『精霊神』の復活から丸一日。
結果から言うとエルディランドの体制は大きく変わった。
数日前から考えるとビックリするくらいに。
なんと、大王陛下が国務から退く事を正式に表明したのだ。
来年の新年の国王会議で正式に各国に退位を伝える。
次期大王は勿論、第一王子スーダイ様だ。
急な発表と、不老不死時代始まって以来最初の『国王の交代』に国中が湧いていた。
きっと情報が伝われば、世界中が大騒ぎになるだろう。
翌日、大騒ぎの王宮を収める為に大忙しの第一王子、第二王子不在の調理実習。
昼餐会で
「色々と、騒がせてしまうでしょうが、これはずっと前から考えていた事なのですよ」
大王陛下は笑っておっしゃっていた
。
私達は王子が治療されて良かったね。
ついでに精霊神も復活しました。
で終わりだと思っていたのだけれど、翌日になったら想像を超えた急展開。
当然中止かと思っていた調理実習に王妃様を伴ってやってきた大王陛下は何か、遠いものを見る眼差しで思いを語られる。
「本来だったら、私は不老不死を得ずに死ぬことも考えておりました。
何せこの歳ですからな。これからお前は不老不死になる、と言われてもあまり楽しくは無い。
不老不死でも身体は軋むし、自由に動く事もままならない。
いろいろ、疲れておりましてな」
確かに。
零れた思いは本音だろう。
スーダイ様も言ってた。
若い人や、容姿端麗な人や、自由に動ける人はいいけれど、不自由な体を持つ人が不自由な身体のまま不老不死になってもあまりいいことはない、と。
「それを押して不老不死を得て私が出しゃばっていたのは、まあ、言葉は悪いですがスーダイが頼りなかったからです。
スーダイに国を任せてはおけない。
そう思って老骨に鞭打ち国を治めて来ましたが、姫君のおかげでアレは本当に、随分と変わりましたから」
目を細める大王陛下には今はここにいないけれど、テキパキと国務をこなすスーダイ様がきっと見えているのだろう。
私がスーダイ様の目を治療する為の儀式を行ったあの日から、王子は変わった。
『精霊神』様に魔性に喰われた精霊…王族の力と失われた視力を直して貰い、精霊獣と一緒に戻ってきたあの日から、本当に、もう別人のように変わったのだ。
エルディランドの精霊神様のところから付いてきた精霊獣は、姿かたちこそ、プラーミァのそれとそっくりだったけれど、目の色と宝石の色が違った。
目は優しい黄色。
そして、額の宝石の色は優しい茶色でとても愛らしい。
エルディランドの精霊神 エーベロイス様を思わせるこの精霊獣ちゃん。
私の精霊獣とはとっても仲がいいけれど、私に賜ったものじゃない。
プラーミァで王妃様が預かる精霊獣と同じにエルディランドに贈られたエーベロイス様の端末、らしい。
基本、王子の側を離れない。
儀式を終えた王子は、王宮と貴族区画にいた王子、貴族達を大広間に招集し、精霊獣を肩に乗せ、声を放つ。
『私は『精霊神様』のお姿を拝見し、その御名とこの精霊獣を賜った』
響き渡る声は雄叫びにも似た強さを孕み、居合わせた者達を沈黙させた。
『直々に、国と民を頼むと命じられたのだ。
エルディランドの民を、幸福に導けと』
誰もが息を呑み、括目する。
我々の王子は、こんな人物であったのか、と。
純白の精霊獣を従え、配下臣下に頭を下げた王子は、ほんの少し前までの甘えたバカ王子の姿は欠片も見えず。
凛々しくも誇り高い王族の顔をしていたのだ。
『皆に頼む。エルディランドを豊かな国、人々が幸せに生きられる国にする為に力を貸してくれ!』
端っこで、私も身ていたけれど不思議な感じ。
別段、すっごく痩せてハンサムになった、と言う訳じゃあない。
まだずんぐりむっくり体系ではある。
でも、何と言ったらいいのだろう。
うん、失礼だとは思うけれど
「カッコいいデブ」
凛々しさと、やる気と責任感、そういうのが行動や顔つきから伝わってくるのだ。
あと、自信。
自分にはできる。
自分にはやれる。やってみせる。
そういうような王者の強さが感じられる。
『精霊神』と会い、言葉と力を賜った、というのはやっぱり相当に強いのだろうか。
そんな王子の変容に
「我が一族は、エルディランドと第一王子に改めて忠誠を誓います」
まっさきに膝を付いたのは、第二王子グアン様とその一族だった。
国務を事実上預かるトップのグアン様。
三人の上位王子と多数のユン君を含める複数の王子候補を抱えるエルディランド新興最大派閥が王子についた事で、周囲の人々が王子を見る目も完全に変わった。
元々エルディランドは大王陛下の圧倒的なカリスマで支えられた国。
不老不死世界で革命とか下剋上とか起きにくい世界だし。
有能な人物が国を動かし、自分達を富ませてくれるのであれば従った方が得策、という計算はあったのだろうけれど。
ついでに精霊獣、という目に見えた証拠があって『精霊神』の復活と祝福を受けた王子、が人々に支持されたというのもあるのだろうけれど。
気が付けばスーダイ様は、万雷の拍手の中、有力貴族達の指示を得て、聡明に国を動かす正しく『第一王子』になっていたのだ。
「私も色々、反省しました。
スーダイを頼りない王子にしていたのは、きっと私だったのだと」
「大王陛下…」
「あれを守るという名目で、箱の中に閉じ込めておきながら、何故箱から出ないと責めるばかり。
スーダイに必要だったのは、自分を信じ、認めてくれる存在と能力を発揮できる仕事。
やらせれば、あれは愚かな王子では無かったのに。
一番スーダイを理解していなかったのは、おそらく私だったのでしょうね」
後悔を噛みしめるような口調は、子育てに悩むお父さんそのものだ。
でも、スーダイ王子はちゃんと愛されていた。
一人では無かったから、枯れることなく育ったのだと思う。
「スーダイが多少なりともまともになり、他の王子と力を合わせ国を動かし『精霊神』様も復活なされたとなれば、私の役割も終わり、ということでしょう。
兄から託された責任も果たせたというもの。
後は若い者達に、変わりゆくエルディランドを任せる事に異はございません」
私達に懺悔するように告げた大王様の目には本当に、地位にしがみ付く思いとか欠片も見えない。
潔いな。
心から敬服する。
「姫君にはなんとお礼を申し上げてよいのやら。
我が国に新たな産業と知識を齎して下さったばかりではなく、精霊神の恵みを蘇らせ、王子を真なる王に導いて下さった。
心から感謝申し上げます」
そう言って頭を下げる大王様に、私は慌ててて手を振った。
「い、いえ、私は何も。
全てはスーダイ王子の努力と、精霊神様のご加護にございます」
「ですが、そのきっかけとなったのは姫君の来訪。
姫君の行幸無くば、スーダイは今も、自分の立場を拗ね、くすぶり続けていた事でしょう。
…真、姫君をエルディランドの大王妃として迎えられればこれほどの喜びは無いのですが…。
「申し訳ありません。それはできません」
「解っております。無理強いは致しません。
大恩ある『聖なる乙女』を困らせてはそれこそ本末転倒でございますから」
少しホッとする。
大王陛下に王子と結婚しないと国を出さないとか言われたら、どうしようかと思った。
「エルディランドでの滞在も残りあと僅か。調理実習も今日が最後かとご挨拶に参りました。
明日の安息日はグアンが我が国が誇る製紙印刷工房をお見せすると、力を入れて準備しておるようですし、明後日は送別の宴。
大王となるスーダイにとっては初の公務となるでしょう。
姫君にはご苦労、お手数をおかげするばかりであったエルディランドの滞在が、せめて楽しく実り多いものとなるように、尽くさせて頂きたいと思います」
そっか。
大王陛下は私にお礼を言う為に、わざわざ来て下さったのか。
確かに今日の調理実習が終われば、残りの私の仕事は、晩餐会用のメニュー作成の手伝いくらいで、もうない。
中止になったり、休止になった分のメニューは書き残していくつもりだけれど。
「エルディランドの滞在は、私にとっては本当に、実りの多いものでございました。
苦労など何も…。
今後とも良い関係を築いて参りたいと思います。
最後までどうぞよろしくお願いします」
私は微笑むお二人に、心を込めて頭を下げたのだった。
明日はエルディランド最後の安息日、お休みの日。
大王陛下が言ってくれたようにグアン王子が印刷製紙工房を見せて下さる事になっている。
皇王陛下は製紙技術を学び、交渉して、アルケディウスでも製紙ができるようにしてこいと言っているけれど、それとは別に私には確かめなければならないことがある。
明後日が送別の宴、その次の日は出立の日だからもう時間がとれるのは明日しかないだろう。
「姫様。随分と厳しいお顔をされておいでですね」
「カマラ…」
「色々と、思いがお有りで大変だと存じてはおりますが…」
「ごめんなさい。
貴女への説明を色々と、後回しにしてしまって」
調理実習の帰り道、声をかけてくれたカマラに私は謝る。
実はカマラにはまだ、細かい『私達』の説明をまだしていないのだ。
「それは構わなないのです。
いずれ姫君が良いと思った時で。
私はこの旅で、改めて姫君に、自分の意志でお仕えしたいと思い心を決めたのですから」
「ありがとう。うん。実は私もまだ、ちゃんと理解していなくって」
魔王城の事、自分自身の事、リオンの事。
色々な事がまだ解っていない。
「だから、確かめてからにしたいの。
もう少し待って」
「解りました」
明日は、多分会えるだろう。
あの人は、それを狙って手を回した気がする。
会わないといけない。話をしないといけない。
そして確かめないと。色々な事を。
私達よりも私達を良く知る人。
エルディランドの転生者 ユン君に。
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