賊を使って租税分を盗まれた、なんて言い訳をして徴収を免れようとしたり現金で支払ったりして、収穫物をその金額以上で転売する転売ヤーもどきのこともやらかしているとのこと。

 私はガルフの報告を最初聞き流してしまっていたけれど、政務会議で次期国王ケントニス様に指摘され、もしかしたらと、各国の国王陛下達に連絡を取ってみれば、他の国でも似たような事例が発生している。もしくはそういうことをしていると思われる貴族がいるかもしれないという返答があった。

 サイテー。


 でも、これは私に責任があると思う。

 税の仕組みとか、領地経営を理解したつもりでもまったく理解していなくて。

 さらには国王陛下とか侯爵とか、比較的上澄みな方達とばかり付き合っていたので『悪い領主』という存在も甘くて見ていて、結果、彼らに付け入るスキを与えてしまったのだ。


「お前が責任を感じる必要は無い。責められるべきは大貴族共を躾けられていない王家だ」


 各国の皆様、そう言って下さったけれど、不老不死時代増えることはあっても減ることはなかった神殿管轄の人民税を軽く考えて減らしてしまったのは私だから。

 いくら大神殿がため込んでいた税金が膨大で、一部の司祭達が私腹を肥やしていたからとはいえもっと慎重になるべきだったのだ。

 一つの行動が思わぬ結果を引き起こす正にバタフライエフェクト。

 まさか減税したら、食料の転売が増える。なんていうのは予想外ではあったけれどこれは一つのきっかけ。

 今まで、後先考えずに突っ走ってきたツケが回ってきたのだろう。


「この件については、新年の国王会議までに大神殿が責任を持って改善案を出します。

 内容に問題が無い時にはご協力をお願いできますでしょうか?」


 そう各国王家に連絡して、大神殿とアルケディウスを往復しながら案の作成に取り掛かって三日。

 本格的かつ国を跨いだ事業計画案の作成は始めてて本当に手を焼いた。

 私は基本的に保育士、実務畑の人間なのだ。

 今まで、こういう申請や、手回し、書類仕事などはフェイやガルフ、ミリアソリスがやってくれていたのだけれど、大神殿の責任者は私だ。

 解らないなどとは言っていられない。お父様の提案を、各皇子やフェイ、リオン、神殿長のフラーブなどと相談して具体化する。

 書類作成はお母様が手伝ってくれた。


「なんとか纏まって来たわね。この内容であるのなら、各国王家も大貴族達も、税金の復活に文句は言えない筈よ」

「ならいいんですけれど……」

「明日からはシュトルムスルフトの大祭に向かうのでしょう?

 留守の間に細かい点は皇王陛下や皇子達に添削して頂きますから」

「よろしくお願いします」

 内容的には神殿分の租税を元に戻す代わりに税収は経費を除いて全額を福祉の充実に使用する。具体的には各国に学校を建設し、誰でも希望する人間は読み書き計算などを無料で学ぶことができるというもの。

 学校では一日一回給食も支給する。

 教師は基本的に神殿職員が務めて生活苦の相談や、保護者、本人の生活に対してのサポートも行って最終的には、国民の識字率を100パーセントに近い所まで高めていきたい。

 孤児院や学校は王都などでは少しずつ定着してきたけれど、地方ではまだ少なく、領主=王様的な所もある。それを改善し、人材育成と貧民保護に繋げていくのが目的だ。

 子どもを集めることで、特別な『能力』や才能を持つ子を早期発見、保護育成することもできる。

 最低限の知識を与えるで終わらせず、その先を作るのが今回の施策の一番のポイントだ。


 大聖都に大学に近い施設を設立し、各国の精霊古語の写本などを試験合格という資格はいるけれど、身分に関わらず自由に閲覧できるようにする。

 大規模な研究施設も作り、科学や化学の発展を目指すと同時に、能力者、魔術師の育成も行っていけば科学と魔術が融合した新しい視点から色々な技術が生まれるかもしれない。

 今後のアースガイアにとって重要になるのは間違いないのだけれど……


「一度安くした税金を高くするには文句や反発は出ますよね?」

「それは、どうしてもね」


 お母様は私を見守る優しい笑みを浮かべながらも厳しい現実を告げる。


「福祉関係の充実は直接恩恵を受けられない者もいるし、ちゃんとした対応をしていた領主の元では民の手元にお金が残っていたのに、そのお金を取られて自分の役に立たない所で使われると思えば不満も出るでしょう」

「はい」

「私腹を肥やしていた大貴族やその配下達はさらに反発して来るわ。

 彼らの力を削ぐことが目的だから、それはいいのだけれど、悪しざまに王家や神殿を批判したり、民に当たることも考えられます。

 施策が定着し、効果を発揮するまで数年は煩いでしょうね」


 学校教育というものは行ってすぐに効果がでるものではない。お母様の言う通り、最短でも数年、さらにその先を見据えて行うものだ。

 さらに実施の過程で色々と淀みも生まれる。

 いじめ問題や、不適切教育とか、そもそも親や雇用者が学校に行かせないとか。


「だから、貴女がやるのが一番なのよ。大神殿の、人々が慕う『聖なる乙女』の施策ということになれば人々も文句が言い辛い。その間に結果を出せば人民も納得するわ」

「そう、ですね」

「全ての人に好かれ、納得させられる政治などはありません。

 平穏の裏で、誰かが割を食い苦しむことは避けられないのです」


 お母様は、私が養女になる前からの私にとって皇族、人の上に立ち指揮を行う者としての先生だ。

 生まれながらの王族として。

 揺るぎない姿勢をもっている。

 その言葉は、荒野に振る慈雨のように、私の心に染み込んでいく。

 今まで、私は子どもとして守られ、甘く見られ、無茶をしても大体は許され、許容して貰えた。

 でも、今後はそれでは通用しない。通用させてはいけない。

 自分の軽はずみな言動、蝶の羽ばたきがどんな嵐を引き起こすかを考えなくてはならない。


「それを覚悟し、呑み込んだ上で、時に民に恨まれても将来を見据えた施策を行うのが王族、上に立つ者の務め。貴女も、これから大人として独立し、新しい王家と家族を作っていくのですからそれを忘れないでね」

「はい。お母様」


 大神殿に新しい王家を築き大神官という名の王になれば、今まで面倒ごとをフェイに押し付けて儀式だけやっていればいい、という訳にはいかないだろう。

 現実はゲームや小説のように簡単ではない。

 一行で何々ができました。とはいかないのだ。

 コツコツと地道に成果を積み上げていくしかない。


「まあ、時には息抜きも大事ですけれどね。無理は禁物よ」

「ありがとうございます」

「今年の大祭は、貴女にとってアルケディウスの子として迎える最後の祭りになるでしょう。特に盛大にしようとみんな張り切っているから楽しみになさい」


 成人式、結婚式まであと四か月強。

 学ばなくてはならないことは山ほどある。

 それにお母様はそうおっしゃるけれど、私は多分、大祭を楽しむ余裕なんてない。

 舞を舞って、大貴族の婦人達と面会して挨拶をして、農作物の転売防止の圧力をかけて。

 あと、科学会議と魔王の島の調査に向けた準備と手回しをしてと大忙しだ。


 私の頭の中に『大祭を楽しむ』という思考はまったくなく、目の前の自分のチョンボのフォローに精一杯。


 再び、提出書類の最後の仕上げに机に向かった私は、だから。

 お母様の楽し気な、何かを企んだような笑みに気付くことはなかったのだ。


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