多分、ノアールは自分が得た『能力』のことを知られたくなかったんだろうな。とは思う。
大祭二日目の夜。
私、お母様、お父様、セリーナ、カマラ。そしてフェイが立ち会う中。
使用人部屋の一室、その中央で椅子に座っているもう一人の私、ノアールは、拳をぎゅっと握りしめたまま、青白い顔で俯いていた。
「これは……本当に瓜二つ、だな」
「ええ、良く知る者が並び立っているのを見れば、見分けられないことはありませんが、ちょっと見、遠くからでは気付くことができないでしょうね」
お父様とお母様が頷く通り、確かに今のノアールの外見は、私にそっくりだ。
視線の合わない姿見を見ているようで不思議な気分になる。
無言のノアールに代わって事情説明をするのはセリーナだ。
少し、気遣うようにノアールを見ながら思い出すように話し始める。
「昨晩、祭りから戻ってきてノアールは気分が悪い、と早々に横になりました。
少し熱はあったようです。
同室でしたし、カマラ様に頼まれていたので私は、容体が落ち着くまでと思って看病をしていました」
第三皇子家には使用人用の部屋がある。
上級側仕えであるミュールズさんや、お嫁に来た時からずっとお母様に使えているミーティラ様は勿論、侍女や掃除、洗濯を行う人などその殆どは住み込みだからだ。
使用人の中にもランクが当然あって、貴族待遇のミュールズさんやミーティラ様、護衛騎士のカマラは本館の二階にある私やお母様達の部屋の側。
侍女などは一階の一角に。下働きの人などは裏手の方にある宿舎に部屋があるらしい。
らしい、というのは私が基本的に立ち入れない区画だからだ。
ノアールとセリーナは子どもだけれど、私の侍女だから準貴族扱いで本館の一階に部屋がある。流石に個室ではないけれど、二人一部屋はかなり優遇されている方だと思う。
「ノアールの寝台の横で、彼女の様子を見ていたら身体がなんだかぼやける様に見えて。
気のせいかと思ったのですが、間違いなく溶ける様に容を変えていき、マリカ様の姿に変わったのです」
「セリーナが血相を変えて私の部屋にやってきたので、私が一緒に部屋に戻りました。
そこには丁度目覚めて、状態が解らないまま呆然とする変身したノアールがいて。
私はおおよその状況を聞いてのち、朝を待って皇子妃様に報告した次第です」
「おそらく、ノアールは変化の『能力』に目覚めたのでしょう」
「フェイ」
フェイが冷静に分析する。
「変化の『能力』には前例があります。ゲシュマック商会のミルカ。彼女は成長と変化の『能力』の持ち主ですが、早く大きくなりたい。恩人であるガルフの役に立ちたいという思いから『能力』が発現したと見られています」
「他にも変化の能力者がいる? それは、聞いていなかったぞ?」
「『『能力』はそれぞれの個人情報ですから。ミルカが『能力』を悪用するような子ではないことはご存じかと思います」
眉を上げるお父様に私は告げるけれど、そういう話じゃない、と言わんばかりに私を睨む。
言葉で反論、注意が返らないのはフェイの考察を聞きたいからだろう。
「今回も、それに近い事例であると考えます。ノアールにとってマリカは自分もそうありたいと願う憧れの存在であった。
『能力』は7~10歳前後に発現することが多いようです。ノアールには年齢的、肉体的に発現する準備ができていた。
周囲に能力者も多く、刺激を受けていた。マリカの変化を見る機会もあった。
そこに大祭でマリカとリオンに助けられたことがきっかけとなって『能力』に目覚めた可能性が高いと思われます。」
「……できれば内緒にできないか、とノアールに言われたのですが、事が大きすぎる。知らせないわけにはいかない、とカマラ様が」
「当然だ。万が一、この事を隠していて問題が起きたら、お前たちの首ではすまないことになっていたぞ」
「お父様!」
厳しい声でカマラ、セリーヌを叱ったお父様は、椅子に座るノアールの前に立ち見下ろす。
「ノアール。お前はマリカになりたかったのか?」
返事は返らない。ただ、唇を固く噛みしめて拳に力を入れるノアールの手は微かに震えている。
ちょっとこの状況はノアールが可哀相すぎる。
変化の『能力』が発動したのはノアールのせいじゃないし、彼女が一番混乱しているだろうし。
話を聞いて思いに寄り添ってあげたいと思うけれど、今はちょっと口が挟めない雰囲気だ。
「まず、元に戻れ。出来るはずだ」
「はい」
と返事こそしなかったけれど、ノアールは雇用主である父様の命令に従うように目を閉じた。
私達の成長のように目に見える劇的な変化ではなかった。
アハ体験というかほんのちょっとずつ変わる間違い探しのように静かに、緩やかに。
ノアールの身体は変化して、気が付けば、元の少女に戻っている。
安堵した。ちょっと心配だったんだ。ちゃんと戻れるかなって。
「よし、では次に、他の者になれるかどうか、やってみろ。
そうだな……。セリーナなら一番近くにいる存在でよく知っているだろう」
もう一度、目を閉じるノアール。
一生懸命力を使おうとしているっぽいけれど、変化は起こらない。
その後、カマラも試してみたけれどダメ。
最終的に
「もう一度マリカになって見せろ」
と命じられて行った変化だけが成功。もう一度、私が二人になった。
「『能力』は正直だな」
「どうやら今のところ、ノアールの変化の『能力』は『マリカになる』に特化しているようです。
先ほど話したミルカも、最初は自分の身体を大きくするしかできませんでしたが、その後訓練を行うことで親しい人間に姿を変えることができるようになりました。
今後、訓練し、『能力』が成長することで他の人間に変化できるようになる可能性はあると思います」
「解った。聞け、ノアール」
「お父様!」
フェイの結論が出たところで、頷いたお父様はノアールに向けて言い放つ。
あまりにも厳しい口調に私が反論しようとするけれど、後ろから私の肩を掴むお母様と感情の見えないお父様の眼差しに封じられてしまう。
ノアールは私の姿のまま、一瞬だけ私達の方に視線を送った後は、余計な事を口にせずお父様をじっと見つめている。
ノアールだけではなく、場の全員の視線を受けてこの国の王族、最高権力者の一人は裁可を下した。
「選択を許す。どれかを選べ。
一つは口封じの術を受け、絶対に私用、悪用はしないと誓い『能力』を主の変り身としてのみ使うこと。
つまりマリカに今後も仕えるか。
それとも……」
「それとも?」
「この場で死ぬか、永久の幽閉を受けるかを」
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