ただいま、なんとか無事に帰って来たぞ。
ああ、もう聞いているよな。今年の秋の戦はアルケディウスの快勝だった。
敵に奪われた兵士も殆ど無かったってな。
なあ、聞いてくれよ。
とにかく、話したい気持ちでいっぱいなんだ。
今回の戦の裏話。
勝利の間違いのない立役者。
俺達の部隊長 小さな騎士貴族の話をさ。
俺の名はベック。
取るに足らない場末の平民だ。
仕事も日雇いをふらふらと繰り返しながら、その日暮らしを続けている。
女房もいない、気楽といえば気楽な人生だ。
春夏の戦は俺達のような男には年に何度かの纏まった額を確実に稼げる貴重な場だ。
つーか、これに参加しないと秋の税金が払えないしな。
神殿の連中の税金を払わない奴らを探し出す嗅覚はえげつない。
募集がかかると直ぐに俺は申し込んだ。
これに参加すると、給料から税金が引かれるんで払わずにすむし、戦が終わるまでの間、屋根の下で確実に眠れるのがありがたい。
勿論、戦争だから扱いはハードだし、痛い目を見る事もある。
敵に捕らわれて監禁されることだって何度かあった。
暗い部屋の中に雑魚寝で何カ月も閉じ込められるのは堪えるが、まあ死ぬことは無いからな。
そんなもんだと割り切れば楽なものだ。
で、オレは今年の戦に参加する事なり、いつものように適当に部隊の一つに割り振られた。
適当って言って良いのかって?
いや、だって、どっからどう見ても適当だろ?
お偉い騎士や職業護民兵と違って俺達みたいな一般兵を能力、適性考えて割り振ってたら尊敬するぜ。
そもそも経歴とか能力なんて聞かれてねえし。
そんでまあ、出立前に俺は部隊長の顔を始めてみたんだが、正直、今年はハズレだな、って思ったんだ。
何せ子どもだったからな。
噂には聞いてた。今年の騎士試験で、並み居る大人を蹴散らして優勝した子どもの騎士貴族がいるって。
でも、まさかその子どもの部隊に配属されるとは思わねえだろ?
しかも初陣だ。側に仕える部下連中のほうがよっぽど頼りがいがありそうに思えた。
一般兵の命運は部隊長が握る。
下手な連中の指揮で罠にはまり、敵に捕らわれるなんてことは何度も体験した。
こんなガキにまともに部隊の指揮ができる筈がない。
もしかしたら、腕っぷしは確かに少しは立つかもしれないがどうせ大したことはできないと、本気で思い込んでまた今年も暗い雑魚部屋での年越しを覚悟してた。
ただ、それがどうやら違うっぽいと思ったのは野営して一日目の夜の事だった。
それぞれの部隊ごとに集まって天幕を張るんだが、野営の準備が終わった頃、伝令が回った。
風の刻頃、中央の天幕に集まれと。
今まで戦場についてから翌日の戦いについて指示がある時はあっても、こんな早くに呼び出される事は無かった。
面倒だとは思ったが、どうせやることも無いしな。
退屈しのぎに行ってみたんだよ。
そしたら、ビックリした。
近づくにつれて、すげえ懐かしい、いい匂いが漂ってきた。
なんだか解らないうちに匂いに引き付けられるように天幕に入ったらな。
天幕の中央になんだか解らない鉄の道具が置かれてて、その上で肉がジュウジュウと音を立てて焼かれてたんだ。
肉だぜ! 肉!
不老不死になって何百年経ったか、もう忘れるくらいだが、肉なんて目にしたのは確実に数百年ぶりだった。
焼ける匂いを嗅いだのも、だ。
「これは、部隊長 リオン殿からの振る舞いである。興味のある者は自由に持って行って食するがいい。
強制ではない故、興味の無い者は戻っても良い」
副官はそう言ったが戻っていいって言われたって肉を目にして戻る馬鹿はいねえよな?
最近、アルケディウスで流行り始めている『新しい食』とかいうのの噂は俺達場末にも届いていた。
食えば力がみなぎり、気力が宿る。
と。
でも、そんなに高くはないとはいえ金もかかるし、数が少なくて並んだりの手間もかかる。
だから俺達場末の者には縁の無いものだと思ってたんだが、それが目の前にあるとなりゃあ、手を出さない訳にはいかねえだろ?
取りに行く為に並んで、俺は驚いた。
肉を焼いて渡しているのは、騎士階級の連中で、裏の方で肉を捌いてたのは、なんと部隊長の子ども、本人だったんだ。
夜を切り取ったような黒い髪と瞳は、決して珍しいモノじゃないけれど不思議に目を引く。
「名前と所属を」
確認する、がたいのいい副将に俺は名前を告げて、串焼き肉の入った皿と何やら液体の入ったジョッキを渡された。
後ろがつかえているので、早々に下がって天幕の端に座って肉を齧る。
「うおおっ!」「これは、なんだ?」
そんな声がそこかしこから聞こえた。
俺も声を上げそうになった。
言ってみればただの焼肉ではあったんだが、口にしたのは本当に久しぶりの事だったし、何より肉にはちゃんと味が付いていた。
刺激的で目が覚めるような、ただの塩焼きではないと解る。生まれて初めての味わいだった。
興味が湧いて、ジョッキの液体も口にしてみた。
「おい! 何だよこれ!」
今度こそ俺は声を上げた。
それは酒だったのだ。しかも高くて上品で滅多に口にできない大聖都の葡萄酒では無く微かな苦みと、確かな酒精の宿る麦の酒。
遠い、遠い、何百年も昔、確かに口にした喜びの味。
「それは、ゲシュマック商会が今年の大祭で売り出す『新しい味』麦酒 ビールだ。
口にするのは初めてだろう?」
そんな声が聞こえたので顔を上げてみれば、そこには部隊長がいた。
一通り、行きわたった為か、給仕の手を止めた騎士連中もいる。
初めてか、と問われても誰も声が出せない。
当然だ。こんなもの貴族連中だってそうそう口にできないだろう。
「良く味わってくれ。
これはアルケディウスの未来を変える味。俺達はこの味を、当たり前に楽しめる未来を創る為に戦うんだ」
みんなが、小さな部隊長を見ていた。
この場に並み居る男達の中で、誰よりも小さな部隊長。
けれど、静かに語るその姿は不思議な程に大きく見えた。
「俺は、この場にいる誰一人として失わず、奪われず勝つつもりだ。
その為の算段はついている。
子どもで頼りないかもしれないけれど、どうか俺を信じてついて来て欲しい」
初めてだった。
物を振舞われたことも当然初めてだったが、何百回も戦に出てきて、俺達のような一般兵の前に部隊長が、顔を見て話しかけ声をかけるなんて初めての事だった。
食い物に釣られた訳ではないけれど、この子どもはどうやら今までとは違う。
そう思ったのも生まれて初めての事だった。
俺はこの戦。
ハズレ、と思っていた部隊長を少し、見直した。
そして、何か、今までとは違う何かが起こりそうな期待に胸を膨らませながら、串焼きをかっ喰らい、麦酒を喉に通したんだ。
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