昨日も思ったけれど、最近気絶が癖になっている。
身体が色々な意味で限界に達して強制的に意識が落ちる奴。
あんまり良くない事だと思うけれど、仕方がない。
回避しようと思ってできることではないし。
で、アーヴェントルク皇妃皇女による誘拐事件。
始まりは午前中のお茶の時間だったのだけれども、私が目覚めたのは多分、翌日、自分のベッドの上だった。
あれだけの騒動があって、毒も使われて。
夢も見ないでバタンキュ&ぐっすり。
その分目覚めはスッキリ。爽快な気分だ。
「お目覚めになられましたか? マリカ様!」
「ミュールズ……さん?」
私の横にどうやらずっと付いていたらしい。
ベッドサイドに座っていた女官頭、ミュールズさんは私の意識が戻りベッドに半身を上げると即座に立ち上がり、膝をついた。
「この度は、私達の油断から姫様を危険に晒すことになり、本当に申し訳ありませんでした」
「? どうしてミュールズさんが謝るんですか?
あれは皇妃様の策謀で、皆さんには関係ないでしょう?
不可抗力です」
心底申し訳なさそうに頭を下げるミュールズさんに私は手を振るけれど
「いいえ。皇妃様のお勧めであったとはいえ、敵地で臣下が相手の出したものを口にし、結果毒を盛られたのです。
姫様の側近として在りえない事。さらには暗示をかけられ姫様に危害を加えてさえいた。
皆、深く反省しております」
ミュールズさんは顔も上げてくれない。
泣き出しそうな顔で俯いている。
「……皆、ってことはカマラやミーティラ様も落ち込んでいるのですね」
「はい。二人とも外で部屋の見張りをしながら己の過ちを噛みしめているかと存じます」
「すみません。直ぐに外に出るので着替えを手伝って下さい。
二人にも話がしたいし、心配してたであろう他の随員や、助けに来てくれたリオン達にも話がしたいので」
落ち込む二人にどこまで効果があるかは解らないけれど、せめて無事な姿を見せて安心させたいし助けに来てくれたリオン達にもお礼を言いたい。
私の言葉にミュールズさんはわかりました、と頷いて準備をしてくれた。
今の私の服は誘拐され、儀式にかけられた時の白服じゃなくって夜着だ。
救出後、着替えさせてくれたのだと思う。
手早く身支度を整えて部屋の外に出ると、ミュールズさんがおっしゃったとおり部屋の外で立ち尽くしていた護衛二人。
カマラとミーティラ様が速攻駆け寄ってきて、跪いた。
「マリカ様。この度はとんでもない醜態を晒しましたこと、心からお詫び申し上げます。
ティラトリーツェ様からお預かりした大事な皇女を守れなかったなんて、恥ずかしくて顔向けできません」
「護衛士でありながら、姫君を危機に晒したばかりか、あまつさえ敵に操られていたなんて…。
不老不死でなかったら、この場で首を掻き切り死んでお詫びをしたいくらいです」
「ダメです。絶対にそんなことを考えないで下さい。
私には、貴女達が必要なんです。それを解っていたから皇妃も貴方方ごと取り込もうとしたのですから。
申し訳ないと思うのなら、これからも私の側に付いて、私を守って下さい。
今回の事でも解った通り、私は本当に弱力なので助けてくれる人がいないと、何にもできないですから……」
膝をかがめて二人に視線を合わせる。
今回は本当に思い知った。
自分の物理的攻撃に対する無力さを。
ここまでの騒動はもう早々無いとは思うけれど、守ってくれる人がいなければ、私は本当に弱い子どもでしかないのだ。
悔しいけれど。
「……ありがとうございます。はい! もう二度と同じ過ちは繰り返しません!!
姫様を守る為に、今まで以上に命を賭けて努めて参ります!」
私の言葉にカマラは涙ながらにそう誓い、
「なんだかんだで、私も不老不死のぬるま湯に浸かりきっていたのでしょう。
己を鍛え直します。どんな相手からもマリカ様を守り切れるように……」
ミーティラ様も目元を潤ませながら深く頭を下げてくれた。
「なら、今回の件はこれで終わりです。アルケディウスには私が報告しますので、くれぐれも、くれぐれも責任をとって辞任、なんて考えないで下さいね」
「「「はい」」」
皇女誘拐の罪を問われて解雇、護衛交代なんてことになったら心底困る。
皇王陛下やお母様達には私からくれぐれも言っておかないと。
「これから皇帝陛下に謁見を申し込み、今回の報告をします。
その前に情報の共有をしたいので、上位随員達を集めて下さい」
「解りました」
「あと、フェイに頼んでアルケディウスと通信を繋いで貰って欲しいです。
今回の件の後始末について指示を仰がないと」
「伝えて参ります」
予定通りなら、明日はアーヴェントルク最後の宴会の日。
明後日には帰国となる。
今回の件については、皇女誘拐、監禁傷害の賠償をアーヴェントルクと話し合わないといけないし、精霊神様との約束があるから『精霊の間』にもう一度入れてもらわないといけない。
打ち合わせは必須だ。
そして半刻も経たないうち。
『まったく。
あれほど油断するな。調理実習に徹せよと申したのにやはり無駄だったか』
「私のせいじゃないし、護衛士、側近のせいでもないですからね。
くれぐれもそこの所はお間違えないようにお願いします」
通信鏡の向こうで大溜息をついた皇王陛下に、私はきっちりと念押しする。
朝早いので流石にお母様は城にはいらっしゃらない。
いたら間違いなく怒られただろうから少しホッとする。
『だが、菓子に毒を盛られたのであろう?
配下達は毒見などの注意が足りなかったのではないか?』
「もう少し注意すべきだったというのはその通りですが、初見では気付けなかったのは仕方ないと思います。
皇妃様は同じケーキを切って食べたんですから」
『? それで、何故アルケディウスの者だけ毒を受ける事になった?』
「毒に身を慣らしていたとかでなければ、多分ナイフを使ったトリック……仕掛けだと思います。
ナイフの刀身の片側にだけ毒を塗っておいたんですよ」
向こうの世界で推理小説や、子どもむけゲームブックとかで良く見たトリックだ。
ナイフの片側に薬をこってり塗る。
四角いホールケーキを半分に切れば、半分のケーキにだけ毒が付く。
それを随員達へ。
毒のついていない半分をさらに半分にすれば毒のついていないカットと毒のついているカットが出来上がる。
毒のついていない部分を自分が味見し、残りの半分を私に出す。
ケーキに付着する毒の量は少なくなっているけれど不老不死ではない子どもには丁度いいくらいになるのかもしれない。
「お茶……テアに入れると随員には飲ませられないし、部屋に毒を撒くとかは乱暴すぎる。
かなり本気で計画的に練られた犯行だと思います」
『怖い話だな』
本当に怖い。
ここまで怖い事をする人は他国にはそういないと思うけれど、今後はもっともっと注意しなければならないと思った。
「ただ、怪我の功名的にアーヴェントルクの『精霊神』様とお近づきになれて、神殿の浄化もできました。
私としては事をあまり表ざたにせず、荒立てずに終わらせたいと思うのですがいかがでしょうか?」
『それでいいのか? 皇女の殺害未遂だ。皇妃、皇女の廃位。やりようによっては皇帝の退位くらいは要求できると思うが?』
「その辺はアーヴェントルクが国として決める事で、私達が口出ししていいことじゃないと思います。
アンヌティーレ様は『精霊神様』によって不老不死も剥奪されてますし、キリアトゥーレ様は流石に表にはもう出てこれないでしょうから。
生涯幽閉とかになるのならきっと、十分な罰は受けてます」
自らの全てを捧げて育てた『聖なる乙女』が不老不死を失い唯人に落ちる。
下手したら我が子が自分よりも先に老いて死んでいく姿を見ることになるとしたら精霊神様のお言葉と合わせ、きっと殺されるよりも辛い地獄になると思う。
「私の誘拐・監禁についても貸しにしておいて、今後増えていくアーヴェントルクからの輸入や子どもの保護に便宜を図って貰うのもいいかな、と思っています」
『被害を受けたのは其方で、怒る権利があるのも其方だ。通信鏡の存在は伝えられぬからまだ、国から正式な抗議もできぬ。
其方がそれでいいというのなら任せるが……』
「はい。アーヴェントルクそのものは悪い国でも敵国でもありません。
事を荒立てるより良い関係を作っていきたいのです」
せっかく人と人が傷つけあう戦争の無い世界なのだ。
余計な争いの種は作りたくない。
『解った。今回の件は其方に任せよう。
随員達と話をして、交渉の素案を纏めるがいい。
後残り数日、言っても無駄だと思うがくれぐれも、騒ぎを起こすでないぞ』
「あ、もしかしたら一~二日滞在伸びてもいいですか?
精霊神様の復活の儀式だけは、お約束なのでやらせて頂きたいのです」
『……それは、仕方あるまい。許す。
だが、なるべく早く戻って参れ。まだ大祭の余韻がアルケディウスからは消えておらぬ。
熱狂的な大歓迎で迎えてやるから覚悟しておけ』
「え? あ、お祖父様!」
『交渉の結果については夜の定時連絡で報告すること。
以上だ』
ぷつり、と電源を落されるように通信は切られてしまった。
あう~。
お祖父様を怒らせてしまったのだろうか?
「夜はティラトリーツェ妃もいらっしゃるでしょうから覚悟しておいた方がいいですね」
「うん、そうする」
フェイは含んだ笑みで私を見る。
でも、本当に心配をかけたのだから仕方ない。
逃れられないお母様のお説教を覚悟して、背筋を伸ばしたのだった。
そして随員達と今回の件に関するアルケディウスからの対応について話した。
大よその概要を整え、話が決まったのを待っていたように
「皇帝陛下よりのお召しにございます」
館の前に一際豪奢な馬車が付く。
「やあ、迎えに来たよ」
完全な礼装を整えた第一皇子と共に
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