大聖都から風の国シュトルムスルフトに入ってすぐ、私達を出迎えたのは冬に入ったというのに乾燥し熱を帯びた空気と、荒涼とした砂の大地だった。
「うわー、砂漠だ」
「シュトルムスルフトの平地、その南半分は砂漠地帯になっています。プラーミァと接する部分はほぼ砂漠と言ってもいいかもしれません」
一応、今回の訪問国、シュトルムスルフトについては軽くは予習していたけれど、本当に軽く、だけだった。
そもそも遠すぎて情報が少なかったので頼りは春にプラーミァの国王陛下から貰った資料と、旅の商人、そしてプラーミァで幾度か戦に参加したミーティラ様の数百年前の情報になってしまう。
そのせいで先手を取られ、あちらの服を着させられてしまうところだったのだから、改めて確認しておかないといけないと思ったのだ。
馬車の中で、私は資料を広げてみる。
『シュトルムスルフトは国土の約六割が砂漠地帯。砂漠地帯と湿潤な高原地帯を分ける様に大きな川が流れていて、川の近郊は豊かに穀物も実っている』
「戦争して勝利しても、得られる土地が基本的に砂漠なのでプラーミァに利点は少ないと、国王陛下はあまりシュトルムスルフトとの戦に興味を持っておられないようです」
「ああ、前に言ってましたっけ。本気を出して戦えばシュトルムスルフトの首都まで捕りに行けるとかなんとか?」
「はい。兵にも向上心や意欲が感じられない、と」
不老不死前はそれでも耕作地が少ないので、食料品の確保に苦労していたらしいけれど、今はあくせくしなくてもいい。ってことで本当にゴーイングマイウェイしているようだ。
主要産業は、刺繍、織物、絨毯、染色。
「砂漠は住みにくい土地ですが、砂漠のあちらこちらにオアシスがありますのでそれを利用して遊牧生活をしている者も少なくありません」
遊牧で育てた羊やラクダの毛で糸を作り、それを水や緑、染色素材の豊かな北側で染めて売る。ってことかな。
「あと、砂漠で見つかる黒い油。それをヒンメルヴェルエクトが高く買い取っているそうです。
加工することで強く、長く燃えるのだとか」
「黒い油……重油かな?」
「ジュウユ? 何ですか? それは」
「何でもない。気にしないで」
化石燃料と呼ばれる石炭、石油。
この世界にも石炭があるのは確認したけれど、石油は無いかあまり流通していないように感じていた。この世界の燃料の主はどこにでもある薪。工業用など特に火力が必要なものにだけ、石炭などが活用されている。
石炭の最大産出国はアーヴェントルク。後はアルケディウスとエルディランド。フリュッスカイトにも少し出る。
プラーミァは石炭の算出はまったく出ないけれど、火の国だから、寒さに困ったことは無いようだ。
向こうの世界でも中東エリアは原油の産地だったし不自然さは感じない。
石油があればいろいろな、例えば蒸気機関とかできて技術革命が可能だと思うけれど、私には重油をどうこうして何かするという知識はない。
この国の精霊古語で書かれた本にはもしかしたら活用方法が載っているのかな?
「こういう表向きの情報はともかく、女性が外に出る時にはスカーフが必要とか、基本的な所が解っていなかったのは失敗でした。今まではどこに行っても最低限のルールは変わらなかったし大目に見たり教えて貰うことができていたりしましたからね」
最初の訪問国がプラーミァ、中世ヨーロッパ感覚だったアルケディウスとはまったく違うけれど身内だということで白い目で見られることもなく、受け入れられたのはラッキーだった。
次の国はエルディランドでまた違ったけれど、中国、日本イメージの国は私には過ごしやすかったし、アーヴェントルク、フリュッスカイトも中世ヨーロッパ思考で大丈夫だった。
でも、中東には私自身向こうでもまったく縁が無かったから、もうどうしようもない。
当たって砕けるしかない。いや、砕けるわけにはいかないのだけれど。
「宿に着いたら、近場の街でスカーフなどを買ってきて貰って、ついでに情報収集を頼みましょう」
「ですが話を聞くに、女性だけ、女性を入れても危険があるかもしれませんね」
「改めて考えると、私の随員は女性が殆どですから。かといって子どもであるリオンやフェイは侮られる可能性があるし、騎士だけだと情報収集その他は難しいように思いますし……」
「モドナック様にお願いして、ヴァル殿あたりに護衛兼助手をお願いするのが妥当ではないでしょうか?」
「それが一番いいかもしれませんね。でもリオンとフェイには残って欲しいのですが」
「かしこまりました」「解っています」
そうしてその日、私達は宿に到着後すぐ、モドナック様達に買い物と情報収集をお願いした。
宿に残った私達が簡単な食事を作っていると、ズカズカドンドンと遠慮のない足音が聞こえる。
これはいつものパターンかな?
「ほほう。本当に姫君が料理をなさっておいでか」
「別に見るなというつもりはありませんが、他国の皇女のいる場所に勝手に入って来られるのはどうかと思います。シャッハラール王子」
私がノアールやセリーナ。部下を背後に庇って抗議すると入ってきたシャッハラール王子はふふん、と鼻を鳴らして笑う。
今回はちゃんとスカーフはしている。リオンに昔買ってもらった白いもの。
「他国ではどうか解りませんが、この国において、女性は男性の下に在るものと定められております。男性に意見する権利は女性にはないのですよ」
「それこそこの国ではどうだか知りませんが、私はアルケディウスの皇女であり、仕事として依頼されて料理を教え、土地の食について手助けする為に来たのです。下に見られるのは心外です」
「まあ、そうですな。
まったく他国に生まれた女は本当に気の毒だ。皇女ともあろうものがくせくと働かなければならないだなんて」
そう言うと王子は私に近づくと、手に持っていた杖のような棒で、私の顎をくいと持ち上げる。
「何をするのです! 姫君に無礼な!」
カマラがくってかかろうとしたけれど、私はそれを手で制する。
「今はまだ、幼くていらっしゃるが流石『聖なる乙女』。
顔だちも整っているし何より目がいい。
後数年もすればおそらく黒ロッサのような美女となられることでしょう」
「お褒めにあずかり光栄です」
「まだ蕾、開かぬ花を抱え、育て咲かせるがシュトルムスルフトの男の甲斐性。
ぜひとも姫君には、我が後宮に来ていただきたいものだ」
「それは求婚という意味ですか? シュトルムスルフトの国の意思で、王の御意見も同じであると?」
「そうとって頂いてもけっこう。精霊に愛されし『聖なる乙女』
各国に先に奪われないかと焦っていたが、こうして無垢なまま我が国にやってきたのであればなんとしてでも頂く」
うーん。今までで一番ベタで下手な態度だ。
これじゃあ、百万が一この皇子がカッコよくて一目ぼれしたとしても萎える。
「私の求婚を受けて頂けるなら、二度と厨房になど立たせません。
女の指は滑らかであるべきだ。磨き上げられた大理石のように、男の背に回ればそれでいい」
はい。ダウト。
女は閨にいればいいなんて男とは絶対に結婚なんて考えられない。
チリンリン。
私は服の隠しに入れておいた小さなベルを鳴らした。
と、同時に控えの間から二陣の風吹き抜け、私と王子の間を遮って離す。
「な、なんだ? 貴様?」
「アルケディウスの『星』『聖なる乙女』に無礼は許さん」
「あまり皇女を見下げるようなら、招聘の契約を破棄することもあり得ますのでご注意を」
念の為、控えてくれていたリオンとフェイの背中に守られて。
でも、私ははっきりと王子に首を下げる。
「申し訳ありませんが、私には既に婚約者がおりますので王子やシュトルムスルフトの御意向には添いかねます。お許し下さい」
でも、王子にその話が耳に届いたかどうかは疑問。
貴様ら、ではなく、貴様。
王子の目は自分を阻んだリオンではなく、傍らに控えるフェイを見ていたから。
「まさか、お前は……」
驚愕の眼差しで。
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