【第三部開始】子どもたちの逆襲 大人が不老不死の世界 魔王城で子どもを守る保育士兼魔王始めました。

夢見真由利
夢見真由利

魔王城の交渉人

公開日時: 2021年2月2日(火) 18:15
文字数:3,368

 夏の終わり、魔王城の森ではセフィーレとピアンの収穫が終盤を迎えていた。

 少しでも人手が欲しいので、ジャックやリュウの未満児組から、挙句の果てにティーナにまで協力を頼んで魔王城総出の大作業となる。


「ティーナお姉ちゃん。

 これおねがいします」

「解りました。ギル様、新しい籠はこちらです」

「ありがとー。たくさんとってくるね~」


「ごめんなさい。ティーナ。農作業なんてさせてしまって」


 臨月も近いティーナに力仕事はさせられないけれど、集めた木の実を大箱に移したり、籠を管理したりに人の手は本当に欲しい。


「とんでもありません。こんな経験初めてですので、本当に楽しゅうございますわ」


 貴族の館で暮らしていれば確かに、こんな風景を見る事はそうそう無いだろう。

 子ども達が運ぶ木の実を受け取ったり、籠を渡したりするティーナは言葉通り楽しそうで、私はとりあえず安心する。

 魔王城の子ども達とも、ティーナは仲良くやってくれている。

 こうして、子どもという存在に慣れてくれれば、実際に子どもが生まれ、子育てするようになっても少しは気持ちの面でも他の面でも楽になる筈だ。


 と、いうのは建前で、大人の手と力と管理能力がやっぱり農作業には必要だというのもあるのだけれど。


「マリカ姉。もうそりいっぱいだよ。

 オルドクスに運んでもらった方がいいんじゃない?」

「解った。アーサー。オルドクスと一緒に城に戻って。木の実降ろしてまた戻ってきて!」

「了解! いくぞ。オルドクス!」

「バウウ!!」


 暖かい日差しの中、森の中には子ども達の輝くような笑顔が溢れ、零れていた。




「今日のお弁当はパータトのカナッペね。

 小麦の収穫まで、あともう少し粉物は我慢して」


 いっぱい働いたお昼。私は、バスケットを開いた。

 中には薄く切って蒸したジャガイモ、ならぬパータトの薄切りが入っている。

 他のツボには茹でたイノシシ肉の薄切りや、ミニハンバーグ、ベーコンやヤギバターなど色々。

 それに、最近見つけたレタスとキャベツを合わせたような葉物。サーシュラというらしい。

 茹でてマリネ風にしてみたらシャキシャキ美味しかった。


「好きなのを、好きなようにパータトにのせて、食べてみて」


 私が薄切りパータトにヤギバターを少し塗り、サーシュラのマリネとお肉の薄切りを乗せて、ちょぴっと手作りマヨネースを乗せて口に運ぶ。


「こんな風に…あーん」


 食べ方をやってみせる。という名目で一番に食べる。

 うん、美味しい。なかなかいい感じ。


「ぼくもやる!」「わたしも!!」

 あっという間に子ども達の手が材料に伸びて行く。


「ティーナもどうぞ。ジャックとリュウはちょっと待って。今、作ってあげるから」


 パータトの薄切りはけっこうたくさん持ってきた筈なのにみるみる無くなっていく。

 食べ盛りの子どもの食欲はすごいなあ。


「おいしい!」「うまい!」

「ティーナ、味はどう?」

「とても美味しいです。パータトの淡い味わいと上に乗せるものの濃い目の味がとてもよく合って…」


 よかったよかった。

 これも材料入手しやすいし、ガルフの店でも出せるかな?



 問題は調味料の確保が難しい事なのだ。

 この夏のセフィーレで、一番作っておいた方がいいのは実はお酢だと思っている。

 お酢があるといろいろなものの味わいがぐっと、深まる。

 あとは天然酵母。

 どちらも発酵という手順を踏まなくてはいけないので、ちゃんと管理しないと危険だけれどそれだけに、他では味わえない武器になる筈だ。


 デザートは、採れたてピアンとセフィーレ。

 瑞々しさは格別でみんな、頬まで果汁たっぷりにして頬張っている。


「ジョイ様、顔が汚れていますよ」


 優しく顔の果汁を拭ってくれるティーナに安心する。

 彼女はきっといいお母さんになってくれるだろう。





「そういえば、マリカ姉」


 収穫を終えての帰り道。ヨハンが私を見る。

 ティーナと分かれ、年少組はそりの上でくったりお昼寝中。

 オルドクスには大して重さは関係ないみたいで、ゆっくりと揺らさないように城に戻る道すがらの話に


「なあに?」


 私は首を向けた。

「おしろのにわにね。クロトリが巣をつくってるんだよ。

 もう、卵がうまれたみたい」

「え? ホント?」


 最近出歩くことが多かったので、気づかなかった。

 ヨハンの報告に、私は真剣に驚く。

 クロトリはその名の通り、全身が黒い鳥だ。

 私にはカラスのイメージが大きかったんだけれど、カラスよりも二回りくらい大きく、キジによく似ている。

 味は普通に鳥肉。

 特にささみとモモ肉が美味しくてサラダなどに混ぜると大人気だ。


 ガルフにも教えたけれど、鶏ガラや豚骨からスープ出汁を取ると、手間はかかるけれど、スープが格段に美味しくなるので可能な限りストックしている。

 チキンブイヨンや、豚骨スープの素をハンバーグやステーキソースに使っても美味しい。


 で、話は逸れたけどクロトリは魔王城の食卓に一番良く上がる食材で、現在、唯一卵が採れる鳥でもある。

 それが、まさか城に巣をつくるとは…。


「城に戻ったらヨハン、案内してくれる?」

「うん」



 収穫物を簡単に片づけて、寝ている子ども達を布団に置いてから、私達はヨハンがあんないしてくれた場所に向かった。

 あまり人が行かない城の外周沿い。

 まだ入ったことのない、大きな塔の足元に確かにクロトリが巣を作っていた。


「うわっ! 大きい」 

 普通に狩ってくるクロトリよりも一回り大きい感じのクロトリのつがいが、人の気配を感じたのだろう。顔を上げている。

 一羽は巣の外でこちらを伺い、もう一羽は巣の中からこちらを見ている。

 見れば巣に…確かに卵がいくつも…。


「う~ん、どうしよう…」


 今まで外で、クロトリの巣を見つけた時は全部採りつくさない程度に、卵を頂いてきた。

 卵は欲しい。

 凄く欲しいのだけれど、ここまで堂々と巣を構えられるとかえって狩りにくいというか、取りにくいというか…。

 私がぐだぐだ悩んでいると


「たまご、ちょうだい?」

「あ、ヨハン!」


 ヨハンはなんの躊躇いも無しに巣に近づいて、卵をひょいひょいと手に取る。

 リオンとフェイが身構えたのが解った。

 クロトリがヨハンに襲い掛かるのではないかと思ったのだろう。

 私もそう思った。

 でも、クロトリはヨハンに攻撃することなく、卵を採らせている。



「たまご、くれたよー」

 嬉しそうに戻って来るヨハンの手の中には四つの卵。

 その後姿に呼びかける様に


 クエエッ!


 雄、と思われる鳥が高く嘶いた。



「全部は採るな、って言ってる…みたい?」

「全部、ってことはいくつかは採っていいのかな?」


 エリセの言葉に私が首を捻る。


「クロトリ、卵くれるならここにいてもいいよね? たべないよね?」

「それは…クロトリがここにいたいなら、かまわないんだけど…、卵、採られていいの?」


 ヨハンと私の声が聞こえた、訳でもないだろうがまた、雄が嘶く。


「抱いてる…卵はダメ?」

 エリセが首を捻る。


 巣を覗くと、雌が明らかに二個の卵を抱いていて、その他の卵は巣の中で放置されていたようだ。



「…仕方ありません」

 フェイが手をかざし、杖を取り出すと目を閉じた。

 それは、何かの声に耳を傾けて会話しているように見える。


 やがて目を開けたフェイは肩を竦める様に笑って言った。


「…クロトリは、産卵の季節、卵をたくさん産んで、その中から強いモノを選んで孵すそうですよ。

 だから、選ばなかった卵は持って行っていいと。

 その方が、巣が空いてまた新しい卵を産めるから助かると、言っています」

「鳥の精霊から聞いたのか?」


 ええ、と頷くフェイに野生の厳しさと逞しさを知る。

 なるほど。

 それで、魔王城に巣をかけたのか。

 ここなら外敵も来ないし。


「わかった。じゃあ、このままここに住んで。

 家賃は卵ね。抱いてない卵は頂きます。麦は食べちゃダメ。必要なら野菜くずとかはあげるから」

「ここにいていいって。ごはんはぼくがあげるから、むぎはたべちゃダメだよ!」


 嬉しそうにヨハンが言い聞かせると、クロトリは頷いた、ようにさえ見える。



 クロトリに楽しそうに話しかけるヨハンを見て

「もしかしたら…」

 私は、という思いが胸を過ったのを感じていた。




 それは後に置き、魔王城は卵の安定入手に成功した。

 1日3~4個の事ではあるけれど、ありがたい。

 保冷庫に保管しつつ、マヨネーズや卵焼きに有効活用できるようになったのだ。


 これで、卵、ミルク、砂糖のお菓子作り三銃士が揃った。

 後は、秋。

 小麦の収穫を待つばかりである。

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