【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

大聖都 『神』と保育士の賭け

公開日時: 2024年1月27日(土) 07:52
文字数:3,182

 胸の中に悩みが、思いが昏く渦を巻く。


 私は、人間じゃない。

 皆と同じじゃない。

『星』の道具なのだ。

 そこに、声が聞こえた。


「マリカ!」「マリカ様」


 私の意識がぼんやりと形を取り戻す。

 甘い香り、優しく甘やかな音楽の音色。

 解けていた自分を自覚して、届く感覚にチューニングを合わせてると、また声が届く。

 さっきのとは違う、ダイレクトに伝わる強い声で


「マリカ。『星』の端末にして道具。『聖なる乙女』」


 誰かが私に呼びかけている。


「我が意に従い、その力を示せ。

 お前の力は、我が為に。子ども達を守り、導く為にあるのだから」


 目の前の少年を『感じて』なんだか、だんだん頭の中がクリアになった。

 どこか寂しげな眼差しで、放っておいてはいけない。そんな思いが胸の中に沸き立つ。

 何かが、伸ばされ、私に触れた。

 そして、入ってくる。

 頭で光がチカチカと明滅し、私の返事を待つのではなく強引に手を引き、変えようとしているのを感じる。


「今、お前の記憶を初期化する。今後は私の娘として、手足として、アルフィリーガと共に……」

「だ、ダメ……」

「は?」

「人権侵害!」

「わああっ?」

「人の気持ちを考えずに自分の思いを押し付けちゃいけないって教わったでしょ!」


 バチン!

 稲妻が弾けるような拒絶の音がすると同時、私の意識が『身体』を取り戻した。


「せ、せんせい?」

「先生?」

「あ、いや違う。お前? 一体どうして?」

「人をお前呼ばわりしない! 私にはマリカって名前がちゃんとあるんです」

「マリカ。何故、私の暗示を破った?」

「暗示?」


 私の身体(イメージ)は仁王立ちして一人の青年の前に立っていた。

 一応、服も作ってある。保育士のエプロンドレス。私にはこれが一番イメージしやすいみたいだ。


「貴方、私に一体何したんですか?」


 目の前の人物が奥の間で現れた『神』と同一人物だというのは解る。

 だけど『あの時』に感じた恐怖とか、異質感とかが今は薄い。

 金髪、碧の瞳、白い肌。ちょっとおどおどした感じのティーンエイジャー?



 私の突然の覚醒と怒鳴り声に驚いて、目を瞬かせている感じだ。

 不思議。

 私の魂? 心は彼を、守らなきゃ、助けなきゃって思っている。

 感じている。

 いや、相手の方が間違いなく強いんだけど、何故か聞き分けのない子どものような……。

 放っておけないような……。


「お前の精神、所謂魂、心をこちらに呼び寄せただけだ。

 まあ、その過程で色々と誘導はしたが」

「誘導?」

「私が必要としているのはお前の身体と能力。だが、それを手に入れる為には心を獲得しないといけない。

 だから、薄く、暗く、重く暗示を……かけて、自意識を手放すように……」


 言い訳するように『彼』は応える。

 ああ、だから妙に今、頭がクリアなのか。

 私は覚悟を決めていたつもりだった。精霊でも、人間でなくても構わない。

 大切な人達の為に、全力を尽くすと。

 それがあんなに、自分でも解らないくらいに落ち込んでしまったのは、勿論真実を突き付けられたってこともあるけれど、この人が、いや『神』が大聖都の水や食べ物を通じて何か暗示をかけていたのだ。

 きっと。

 影響はそんなにない、って言われて油断した。


「止めて下さい。プライバシーの侵害ですよ?」

「プ・プライバシー? だと」

「そうです。人の心はそれぞれのもの。誰も介入してはいけないし、否定してもいけないものなんです」


 私は目の前の存在に言い聞かせる。

 身体が無くなり魂というか心だけになって、今、私はマリカより、転生前の北村真里香に近くなっている気がする。

 私が『星』の作った道具で『人造人間』とかクローンだったらどうしてそんな記憶があるのか解らないけれど。

 でも、肉体を持たない分、私は『私』であることを強く、感じていた。


「お前は、人間ではない。作られた存在だ。心など必要ないだろう?」

「そう、かもしれませんね。でも……」


 目を閉じる。意識をはっきりと確立させたせいか、さっきよりもはっきりと伝わってくる皆の思い。

 さっきまで、ドロドロ、ドロドロ悩んでいたことが嘘のように晴れ、やるべきことが明確になった。


「マリカ!」

「目を醒まして下さいませ」

「また、其方の笑顔を見せてくれないか?」


 私を呼んでくれる声がする。

 私という存在を求めてくれる人がいるのなら、私は応えなくてはならない。

 ううん。応えたい。


「いいんです。道具でも。皆が幸せになるのならそれで。

 保育士って元からそんなものですし」

「本当にそれでいいのか? 人間はお前の献身など気にも留めぬ。

 自分の良いようにならなければ怒り、文句を言い。作り替えそして捨てるだけだろう?」

「そういう人ばっかりじゃないですよ。ちゃんと解ってくれる人もいますし」


 おや、意外。私の事を心配してくれているのか。


「私はお前を大事にしてやる。決して見捨てたりしない。

 私の目的、子ども達を守る為にはお前が、お前達が必要なのだ。

 だから、私に従え!」

「そうやって自由を奪い、縛り上げて、命令したり洗脳して考えに従わせることは大切にしていることじゃないですって」

「利用され、自由を奪われ、ボロボロになるまで使われて、最後にはその命をすり減らして死ぬ。

 俺は、そんな辛い目をもう誰にもさせたくない。人に、あいつらに、『星』に任せておけばまた良いように使われて使い捨てられるのがオチだぞ」


 あ、違うな。

 心配しているのは私じゃない。私じゃない誰かを見て、それを重ねているんだ。


「俺はそんなことはしない。……辛い思いを感じなくて済むように、心を操作したりはするかもしれないが、それでも!

 最後まで、見捨てたりしない! 絶対に!!」

「だから、そこがプライバシー侵害なんですってば」

「心や、人の意志など道具には不要だと何度も言っている!!」


 うーん。言葉が通じているのに話が通じない様子は神官長に似てる。

 流石主?


 本当に子どもが駄々をこねているようだ。

 ただ、『私』じゃないけれど、誰かを愛し、私を心配してくれている。

 悪い子じゃなさそうなんだけど。

 私は息を吐いて『彼』を見やった。


「~じゃあ、賭けをしませんか?」

「賭け?」

「今、私の身体は魂が無い状態、なんですよね?」

「ああ。そうだ」

「その身体をもう動かないから必要ない、とアルケディウスや他国が見捨てて、神殿に渡したら、私は貴方に協力するっていうのはどうでしょう?」

「俺に協力する?」

「ええ。力を捧げ、目的に協力します。

 でも、その代わり、役に立つから私を愛しているのじゃない。って納得したら返して下さい。私を、皆の所へ」

「……期限は?」

「貴方が納得するまで。あんまり長いのは困りますけれど。

 夏まで拘束してたら、儀式で奉納舞してあげられませんし」

「……それで、いいのか?」

「大丈夫です。私、自信がありますから。

 みんなは私を見捨てたりしない。正体が知れたとしても道具としてじゃなく、家族として仲間として見てくれる。って」


 ちょっと、嘘じゃない嘘をついた。

 不安はある。

 私が役に立たない人形であっても、みんなは愛してくれるのだろうか?

 人間じゃないと知れたとしても、仲間として接してくれるだろうか。

 お父様やお母様、リオンはともかく、フェイやアルは大丈夫だろう。

 でも他の人は?

 そんな不安は、ポーカーフェイス。

 胸の奥に押し隠す。

 涙や苦しさを子どもの前で見せないのが保育士だ。


「良かろう」

「あっ」


 周囲にひらひらと光が散ると、私と彼の間に集まり不思議なチェーンが結ばれた。


「長くはかけぬ。

 この会議とやらの間に決着をつける。

 あいつらの『子ども達』の末が。この星に根付いた人間が、大人が。

 役に立たない子どもの為にどれだけ真剣になれるか。

 見せて貰うとしよう」


 ぶわり、空間が音を立てて揺れて空気中に画像を結んだ。

 凄いな。テレビみたい。


「あ、私がいる。どういう仕組みなんですか?」

「聞くな」


 そうして私達は見つめる。

 人と、精霊。大人と子ども。

 皆が自分の意志で選んだ一つの結末を。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート