アルケディウスからシュトルムスルフトが出した問い合わせの返事が来た。
フェイの国籍移動と、私のシュトルムスルフトとの縁談が許可された。
「どうしてそんな嘘をつかれるのですか? 国王陛下!」
調理実習の業務を負えた私は、第一王子に連れられて、というか第一王子を追い越して、
国王陛下の応接室に乗り込んだ。
「何故、嘘だと断言される?
こうして正式な書面でアルケディウスから返信が届いたというのに」
国王陛下はもったいぶった様子で私達の前に羊皮紙を広げて見せる。
それには確かに、シュトルムスルフトの王族である可能性が高いフェイの移籍を認める旨と、私のシュトルムスルフトへの降嫁を許す旨が記されているけれど。
「その文書を詳しく拝見させて頂きたい。
正式な国同士の書簡であるのなら、国王陛下のサインと、封蝋が在るはず」
そうモドナック様が言った途端に国王陛下は文書を下げてしまわれた。
「何故、見せて頂けないのですか? 私達が皇王陛下からお預かりしている勅許文書と照らし合わせれば本物か否か、直ぐに解りますから」
「姫君は、このシュトルムスルフト国王が差し出す文書を偽造と疑われるのか?」
「はい。皇王陛下。お祖父様が婚約者がいる私を、シュトルムスルフトに嫁がせる、など言い出す筈はありませんから!」
「皇王陛下もライオット皇子も、皇女がシュトルムスルフトの次期王妃となるのであれば娘の幸福の為にはそれが一番いいと思われたのであろう?
婚約者と言ってもたかが一騎士貴族だからな」
うーん。どう見ても聞いてもダウトだね。
リオンをただの騎士貴族と侮る時点で、アルケディウスと連絡を取ったりしていないことが解る。
「嘘は止めて下さい。
私が各国を巡った料理指導の旅において、大聖都では勇者の転生が、エルディランドでは次期大王のスーダイ様が私に求婚されました。
他国でも王族、皇族、公族からもお声掛け頂きましたが、一度たりとも結婚せよと、許されたこと、命じられたことはありません」
「それはシュトルムスルフトに比べると各国の信頼が無かったからであろう?」
「殆ど国交のないシュトルムスルフトからの申し込みを、どうして身内であるプラーミァやアーヴェントルク。隣国フリュッスカイトより優先する理由があるというのですか?
そんなことも解らず、目先の外交圧力に皇王陛下が屈すると思うのであれば、それはアルケディウスと皇王陛下に対する侮辱です!」
私の抗議にも国王陛下は眉一つ動かす様子を見せない。
国王陛下自ら公文書偽造、虚偽、脅迫をやらかしているのだ。
そう簡単に虚偽を認める筈もないか。
「国王が提示した正式な文書を偽造と決めつけるのは、私に対して、ひいてはシュトルムスルフトに対しての無礼だとはお思いにならないのか?」
「国王陛下こそ、その文書が紛れもなく真実のものであると『神』と『星』と『精霊』の御名にかけて誓えますか?
虚偽であるのなら不老不死を失ってもいい、と誓えるのであれば信じますが」
押し黙る国王陛下。
誓える筈がない。嘘なのだから。
なんなら通信鏡を見せてもいいのだけれど、あれは切り札。
信頼できない相手に早々見せられない。
どうしてもの時は見せて、有無を言わさぬ証拠にするつもり。
「今なら、冗談ということで不問にしても構いません。そのような愚かなことはお止めください。
本当に問い合わせれば直ぐに解ることですし、私を取り込んで自国のものにしようとしたらアルケディウスは勿論、大聖都を含む七国全てを敵に回すことになるやもしれませんよ?」
自意識過剰の脅しと言われるかもしれないけれど、前にも言った通り、私には実績がある。
アルケディウスに席を置きつつも、各国で平等に仕事をしている今の状況なら大聖都を含む各国我慢してくれるだろうけれど、私を捕らえ、独占し自国にだけ恵みを呼び寄せようとするのなら間違いなく、戦争クラスの大騒ぎになるだろう。
私は本気でシュトルムスルフトを思って、警告したのだけれど
「黙れ」
震えるような声が場を揺らした。
「え?」
「女子どもの分際で、私に口答えするなと言ったのだ。
私は風国、シュトルムスルフトの国王。
何物にも阻まれない、自由の翼を預けられた者。
女は口答えせず、私のいう事を黙って聞いていればいい」
今まで僅かではあるけれど取り繕っていた良き国王の体裁をどうやら、国王陛下は脱ぎ捨てた。
王座から立ち上がり、私の方を睨むと私の胸倉をつかみ襟元を絞める。
「キャア!」
「マリカ様!」
相手は国王。
逡巡する護衛達をしり目に国王陛下は力を緩めるどころか、逆に入れて私を吊り上げる。
私も皇女という立場をいいことに確かに生意気を言ったけれど。
完全に怒りをかってしまったようだ。燃えるような怒りをその目に宿らせて私を見据えている。
「お前がいればいい。
お前を手にした国と者が、この大陸の支配者だ。
どの国も解っていないのだろうが、私は解る。
『精霊の力』をこの国に取り戻し、かつての栄光を手に入れる為に、お前はどうしてもこの国に必要なのだ」
「そ、そのような考えこそが『精霊神』の怒りをかったのだとお分かりになりませんか?」
「なんだと?」
「自国だけが潤えばいい、自分達だけが幸せであればいい。
『精霊神』様は、そんな王家の方々の考え方こそをお怒りになられたのではないのですか?」
「何を! 女の分際で! 男に逆らうな!」
振り上げられた手に身を固くした。
叩かれる!そう思ったまさにその時。
「父上! 一体何をしておいでなのですか!!」
応接間の扉が開いてマクハーン様が飛び込んできた。
国王陛下が気を取られたその一瞬を狙い、黒燕、いや今はハヤブサのような猛禽の鋭さと素早さをもって獣が飛翔した。
「くっ!」
拘束が外れ、身体が自由になる。
リオンが、国王陛下の手から、私を救い出してくれたのだ。
その横には私達を庇うように手を広げるフェイ。
国王陛下を見つめる瞳には昨日、王太子様に向けた信頼の光は欠片も見えない。
リオンから半瞬遅れて、カマラやモドナック様達も寄ってくる。
仲間達に囲まれて、私は大きく深呼吸を二回。
息を整えて、国王陛下と王太子様。壁沿いであっけにとられていた第一王子を含む、シュトルムスルフトの人達に宣言する。
「申し訳ございません。
これ以上のシュトルムスルフトへの滞在は不可能と判断いたしました。
調理指導の契約を解除し、我々は帰国させて頂きます」
「姫君!」
王太子様の表情が苦悶に歪むけれど、ダメだ。
これ以上この、とんでもない国王陛下の下で仕事なんてできない。
「……既に代金を受け取っておきながら仕事を放りだすのか?」
「代金は公文書偽造、虚偽、脅迫とアルケディウスを貶めた慰謝料としても良いのですが、あとくされないように全て返金致します」
万が一の為にそのくらいのお金は預けられている。
契約不履行と後ろ指指されても構わない。
国交も大事だけれど、私が優先すべきは自分の身と、随員達の安全。
そしてアルケディウスの名誉だ。
「何故、そうも確信をもって私の言葉が嘘だと断言する?」
「こちらには、早馬よりも早くアルケディウスの意思を確認する手段があるのです。
風国ならばお判りでしょう? 昨日の時点でそのような話は微塵も無かったのですから」
「ふっ……精霊に愛された『聖なる乙女』には、最初からこのような小手先の騙しは通用せぬか。ならば、こうすれば良かったのだ」
「父上! 一体何を?」
国王陛下が一歩下がり、手を上げる。
と、同時、わらわらと部屋の外に伏せられていたのだろうか?
十や二十じゃない、百とかもっと、部屋の半数を埋める兵士達が私達を取り囲む。
「シュトルムスルフトの王宮に盗賊が入り、国宝を盗み出した者がいる。
転移術を使ったとしか思えぬ悪事。
捕らえた犯人は、アルケディウス使節団の魔術師だったのだ!」
「え?」
「魔術師は既に、逮捕した。
使節団一行も、共犯の可能性があるので、事態判明まで外出禁止とさせて頂く。拘束せよ!」
「や、止めて下さい! 離して!!」
「お前達! 親善の姫に何をするつもりだ! 止めろ!!」
一難去ってまた一難。
なりふり構わないシュトルムスルフトの『愚行』はまだまだ続いている。
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