翌日は大祭最終日。
私は朝早起きして、簡単に身支度を整えると宮殿に向かった。
ザーフトラク様とアドラクィーレ様に、晩餐会メニューの確認を頼まれたからだ。
昨年の晩餐会にピアンのシャーベットとパウンドケーキを出したのが王宮で『食』の仕事をするようになった始まり。
その時、第一皇子妃の料理人 ペルウェスさんが作ったのは本当に雑な中世料理だった。
野菜を申し訳程度に入れた塩味のスープとか、ローストチキンとか固焼きパンとか。
「どうでしょう? なかなかいい味に仕上がったと思うのですが」
確認するようにペルウェスさんが私を見るけれど、その眼には確かな自信が見える。
「はい。とても素晴らしいと思います」
薄切りのスモークサーマン(サーモン)で作られた花に、茹でたてを花びらのように並べたペリメク(水餃子)
エナの赤身が海産物のブイヤベース。
パータトやゆで卵たっぷりのオルヴィエ風サラダ。
柔らかい丸パン。
ペペロンチーノ風のミニパスタ。
メインは魚や貝、鶏肉のフライ。
プラーミァから貰ったお土産のキトロンの果汁やウスターソースをかける。
お料理お父さんで覚えた手製ウスターソースはさっぱりしてかなり美味だ。
二国を巡りグローブや香辛料、お醤油を手に入れたからこそ可能になったのだけれど。
その味に料理人さん達も目を剥いていた。
それから猪の丸焼き。皮がメインの北京ダック風味。
お肉やお魚は皮目が美味しい。
タレはウスターソースをメインにペルウェスさんが丁寧に煮込んで作ったオリジナルだ。
酸味の中に旨みがあって肉の油を感じさせずさっぱりと食べさせてくれる。
デザートは今が旬のピアンを使ったミルクレープにバニラアイスとチョコレート。
材料が新鮮で味が濃い上に、料理人さん達の腕がいいから本当に美味しい。
夏の暑さがキツクなってきたこの時期、酸味や辛みで食欲がでるように、食べる人の事も考えたいいメニューだ。
このまま向こうの世界でも結婚式とかちょっとした宴席に出せるレベルだと思う。
「我ながら一年前の夏の宴とは天と地ほどの差があると思っています。
試食をされた第一皇子夫妻にもお褒め頂きました。
これ程の美味を自分が作り出せるとは…姫君のおかげです」
「私は何もしていませんよ。全ては皆さんの努力のたまものだと思います」
ペルウェスさんは頭を下げるけれど、今回に関して言うなら私は本当に調理をしていない。
調理技術はもう、圧倒的に皆さんの方が上だと思う。でも
「ですが、貴重なプラーミァからの香辛料や、エルディランドの調味料が無ければこの味は作れませんでした」
あ、そうか。
そう言われればそうかと思う。
ウスターソースは特に醤油と香辛料類があって、やっと形になったんだよね。
「早く、各国との交流や食材輸入が盛んになるといいですよね」
「全くだ。今回は出せなかったが、リアの料理などもきっと大人気になるぞ」
「夏の戦の影の功労者、という話だよ」
「秋の戦の時、新米を出せたらきっと凄く喜ばれると思います」
料理談義は楽しい。
でも、いつまでも料理場にいられないのは、皇女の辛い所だ。
「今日は宜しくお願いします。
大丈夫です。きっと皆さんに喜んで頂けますから自信をもって出して下さい」
「ありがとうございます。全力を尽くします」
跪き見送って下さる皆さんに挨拶をして、私は部屋に戻った。
「お待ちしておりました。直ぐに身支度の準備をなさって下さいませ」
「解りました」
少し焦ったようなミュールズさんの様子に私は少し、首を傾げる。
「どうしたんです? もう準備は整っているでしょう?」
「先程衣装の変更が指示されたのです。姫君の装束をアルケディウスの『皇女』として整えるように、と」
「へ? なんで?」
アルケディウスや各国にはそれぞれの民族衣装のような服がある。
振袖や着物のように第一級礼装だけれど、一般的な舞踏会には逆に着ない。
言ってみれば正式で、他国のや来客方を招くような晩餐会で皇族の方達が着物を着たりしないのと似てるんじゃないかなと思う。
女性はドレス。男性は中世風チュニックをベースにしたもの。
でも、皇女として、ってことはサラファンベースの民族衣装を着ろってことだ。
去年秋、お披露目の時にはアルケディウスのデザインを取り入れつつ、可愛らしさを出したドレスを着た。今思うと汎用タイプだね。
お父様に国務会議に連れていかれ、娘だとお披露目された時には民族衣装を着させられた。
多分にパワードレッシング、というか衣装もその時々に合わせて使い分けて、立場や力関係を顕すの意味があるのだと思うけれど。
今回に関しては事前に衣装を打ち合わせて、誂えて貰っていた。
華やかな水色をベースにしたお姫様ドレスが丸っとボツになってしまう。
なんでだろ?
疑問になお首が傾くけれども、ミュールズさんは解りません、と首を横に振る。
「先程、皇王陛下直々の命令があったと第三皇子妃様がお知らせに。
理由は語られませんでした。
時間もありませんし、ご命令とあれば、我々臣下はその通りにするだけでございます」
「解りました。とりあえず皇王陛下のご指示であるのなら、その通りにお願いします」
「お任せ下さいませ」
ミュールズさんにお願いすると流石敏腕侍女。
他の側仕えなどにも指示して、パパパッと準備を整えていく。
花を浮かべたお風呂に入り、髪を洗いマッサージをして、ドレスを身に付ける。
華やかな色合いのサラファンに、トーク帽とヴェールを身に付ければ我ながら見惚れるようなお姫様姿になる。
あまりアクセサリーでゴテゴテと飾り付けないのがアルケディウス風だ。
新年の参賀の時のような絵に描いたような『皇女』が出来上がる。
「準備はできましたか?」
用意が整ったのを待ちかねていたようにお母様が入って来られた。
「あれ?」
お母様も民族衣装を着ておられた。
確かカートル、だっけ? アークリーグとも言うと聞いたような。
ウエストをキュッと絞った身体にフィットしたデザインのワンピースに同じくすんなりとした上着を重ね着する。
袖が長く、肘から袖先にかけてスリットが入ったようなデザインはシャープな印象だ。
ネックレスやイヤリングを付けない代わりに刺繍の入ったベルトや裾飾りは凄く手が込んでる。
でもこのドレス、スタイルが良くないと似合わないだろうな。
速く、こんなドレスが似合う大人になりたいものだけれど。
…ではなく。
「どうしたんですか? お母様もアルケディウスの服を?」
「…威圧の為です。
舞踏会に参加する皇族は今回、全員民族衣装を身に纏うように皇王陛下がご命じになったので」
「威圧? 誰を?」
大貴族達を威圧するのに衣装に気を遣う必要があるのだろうか。
私の疑問にお母様は大きなため息と共に答えて下さる。
「アルケディウスの神官長が、急遽晩餐会と舞踏会に参加する事になりました」
「え?」
「目的は貴女と『精霊獣』の確保でしょう」
「ええっ!!」
大祭最終日。
当たり障りなく終るかと思われた大祭の最後。
とんでもない爆弾が降ってきた。
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