色々とドタバタしているうちに、風の二月が終わろうとしていた。
来月になれば秋の戦、そして大祭とまた忙しくなる。
勿論、秋国の下調べやゲシュマック商会の秋の大祭用のメニュー作成などでゆっくりできる時間などは殆どないのだけれど、それでも今はいくらか時間がある方。
私の所に一通の面会依頼が届いたのはそんな頃だった。
「エンテシウスより課題達成の目途がついた。
新作台本に目を通して頂きたいとのことです」
私の文官、ミリアソリスがそう言って分厚い植物紙の束を差し出す。
世の中の娯楽劇、みんな勇者伝説という現状を打破したくて、新しい劇団を作りたいなと思ったのはけっこう前から。そんな私にミリアソリスがエンテシウスという劇作家を紹介してくれたのはフリュッスカイトに行く直前だった。
秋の大祭までに劇団としての体裁を整え、新作劇を発表できるようにしろという無茶ぶりに彼はけっこう頑張ってくれたらしい。
まあ、成功しなかったら一生タダ働きと脅したりもしたけれど。
台本が出来たら一度見せて欲しいと頼んでおいたので、提出してくれたのだろう。
うん。高評価。
でも机の上に綴られた手書きの本は……
「あれ? 二冊?」
「一冊は完全なエンテシウスの創作ですが、もう一冊は『精霊神』様をモチーフにした題材なので上演に許可が出るかどうか解らない。
姫君に判断を仰いでから本格的な稽古を始める、だそうです」
「凄いですね。この世界でいくつも新しい物語を生み出せるなんて」
私はパラパラとページを捲ってみる。
どちらも恋愛ベースのお話ではあるのだけれど……
「こっちの作品、モチーフは『大祭の精霊』ですか?」
「そうだと言っていました。精霊の王と王妃が喧嘩をして、それぞれに祭りでもっとも輝かしいものを見つけた方が言う事を聞く、という勝負をする。
人間に扮して街の中にやってきた精霊がそれぞれ街の中でドタバタ騒ぎをするけれど、最後には……という感じでしょうか?」
異世界版、真夏の世の夢という感じかな。なかなか面白い。読んでいてワクワクする。
途中で大祭の精霊(女)に恋して追いかける男が出てきて大祭の精霊(男)に喧嘩をふっかけたり。大祭の精霊(男)に助けられた女が恋の悩みを告白して、それを大祭の精霊(男)が仲介してやろうとしたりする。
精霊の王、王妃である大祭の精霊にはそれぞれお付きがいて、そのお付きが狂言回しのように場をひっかきまわす。
最後には見どころになる殺陣と二人の仲直りも凄く、良い感じだ。
個人的には単調なアルフィリーガ劇よりもずっといいと思う。
ただ、モデルが大祭の精霊、だと思うとちょっと気恥ずかしいかな。
もう一冊は、かなりなシリアスだ。
アルケディウス建国の物語。
冷たい北の大地で凍え震える人々は小さな集落を作って身を寄せ合って生きていた。
彼等の前に、一人の青年が現れる。
飢えて死にかけていた青年を少女は周囲の反対を押し切って食べ物を与え助けた。
元気を取り戻した旅の青年は優れた知恵と、技術をもって人々の生活を豊かにした。
彼に怒りを向けたのは少女に恋慕する有力者の男。
男は取り巻きや周囲の者をけしかけて青年に襲いかかる。
青年を狙う矢。
その時、彼を庇ったのは……。
「実際に、これと近い展開があったのかもしれない、と伝えられておりますの。
アルフィリーガ伝説以前の伝承を随分とエンテシウスは漁ったようですわ」
こっちのお話も面白い。『精霊神』もカッコいいし、上演国を変えてもどこでも受けそうな汎用性もある。
エンテシウスは本当に才能のある作家なんだなあ、って思う。
こういう才能がもっともっと注目され輝いて欲しいものだ。
「この二冊、預からせて頂きます。
どちらにするかお母様やお父様と相談したいので。練習の都合もあるでしょうから数日中に返事はします」
二冊の台本を重ねて、私はミリアソリスを見る。
「かしこまりました」
「どちらも私の想像以上の作品で、気に入っているとは伝えておいてあげて下さい。
最終的な判断は劇の出来次第ですが、優れた才能をアルケディウスは無碍にはしないと」
「安堵するでしょうね。エンテシウスも」
試験の結果発表を待っているようなものだから、きっと生きた心地がしていないと思う。
だから、それくらいは伝えておいてあげようと思う。
ここまで頑張れるのだから、きっと良い成果を出してくれるだろうけど、そうでなくても彼には今後も新しい話を書いて欲しいと思ったから。
その夜、持ち帰って、お父様とお母様、ヴィクスさんとミーティラさん。
リオンとフェイを呼んで、台本の下読みをした。
私の侍女であるセリーナとノアール、カマラにも意見を聞く。
貴族の視点と一般人の視点は違うからね。
「ほほう、これは面白いな」
「ええ、読み物としても面白いわ。これが劇になったらどんな風になるのかしら?」
とお父様とお母様の評判はなかなか。
ヴィクスさんとミーティラさんも興味津々のようだった。
「俺の個人的意見だと『精霊神』の話の方が好みではあるな」
「僕は大祭の精霊の話が好きですよ。リオンとマリカを想像するとより楽しい。
祭りではワイワイと賑やかな方がいいのでは?」
「フェイ!」
リオンは私と同じようにモデルとなった大祭の精霊が自分だから、照れくさいみたい。
「文字が読めると、このように知らない世界を知ることができるのですね」
「目の前に別の世界が広がるようです」
カマラやセリーナ、ノアールは別方面で読書を楽しんでいる。
私について貰ったことで文字の勉強も必修になり大変だったと思うけれど、そう思って貰えるなら良かった。
文字って言うのは人の記憶や思いを繋ぐ手段だからね。毛嫌いせずに学べば良い事は必ずある。
因みに女の子達の好みは『大祭の精霊』ものだった。
曰く
「『精霊神』様の話も良いのですが、ちょっと遠いというか感情移入できなくって」
「フェイ様のおっしゃる通り、祭りで楽しむなら『大祭の精霊』ものがいいですね」
とのこと。
逆に貴族のお父様やお母様、ヴィクスさん達は
「貴族の前で上演するなら『精霊神』ものの方がいいと思うがな」
「『精霊神』を思う『乙女』の愛が胸を打ちます」
って『精霊神』様の恋愛ものの方を推してた。総合的意見では『精霊神』ものの方が人気が高くって私達の話し合いでは『精霊神』もので行く事にほぼほぼ決まりそうだったんだけれど、最後の最後の段になって。
『ダメ! ダメ! ぜーったいにダメ! こっちの上演は絶対に認めない!!』
ラス様がホントにダメだししてきちゃった。
ちなみに大爆笑しているのはアーレリオス様。獣モードなのにはっきり笑ってると解る。
精霊獣が『精霊神』と繋がる存在だと知っているお父様達や私の側近達ですら、ちょっとびっくりして引くレベルの狼狽と爆笑だった。
「どうしてです? 凄くカッコよく描かれていると思うんですけど?
これを見たら『精霊神』様が好色だとか書かれている聖典の悪い印象払拭されるんじゃないですか?」
『そうだとしてもダメ! イヤだ。ゼッタイ イヤ!!』
『劇作家というのは怖ろしいな。妄想だけでよくここまで見て来たような話が書けるものだ』
アーレリオス様の言葉にはなんだか微かに遠いものを懐かしむような色が混じる。
「? ってことはこれ、本当にあったことなんです?」
『似たような展開はあったろうという事だ。考えても見るがいい。
身を寄せ合って暮らす集落に見知らぬモノがやってきた。それが未知なる力で活躍する。そしたらどうなるか?
こいつの事情は知らんが、私にとて似たような事は覚えがある』
『うるさい、うるさい、うるさーい!
主人公の精霊神をこいつの名前にしてやるといいよ。そしたら上演許可出してやる!』
『アルケディウスで上演するのになんで、プラーミァの『精霊神』を主役にする必要がある?』
あんまりラス様が拗ね拗ねお怒りモードに入っちゃったので、とりあえず今回は『精霊神』ものの方は上演を見送ることにした。
『大祭の精霊』ものの方でゴーを出す。
ちょっと恥ずかしいけどね。
本試験は大祭開始日初日のアルケディウス広場の舞台で。
観客に判断して貰うように手配を進める。
良い結果だったら改めて、アルケディウス王家お抱えの劇団として最終日の戦勝を祝う式典で貴族達にもお披露目する予定だ。
「楽しみだな」「私達は見に行けそうにはないけどね」
リオンがそう笑ってくれたのが嬉しかった。
それだけで私の目的は、半分適ったようなものだから。
実は知っている。
夜、没にした『精霊神』ものの台本をローシャがそっと愛しそうに触れてたこと。
エンテシウスは王宮の書物などを調べてあの話を書いたって言ってた。
もしかしたら、覚書みたいな感じで実際にあった『精霊神』様の恋愛話が残っていたのかもしれない。
今度、ちゃんと伺って直して、許可を得て上演できる形にしてみたい。
優しい『精霊神』様の恋物語を。
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