孤児院の視察を終えて、お母様への報告の場。
「まったく。貴方はどうして次から次へと変な事を思いつくのですか?」
私はいきなり怒られた。
解せぬ。
「変な事って何ですか?
私はただ
『皇立で劇団とか作りませんか?』
って聞いただけですよ?」
そうだ。変な事なんか言ってない。
ただ、単にこの国には公立の劇団や芸術家といないのが解っているから、作ってみませんか?
って提案しただけだ。
なのにお母様は呆れた様にため息をつく。
「劇団、というのはあれでしょう?
大祭などで劇を見せて人々を楽しませる者達」
「はい。そうです。お母様は彼等が演じる舞台劇をご覧になったことがお有りですか?」
「全く無い、とは言いません。
嫁いでからこの国で、はほぼ無いですが、国にいた頃は大祭の時に何度か見に行った事があります」
「お忍びで?」
「まあ、そうですね。王族が見るようなものでは無いと言われていましたから」
そうなんだろうな。とお母様の言葉に素直に納得する。
私が皇王家の仕事をするようになって一年、皇族として扱われるようになって半年。
皇族が見える範囲でお芝居を楽しんでいるとかは無かった。
この国の娯楽は少ない。
吟遊詩人の奏でる歌と音楽、そしてダンスくらいなものだ。
楽器も私が知る限りリュートと笛、竪琴しかない。
後は遠くまで音を伝える陣太鼓のようなもの。
楽器としての地位はリュートと竪琴が高くて、他の楽器は添え物扱いと感じている。
王宮や貴族は特にその傾向が強いのではないだろうか?
「ご覧になった事がお有りなら、舞台劇って楽しいと思われませんでしたか?」
「……正直に言えば思います。
勇者伝説の劇を皇子は嫌っておられますけれど、憧れの疑似体験ができて、私は好きでした。
ですが、ああいうものは、現実に満足していない庶民が日常を忘れる為のモノだと言われていますからね」
「退屈で、辛いと感じる日常に皇族も貴族も、庶民も関係ないと思います。
前から思っていたんですけど、どうしてこの世界って芸術……。
絵とか、彫刻、音楽とかに勤しむ方ってあんまりいないんです?
在りえない現実、空想を楽しんだり、それを形にしたいとかないんでしょうか?
小説家……文筆家もいらっしゃるんですよね。アルフィリーガ伝説の物語本ありましたもの」
前々から疑問に思っていたことを聞いてみた。
この世界にまったく芸術、が無い訳では無い。
お城や貴族の館は精緻な彫刻などが施されているし、ドレスなども美しい花の刺繍がふんだんに使われている。
神の絵姿や神像は禁止されているそうで、向こうの世界に比べると全体的にシンプルな印象があるけれど、地味って訳では無くむしろ、各国独自の様式があって、実に華やかだ。
でも、個々人が絵を描いたり、小説、物語を書いたり、それを読んだりというようなことはあまり無い様だ。
私がこの世界で見た娯楽本というのはアルフィリーガ伝説を描いたエルディランドの植物紙本くらいなもので、後は実用書が殆どだから。
貴族の恋愛本とか神話のお話とかさえ、全くと言っていいほどない。
まあ、識字率が圧倒的に低いとか、羊皮紙や紙がバカ高い、いうこともあるかもしれないけど。
「空想に心を遊ばせる、ということそのものがあまりないから、かしらね。
特に不老不死後は、永遠に変わらぬ現実が続きますから、何かを留めておきたい、と強く思う事も無いし」
「不老不死前はもう少し色々あったんです?」
「そんな気もするけれど、積み重ねられる日常に埋もれて殆ど思い出せなくなってしまったわ」
この辺、ホント、不老不死を願い求めて来た向こうの世界と、それが叶ったこの世界の乖離を強く感じる。
永遠の時があるから、何でもやりたいことし放題、って訳でもないのだ。
芸術家も前はいたけれど、変わらない日々にインスピレーションを感じなくなって新しいものを生み出さなくなった、と前にお父様も言っていた。
「だったら、失われた食と同じような感じで、演劇や芸術も、復活させれば人の心を励まし、元気づける力になるんじゃないでしょうか?」
「……そうね。
今、『新しい食』で各国、特に上層部は活力が出てきています。
今迄に無かった芸術などを楽しむ余裕も出てきているかしら?
でも、そこにいきなり演劇を広めようというの? しかも皇家の後押しで?
それは役者になりたいという孤児院の子どもの為?」
いつものように私のやらかし、と色眼鏡がかかっていたお母様の目が真剣さを帯びる。
国の利益や実現へのメリット、デメリットを考え始めた執行者の目だ。
「全くない、とは言いませんが、子ども達の為だけではないです。
実際の所、私は役者になりたいと言ってきた子ども達が、本当に芸で身を立てられるかは懐疑的な所がありますし。
劇団を立ち上げたいという裏には色々と思惑があるんですよね」
シャンスとサニーの希望については今の所、子どもがアイドルに憧れるようなものかな、と思っている。
心理学面から見れば虐待を受けたり、自分の存在を好きになれない子どもが俳優を目指すというのはよくある事らしいし。
頑張って実現する為の努力を見せれば協力する事はやぶさかではないけれど、その為に劇団を新設しようとまでは思ってない。
「思惑とは?」
「以前、お話したこともある心の潤いです。
後、『精霊神』様の名誉回復」
「『名誉回復』?」
「はい。聖典に書かれてある『精霊神』様の醜聞って、『精霊神』様から見ると名誉棄損ものなのだそうです。
『神』を引き立てる為でしょうけれども、少年神であるアルケディウスの『精霊神』でさえ、我が儘で気まぐれな恋愛で人を弄んだような感じに描かれています。
それを、綺麗な恋愛にして人々に伝えたいな。
『精霊神』に親しみを持ってほしいな。が第一ですね。
演劇は、視覚に訴えるので文字の読めない人にも情報を伝える事が出来ますから、『精霊神』の良い所などを多くの人に伝える事もできます」
昔、向こうの世界の演劇の起源は宗教劇だったというし。
「後、何かを好きになることで心を潤して、元気になって欲しいというのも。
貴族女性の皆さんだけでなく、一般市民も本当に退屈しておいでのようですから」
大祭の精霊が未だに大ブームなのはその表れだ。
人々は萌えを求めている。
何かを好きになりたいのだ。
だったら、新しい萌えを与えて、そっちに目を向けさせれば大祭の精霊からも目を離せるかなとも思う。
「さらに旅芸人はあらゆる国、あらゆる場所に行く事ができるので、情報収集にもピッタリです」
「劇団を間諜に?」
「そういう事例もあるらしいです。勿論裏切られたら元も子もないので実際に行うとしたら信用できる人を選ばないといけないでしょうけれど」
江戸時代の旅芸人などは、鑑札を得ずに旅をすることができた為、国の為に情報収集を請け負っていた、なんて小説やマンガを見た事もある。
水戸の御老公みたいに、自分の領地や他所の領地を巡り生の声を収集するにはうってつけだろう。
「あと、私が色々な劇を見てみたい、というのも大きいです。
私が大祭で見たの、三回が三回とも勇者アルフィリーガの伝説なんですよ。
もっと他のも見たいなあ、というのがあって……」
「相変わらず、貴方の頭の中は解らないわね。
ただの劇団を作る、からそこまで色々と広げていくなんて」
お母様も私の意見がただの思い付きではないと解って下さったのだろう。
真剣に頭の中で検討をし始めたのが解った。
そこに
「皇子妃様、皇女様。
その件、私に預けて頂く事はできないでしょうか?」
ふと、後ろからそんな声がかかり、私達はそちらに目線を送る。
「ミリアソリス……」
「下から声を発しましたこと、お許し下さいませ。
今、マリカ様からのご提案を伺い、思う事がありまして」
「思う事、って劇団について、ですか?」
私の問いかけに、はい、と頷きミリアソリスは微笑む。
「はい。実は良い人材にいくつか心当たりがあります」
「本当ですか?」
「直ぐにとは申せませんが、色々とお仕事が忙しい姫様に代わり実現に向けて調査し、素案を立てる事をお許しいただけないでしょうか?」
視線をあげた私と、お母様のそれがパチンと合った。
「私が一番懸念しているのはマリカにまた仕事が増える事です。
ミリアソリス。
マリカに負担をかけず、実現への見通しを作る自信があるのですね」
「はい。お任せ下さい。これが実現すれば人材の有効活用にも役立つと存じます」
「人材の有効活用?」
「解りました。任せます。秋の大祭終了を一応の目安に素案を立てなさい」
「ありがとうございます」
強い口調で問いかけるお母様に怯むことなくミリアソリスは頭を下げた。
彼女の目には強い自信とやる気が見える。
「本当に当てがあるのですか?」
話の後聞いてみたら
「ええ。姫様の提案は燻っていた者達に光を当てて下さるかもしれませんわ」
と笑っていた。
何やら腹案があるようなので任せてみる事にする。
「私も下町の祭りを見て、劇を見て、上流階級にも見せてあげたいと思いましたの。
良い機会を頂きました事、感謝しております」
「私はただ、色々なお芝居を誰もが楽しんでもらえたらいいな、と思うのです」
色々、理由を付けたけれど、一番の理由はそこだったりする。
劇はもっと皆が、無心に楽しめるものであって欲しいのだ。
……そう、誰もが……。
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