秋は各国が忙しい時期だ。
麦、リアを主とする農産物の収穫があるし、秋の戦の準備もある。
アルケディウスは騎士試験や文官試験も行われるし、各国社交シーズンの終わりを前にドタバタと忙しい時期だ。
その中で、フリュッスカイトとアルケディウスの合同事業。
蒸気機帆船の進水式には各国の王族や重鎮が招待されている。
流石に国王陛下御自ら来る方は少ないと思うけれど、アーヴェントルクはヴェートリッヒ皇子、ヒンメルヴェルエクトもアリアン公子が宮廷魔術師オルクスさんを連れてくる予定だということ。
プラーミァも多分、グランダルフィ王子が来るのだろうし若手王族、勢ぞろいになりそうだ。
そんな中
「姫君にはぜひ、華やかな舞衣装でご参列頂けるとありがたい」
と主催者であるフリュッスカイト国王陛下メルクーリオ様から要請があったのだ。
大神官としてよりも『聖なる乙女』として新技術とフリュッスカイトに祝福を与えて欲しいと仰せ。
私に否は無いけれど。
「野外での舞ですからね、白を基調にしながらも華やかにした方がいいわね。
空や海の蒼に負けないように」
「なるほど。そういう事なら化粧も少し濃い目の方がいいでしょうか」
「室内の舞踏会などとはまた違う技術や濃さが必要になると思うのよ。
野外の、神事ではない舞衣装には」
「私共は神事の為の着付けや化粧しかしておりませんでしたので、勉強になります」
早朝、アルケディウスでの身支度にて。
お母様の説明に大神殿の女官長、マイアさんが感心するように頷いた。
いつもはミュールズさんが一緒にアルケディウスに戻ってきて着付けをしてくれるのだけれど、大聖都の孤児院で保護している妊婦が産気づいたということなのでそちらに行って貰っている。
代わりに大神殿の女官長、マイアさんが来ているのだ。
「外で夏の儀式以外に聖なる乙女が舞うなんて。
『聖なる乙女の舞はそんな安っぽいモノではありませんよ』
と最初は渋い顔していたけれど魔王襲撃の後いつも回復の為に舞を舞っていたから今更だし、この間、私がお母様にやって頂いた女性貴族の最新メイク術に興味があったみたいで、いざ来たら凄く真剣にお母様の手元を見ている。
貴族女性が自分でメイクするのかとも思うけれど、
「自分の顔については自分が一番良く知っているでしょう? 下手な相手に貴重な化粧品も顔を預けたくはありませんからね」
とお母様。まだ化粧品自体が高価で手に入りにくい事もある。プロのメイクアップアーティストとかが生まれるのはもう少し先の事になるだろうか。
私はお化粧とか苦手だし、やってもらうことに抵抗は無い。
ロッサの化粧水で肌を整え、クリーム状のものを塗り、牛乳を水で溶いた白粉を薄く被せていく。
「貴方はまだ肌が若くて艶やかだから、最小限で素材の美を生かしましょう。
後は、眉を整えてね。フリュッスカイトのこの新作は眉毛に黒い炭を加工したものを入れて綺麗に線を入れることができるの」
「眉毛を刈り揃えることでこんなに雰囲気が変わるのですね」
私の知っている化粧品だけではなく新作も出ているようだ。
現代のメイクにも共通するテクニックは流石だなって思う。
やる前とやった後では本当に、確実に、全然違うのだ。
「最近はそれぞれの女性達に門外不出の技や工夫があるそうよ。
メリーディエーラなどは牛乳にオリーヴァのクリームを混ぜたものを肌に塗って艶を出しているとか。作り方は教えないけれど貴女に使うなら、と少し分けて貰ったわ」
乳液の奔りかもしれない。女性の美への興味や工夫は凄いなあ。
不老不死で身体は衰えなくても、綺麗に見せたいという思いは共通か。
そして財力=美しさになる。と。
お化粧を服に付けないように白を基調にした舞衣装を身に着ける。
最後に口紅。
「動かないでね」
お母様の顔が近い。私も、邪魔をしないように意識して体の動きを止める。
ラインはしっかりと。ファンデーションは微妙に色を変えて。
現代の口紅のようにスティックタイプではなくて細い筆状のもので線を入れるからテクニックが必要みたい。
「これでほぼ完成。後は、出発前に香水をつけるのですよ」
「素晴らしいですね。確実に今までとは一段以上上にあるのが解ります」
「本当に。最前線の美の結晶ですね」
カマラやマイアさんが褒めてくれた言葉がお世辞では無いのがよく解る。
桃色の頬、艶やかでサクランボのような唇。
くっきりとした柳眉、すべすべで染み一つない肌。
コスメの力って凄いなあ。
「素材が良いのもありますけれどね。本当に、歳を重ねる程、貴方は美しくなっていくわ」
「そうですか?」
「そうよ。もうお忍びで遊びに行くのも無理ね」
「ええ、これは、ちょっと目立ちすぎてしまわれますね」
鏡の中には昔から良く知る『大人の私』
『大祭の精霊』『精霊の貴人』まであと少しの私がいる。
私はだいぶ見慣れたけれど、この外見が世界全体から見てもかなり整っている方だというのは解る。
花の唇、すんなりと通った鼻筋、蛾尾の眉。
取れたてのピアンのように薄紅色で張りのある肌。
そして全体が彫像のように整った配置で、なんかこうしてみると他人の顔のような気がする。
化粧をしたことでより華やかさを増して、確かにこの姿で市民街を歩いたら、ちょっと。
いや、かなり目を引くだろうか?
白を基調に、金と銀の刺繍が美しく施された舞衣装を着て準備は完了。
胸だけは貧相なので、ポプリの入ったパットのような詰め物をして、盛り上げているけれど。偽胸。
外見は成長し、背も伸びたのに胸だけは育たないのはちょっと辛いけれど。
「まだ、成長が止まったわけでは無いから、今後に期待しましょうか」
お母様が私の思いを読んだように笑う。
本当に身体だけは細くて肉付きも今一だから、成長して欲しい。
前世の私『精霊の貴人』は小柄だったけれど、胸が大きくてスタイル良かったのになあ。
「私としては、一刻も早くマリカ様に不老不死を得て、成人して頂きたいところですが」
女神官らしいマイアさんの言葉に私達は顔を見合わせる。
こういう『神』に人生の全てを捧げた人達が、不老不死を失ったら、どうなるのだろうか?
「とにかく行ってらっしゃい。
皇王陛下に出立前の御挨拶を忘れずに。終わった後も報告に戻ってくるのですよ」
「解りました。行ってまいります」
お母様にお礼と挨拶をして私達は、王宮に向かう、筈だった。
「身支度は終わられましたか? マリカ様」
「え?」
王宮に向かう馬車の前、私は思いっきり固まってしまった。
人間って、あんまり美しいモノを見ると、硬直するんだ。
なんだか、こう、手足が動かない。
身体全体が、酔ってしまったようだ。
「どうなさいましたか?」
そこには、微笑するリオンがいた。
騎士の正装を身に纏い、煌びやかに立つ『精霊の獣』
リオン・アルフィリーガが。
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